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第68話 見えない敵



 「っしゃー、逃げ切ったばい。ざまぁ(じゃまぁ)みろー!」


 街の外まで駆け抜けた蒼は勝ちどきを上げた。見えない敵の、見えない攻撃を全て躱しての生還である。

 卑怯で反則過ぎる其奴に対して、してやったりのドヤ顔を街に向け、お尻ペンペンまでしてやった。さぞ見えない敵は悔しがっている事であろう。


 ただ、其処には問題がひとつだけあった。


 「……あ。反対方向やったと……どげんしよう?」


 もう一度あそこを駆け抜けるというのか?


 (無理、無理。無理っ!)


 脇目も振らず一気に駆け抜けたからこそ、ぎりぎり生命が助かった様なものなのだ。


 『何となく……』


 の、そんな”勘”で躱し続ける事はできたが、半分以上の幸運がもたらした奇跡の産物の様なものでしか無かったのだ。もう一度あれをやると考えるだけで、身震いがしてくる。

 普通に考えれば、無傷で済む筈がないのだから。


 「……仕方が無い(しょんなか)。街ば迂回して戻るしかなかね……」


 徒歩での道のりを考えて、蒼は深い溜息をついた。咄嗟のことだったとはいえ、完全に方角を見誤っていたのだから、本当に何も言えない。


 ────天翼人は、背中にそんな立派な翼があるのだから、空を飛べたりするのでしょ?


 などと、たまに聞かれるのだが、はっきりと答えは「否」である。

 訓練さえ積めば、高い所からの滑空はできるだろうが、地面から空へと飛び立つ事は、自身の筋力だけでは不可能だ。祖先は大空をも支配していたというが、今はその能力を喪って久しい。


 この異常を早く知らせなくてはならないだろうが、どう考えてもここから戻るには時間がかかる。

 姉の安否に付いては気になる所ではあるが、あの状況だ。無理に街に戻って姉を捜索するのは、二人とも戻れない可能性が極めて高い。


 そういう意味では、蒼は()()()()()()であった。すでに空は死んだ者として切り捨てている。蒼は尾噛の陣に無事戻る事だけを考えていたのだ。


 「早う戻って異常ば知らせる。そいが最低限っちゃんね……」


 任務を仰せつかった以上、最低限の仕事をしてのけねばならない。頭の期待を裏切る様では、押しかけ配下の面目が立たないのだ。


 蒼は大きく息を吸うと、尾噛の陣に向け一気に加速した。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「まだ……なの?」


 失血に薄れ行く意識を賢明に繋ぎ止めていたが、限界がすぐそこにまで来ていた。どうやら街を抜け出すには、まだまだかかりそうだ。恐らく方向は合っている筈だ。このまま進めば、何れ街を抜けるだろう。それも解っている。


 だが、それまでに空の体力が保たない。

 ……その前に、追っ手によって殺られてしまう可能性の方が高いだろうが。

 今の空では、絶対にあの見えない攻撃を避ける事ができないからだ。


 鉄の兵達は、無人の街を、主を抱えたまま駆け抜ける。その足は常人より遙かに速い。だが、見えない敵を振り切る程では無かった。常に複数の気配を、空は周囲から感じるのだ。攻撃をしてこないのは、こちらの死期が近い事を確信しているのか? それとも嬲る為か……?


 空はきつく奥歯を噛み締めた。この様な屈辱を味わったのは初めてだ。だが、今の実力では、何もできないのも、また事実である。

 今は逃げるだけで精一杯。それすらも怪しいのだから。


 「この借りは……絶対に倍返し。とにかく、今は、生き残る。そして、復讐、を……」


 見えない何かに向け、空は復讐を誓う。自分の命に賭けても、絶対に。


 突如、右の鉄の兵の足が弾け飛んだ。バランスを崩し、命無き兵士はその場に倒れこむ。


 咄嗟に空は左の兵に身体を預ける事で難を逃れた。だが、それは自身の死期をほんの少し伸ばしただけに過ぎない。命運は尽きた。そう悟るのに、時間は必要無かった。


 直ぐ様、左の兵の胴が裂けた。兵の形が歪み、ヒトガタの材料の紙へと戻る。

 兵の負ったダメージはそのまま紙に反映される。それはちりぢりの紙吹雪となり、空の視界を白く染め上げた。


 支えを失った空は、地面に強かに打ち付けられた。


 「っぐ。まだ、まだだっ!」


 痛みを堪え、すぐにその場から離れる為に横に転がる。先ほどまで空がいた場所に、複数回、鋭い何かが打ち付けられた様な綺麗な穴が出来上がるのが見て取れた。あのままいれば、確実に串刺しになっていた。


 懐からヒトガタを取り出し、もう一度鉄の兵を3体喚び出す。空には本当にこれで限界だった。


 「二つ、盾になれっ! 一つはわたくしを抱えて走れっ!」


 空の命令は、確かに実行された。


 だが、それを果たす間も無く、それらは全て紙吹雪となって、辺りに白く舞っただけあった。


 「……ここまで、か……」


 戦うどころか、立ち上がる事もできない。そして、もう逃げる体力も無い。草としての仕事も果たせず、ここで屍を晒すのか……


 「お館様……望様。空は、あなた様のご期待に応える事が、出来ませんでした……申し訳ありませぬ……」


 明確な殺意と同時に、何かがこちらに向けて複数飛んでくる気配を感じてはいたが、もう限界だ。空は両目を閉じ、全てを諦めた。


 『まだっ!』


 白い鳩が空の周りを護る様に集まり、そして、見えない攻撃を悉く弾いてみせた。


 『空ちゃん、まだ諦めないでっ! 私がすぐに助けるからっ!』


 「……祈?」


 目の前の光景と友の声に、空は自分が走馬燈を見ているのではと思ってしまった。だが、この痛みは間違い無く現実だった。


 (まだわたくしは生きている。そして、友が助けに来てくれた……)


 空は気力を振り絞り、街の外へ向け、地を這った。少しでも早く、少しでも友の近くへと。


 物見の式でも、数を集めさえすればそれなりの戦闘力になる。


 空を護る為に周囲を廻る鳩の群れから、一部が別れた。別れた式達は、空に攻撃をしてきた方向目掛け、炎を纏い一斉に突撃を開始する。


 火の鳥の炎は、瞬く間に見えない何かに燃え移り、程なく四つ足の化け物の輪郭を露わにした。

 化け物はそのダメージに苦しむ事も、悶える事も無かった。ただただ人形の如く、そのまま炎の中に崩れ去り消えていった。


 「空ちゃんっ! しっかりしてっ」


 祈が駆けつけた時には、すでに空の意識は無かった。賢明にここまで来たのであろう。道には、空が這った跡がしっかりと残っていた。


 「これは不味いわね。イノリ、あたしも手伝うから、回復術(キュア)を最大でっ!」


 二人の強力な白魔法によって、空の失われた右足と右翼が瞬時に再生する。だが、長時間失血状態が続いた空の体力は、それだけで完全に回復するものではなかった。


 「一端戻るぞ。もう一人の方言がキツい嬢ちゃんは一人で切り抜けたっぽいし、ここに居る理由は、もう無いからな……」


 額をピシャピシャ叩きながら、俊明は周りを確認する様に見回した。敵の気配があまりにも濃過ぎて、歴戦の勇者である俊明ですら、はっきりとは敵の数と位置が掴めないのだ。この様な場所に留まる事自体が、自殺行為でしかない。


 「祈殿、右に三歩!」


 祈は疑問を持たず、武蔵に言われた通りに動いた。見えない何かが、通り抜けたという事だけしか知覚できなかった。見えない敵はまだ居るというのか。祈は戦慄を覚える。


 「拙者も完全には把握でき申さぬ。ただ、敵の攻撃の”起こり”なれば解るので、指示できるだけに過ぎませぬ。ここは、逃げの一手こそが最善かと」


 「だね。こうなったら……我が呼び掛け応じ、出ませぃ! 善鬼義覚(ぎがく)、護鬼義玄(ぎげん)っ!」


 懐からヒトガタを取り出し、祈は式を喚んだ。

 所謂、善鬼は赤鬼。護鬼は青鬼である。

 この二人の鬼は伝承では夫婦だと言われているが、二人の外見は男性のそれであった。


 「善鬼、その娘を抱えて街の外まで走って。護鬼は敵の攻撃に集中。私達を守ってね」


 空を抱えたまま、凄まじい速度で赤鬼は駈けた。祈達ですら付いていけなかった程だ。青鬼は、祈達に迫る見えない攻撃を、全て弾いてみせた。式は視覚に頼ってはいないということなのだろう。



 「何とか、逃げ切れたか……」

 「しかし、これは参りましたな。敵の位置がこうも解らぬのは、拙者も初めての経験にござる」

 「本当に困ったね。さっしーの声が無かったら、私はあそこで死んでたかも知れない……」


 もしあの場面で、悠長に「……え?」とか聞き返していたら、今頃祈は串刺しになって死んでいただろう。その光景を想像してしまい、祈はぶるりと身を震わせた。


 「街中に人の気配が無いんだし、いっその事、全部燃やしちゃいなさいな。合成獣(キメラ)に魔法が効かない? そんなの知らないわ。見える範囲丸ごと全部燃してしまえば、どんな生物でも生き残れないでしょう」


 面倒臭そうに煉獄(インフェルノ)で綺麗さっぱり燃やしてしまえ。

 守護霊その3はそう提案した。確かにあの街の中には、生きている人間はもう残っていないだろう。それも良いか……一瞬、その提案を受け入れてしまいそうになった俊明が、頭を振ってダメ出しをする。


 「お前さん、本当にブレねぇよな」

 「当然よ。ブレブレだったら、誰もあたしの言葉を信用してくれなくなるでしょう?」


 豊かすぎる胸をたゆんと反らせ、マグナリアはさも当然の如く言い放った。


 「それに、考えてもご覧なさいな。このままじゃ、危なくてどうやっても街に入れやしないのよ。だったら、もう燃やすしか手は無いのではなくて?」


 見えない敵の見えない攻撃だけならば、まだ幾らでも対処はできる。

 だが、周囲の気配が濃厚過ぎて、数も位置も把握できないという不条理極まりない状況下では、万が一の()()()も充分にあり得るだろう。

 ……何故その様な下らぬモノに、此方が律儀に付き合わねばならぬと云うのか?

 そうマグナリアは主張したのである。


 「そだね、うん。やっぱり燃やしちゃおうか?」

 「「「……えっ?」」」



誤字脱字があったらごめんなさい。

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