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第74話 どうやら脳筋には荷が重い様です



 「何? 愛茉(えま)様が……」


 鳳翔に報が伝わったのは、その日の夜の事だった。


 打診していた護衛の依頼を尾噛が引き受けてくれると返答を得ることができ、これで何とか予算が回せるな、と安堵した矢先の出来事である。


 「警護院の奴らは何をしていたのだ? 役に立たぬ者共にくれてやる予算なぞ無いぞ!」


 牛頭家の私兵の乱入事件に始まり、愛茉の失踪……今年に入ってから、警護院の仕事の杜撰さがあまりにも目立つ。


 予算のやりくりに苦慮している翔にとって、「役に立たない」というその事実ひとつを持って、警備にあたっていた者達を解雇してしまいたくなるのは、仕方の無いことなのかも知れない。


 「愛茉様が、外に出た痕跡は無かったのだな?」


 愛茉は、お忍びで外に遊びに出る事が幾度とある困った姫であった。その時は教育係を兼ねた護衛の者が常に側に付いているので、翔はそこまで問題視はしていなかった。


 だが、今回は違った。


 教育係兼、護衛役の白水(しろうず)が、愛茉が何処にも見当たらないと騒いだ事で今回の件が発覚したからだ。


 姉の様に慕う白水を伴わずに、愛茉が外出するとは到底考え難い。これは誘拐されたのだと見て、ほぼ間違い無いだろう。


 門番達の話では、常に出入りした者の記録を取っているとの事で、その後の調査で、本日出入りした者達の身元は全部判明しているらしい。念の為、翔も出入りした者達の記録を辿ってみたが、特に怪しい記載は見当たらない様にも思えた。


 そうなれば、愛茉を拐かした者達は門を通らずに侵入したのだろうか。あるいは……


 「もう一度名簿に記載された者達の身元を洗え。これは、帝国の存亡にも関わる重大な事柄だ。心して当たれ」


 建国以来、斎王位は一日も空席になった事がなかった。

 帝位が空くことは今までもあったし、今後もあり得るだろう。だが、斎宮を空にする訳には絶対にいかない。斎王がいない……それは、帝国が守護神を失う事を意味するからだ。


 当代斎王の光流(みちる)の年齢は、優に400を越えていた。それは翼持つ人種の寿命すら大幅に超えている。もし、帝国がこのまま愛茉という存在を失えば、間違い無く斎王位が空席になってしまうだろう。次の資格者が現れるのを悠長に待つ時間なぞ、帝国には残されてはいないのだから。


 「ああ、本当に。どうしてこう、問題が次々と……」


 どうしてこうも、すんなりと事が運ばないのだ。そう翼持つ男は頭を抱えた。

 もう全てを投げ出したい。そんな衝動にかられるが、だからと言って現実はそれを許してはくれないのも、また承知していた。


 最近仲の良くなった自称伝言係(メッセンジャー)のあの男がいつも口癖の様に言う『現実に勝る糞ゲーはない』の言葉を、翔は思い出す。否応が無しに襲いかかってくる現実という奴は、下品だけれど本当に”糞”だと表現したくなる。


 「鳳様、姫様の部屋にこの様な書き置きがあったと……」


 何か手がかりになるものはないかと女房達と白水とで捜索していたら、姫の部屋にある卓の上にこの書き置きがあったのだという。


 書き置きには、


 『斎宮に行きたくないので、暫し隠れる。捜索は無用』


 そう書かれていた。


 もし、これが本当に愛茉が書き残したものであるのならば、確かに教育係でもある白水には言える筈もないだろう。だが、そうなれば誰がこれを手助けするというのか……? 新たな疑問が生じる。


 「光クン、何て言うかなぁ……」


 当然この事は、帝の耳にも入れねばなるまい。その事実ひとつを取っても、翔は憂鬱になるのだ。

 だが、黙っている訳にもいかないのもまた事実。まぁどうせ黙っていたところで、壁に耳在る光輝の事だ。すぐにバレてしまうのは翔も承知していた。


 「やっぱりこのことは、尾噛にも連絡いれた方が良いよね……」


 尾噛の一行が都に到着したとしても、護衛対象が居ないとなれば、事態が収拾するその日まで、ただ無為に無駄飯を食らわせ続けねばならない。

 そんな余計な出費なぞは、出来れば御免被りたいのが帝国側の本音なのだが、そんな我が儘も言ってられないだろう。


 (だが、我が娘達と、尾噛の長女ならどうだろう?)


 腕の立つ”草”でもある姉妹と、なんだか良く解らないけれど色々と凄い能力を持つあの娘なら、何か手がかりを得られたりはしないだろうか?

 翔は藁にもすがる想いで、彼女らに協力を願う決心をするのであった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「またや面倒な(おいかん)事になったんごたるなぁ。本当に(ほんなこつ)お父さん(お父しゃん)な何ばしとーんやら……」

 「怠慢。我が父ながら情けない。わたくし、これでは望さまに顔向けできない」


 久しぶりの親子の再会だというのに、祈の目から見ても姉妹達の反応はあまりにも冷淡であった。

 だが再会の挨拶もそぞろに、父である翔が現在抱えている問題を打ち明けられればこうもなろうというものだ。


 「ですが、愛茉様が今回の儀を望んでおられないのでしたら、その御身を宮までお連れした所で、万事上手く行く……などとは、到底思えぬのですが?」


 事の真偽は今は考えないとして、愛茉自身が望んでこうなったのであるならば、祈達がその身を確保した所で、何も事態は好転しないのは事実であろう。

 第三皇女である愛茉に強制できるのは、父親であり、絶対者の帝ただ一人だけなのだ。


 もし拐かされたのでであるならば、身柄を確保できれば御の字だと言えるが、それはそれで問題がある。誰が首謀者であるのか、そして何が目的であるのか……だ。


 「それはそうなんだけどね。でも、まずは愛茉様を探し出さなきゃ、何も話が始まらない。だから今は無駄な詮索はしないでおこう。そもそも、そんな悠長なことは云ってらんないからね」

 「……で。アタシ達がこっちに来る間に、何ば見つかっとらなかか言わんよね?」


 「うん。それがさっぱりなんだ。だから帝国としては、君達の手腕に期待したい」


 もうホント笑うしかないよね。

 そう言いながらカラカラと笑ってみせる翔の姿に、彼の娘達の視線が絶対零度の閃きを見せた。


 「こいつはもうダメだ。はやくなんとかしないと……」


 二人の表情が雄弁に物語っていたのだ。


 「……鳳様、わたくし達、このまま尾噛に戻ってもよろしいでしょうか? 望さまとの大事なお時間を、この様なつまらない事で失ってしまうのは、あまりに悲しいので」

 「うん。娘達よ、爽健そうで何よりだ。では早速取りかかってくれたまえ。ボクは協力を惜しまないからネ」

「てか、話ば聞かんか。糞親父」


 言いたい事を言うだけ言って、娘達の父親は笑いながら去って行った。要請を拒絶されるだろう事が端から判っていた為であろう。最期の方はまともな会話にすらなっていなかった事から、半分蚊帳の外になりかけていた祈でも判ったのだ。

 そして、そのことを漸く理解した姉妹達は「ハメられた!」と同時に叫んだのであった。



 「……でもさ、困ったねぇ。このままじゃ、私達も動けないし……」


 何も解らないまま、良く解らぬ都内(土地)に放り出される格好になってしまい、祈は途方に暮れるしか無かった。


 そもそも第三皇女の愛茉という存在すら、祈は今まで知らなかったのだ。その御身の行方を捜せと言われても、ただただ困惑するばかりだ。


 「本当に(ほんなこつ)なぁ……何もわからん状況で、なんばすりゃ良かとやろね?」


 困惑の色を隠せないのは、蒼も同様であった。草としての修行を積んではいるが、蒼はこういった諜報、捜索の類いはあまり得意ではなかった。


 「現場を視るしか無い。まずはそこから。見落としがあるかも知れないから、担当者の聞き込みも必要」


 ここに来て漸くの面目躍如とばかりに、空は胸を反らしながらやるべき事柄を二人に告げた。もう背景に”えっへん”と大きく書いてある様に見えるレベルで踏ん反り返る天翼人の娘の姿に、祈と蒼は


 「お、おう……」


 としか、反応を示す事ができなかった。


 「それじゃ、とりあえず愛茉様の御所に行こうか」

 「だなぁ。腹が立つだばってん、(くう)(ねえ)ば言うんなもっともだしなぁ……」

 「ああ、何となく肘が痒くなってきた。蒼の鳩尾で掻くことができたらすっきりしそう」


 「ごめんなしゃい、お姉さま。ゆるしてくれん……」



 愛茉の御所で三人を待っていたのは、愛茉の教育係兼護衛の白水(しろうず)美月みつきという、女性だった。


 黒髪を後ろに束ね、腰には太刀を履く女剣士であった。黒髪から少しだけ顔を出した角に、手や首筋には薄緑色の鱗に覆われていた。彼女は竜鱗人であった。


 「お待ちしておりました。愛茉様の護衛をしております、白水美月と申します……そのお役目を果たせなかった身にございますが……」

 「初めまして。尾噛が長女、祈と申します。失礼ですが、美月様はもしかして……?」


 「はい。ワタシは、貴女様の母、祀梨の末の妹にございます。つまりは、叔母にあたりますね」


 尾噛の分家である白水の名を、よもやこの宮殿の中で聞くとは。祈は全く思ってもみなかったのだ。

 更には女性の身でありながら、遠き都の地でこの様な要職に就く者がいたとは、ついぞ聞いていなかった。その驚きと衝撃は、かなりのものであった。


 だが、今はその様な身内の話を弾ませる訳にもいかなかった。失踪した愛茉を早急に捜さねばならぬからだ。


 「まずは、あの日の状況を覗っても?」

 「はい。愛茉様に()()()をお持ちしてから、所用でワタシは暫しの間、席を外しておりました」


 その間に来客があったかは、美月にも分からないという。その間、近くに女房が控えていた筈だが、その者も分からないと言うのだ。


 暫くして美月は戻ったが、愛茉の姿がどこにも見当たらないのを不審に思い、今回の件と相成ったという事である。


 「あの書き置きは間違い無く、愛茉様の書だと思います。確かに愛茉様は斎王という役職に、重責を感じておられる様でございました……」


 ”斎宮に行きたくないから暫く隠れる”


 だからといって、こうもストレートに不満をぶつけてくるとは、誰も思うまい。今回は、そのまさかの出来事といえようか。


 だが、この書が本人の筆跡であるならば、少なくとも愛茉は斎宮に赴く事を、自らの意思で拒んでいるという事だ。だが、これはもう帝の決定なのだ。どう足掻いたところで決して覆る筈もない。


 「でも、それが本当だったら、私達は何の為にここに来たのかなぁ……?」


 こうまでして護衛対象が行きたくないと言うのであれば、祈達は何も言えなければ、手も出せないのだ。

 最終的に見つけ出し強引に連行しろと言われるだけだろうが、それで第三皇女から恨まれるのでは、はっきり言って割に合わない。


 「ま、そりゃ後で考えよう。まずは、書き置きが本人ん手でばあっとして……どげんとすりゃ良かね?」

 「協力者がいなければ、ここから抜け出す事などできないでしょう。まずは出入りしている人達の確認でしょうね」


 翼を持つ人間は、とにかく目立つ。

 その人間が出入りするとなれば、必ず人目に付く筈なのである。それが誰の目にも止まっていないというのが、一番の不可解な点だと言えるのだ。


 翔からは、出入りした者達に不審な点は無かったと聞いていたが、果たしてそれは正しい情報だったのかもう一度検める必要があるのではないかと空は言うのだ。


 「確かに、見落としは普通にあり得るよねー。例えばだけど、毎日の様に出入りしている人なら、怪しまれる事なんか無いだろうし」

 「あー、そうばい。そりゃあるかも知れん。ばってんしゃ、愛茉様ん所まで出入りしきるとなると、アタシ達じゃ無理なんやなかとか?」


 毎日の様に出入りしている者ならば、それだけで不審者から外される可能性も充分にあり得る。

 更に言えば、愛茉の棲む御所にまで当然の如く出入りしても怪しまれない者となれば、それなりの身分を持つ人物となろう。


 「確かに、第三皇女であらせられる愛茉様の所まで出入りできる方々となると、わたくし達の手にあまりましょう……そうなれば、一度()()様に話を通しておかねば……」


 ああ面倒だ。

 空の顔には、デカデカとそう書いてある様に祈は見えた。確かに外部からの捜索ともなれば、皇族相手には祈達如きの身分では、手の出し様が無いのだから。



 「ああ、本当に面倒。こんな面倒な事早く終わらせて、尾噛に帰りたい」

 「……空姉…流石にそれば口に出しちゃダメだと(つまらんて)思うぞ」


 私たち、ちゃんと”お役目”を果たせるのかなぁ?

 祈の不安は増すばかりであった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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