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第63話 牛田黄




 尾噛領に胴体を置き忘れてきた者十数名が、今朝方牛田の家に無言の帰宅を果たした。


 次男坊である葉を筆頭に、有力家臣やその子弟も、この戦に参陣した者の悉くが、尾噛の手によって首を刎ねられたのだ。


 十数個の蝋漬けの首と、”尾噛”からの書簡を携え屋敷に戻ってきた傭兵達は、まだ前金しか受け取っていない旨を牛田の家宰に訴えた。だが、牛田の家宰はその訴えを退けた。


 曰く、お前達と契約を結んだのは、そこの首だけになってしまった葉であって、牛田の家とは一切関係の無い事だ。だが、お前達が運んできた首は、こちらで葬ろう。その分の駄賃ならくれてやる。早々に立ち去るが良い。と……


 傭兵達は、その言に大いに怒った。


 戦に負けてしまったのは、これはもう仕方が無い。ならば、せめて首だけは届けてやろう。そう仏心を出してみたら、契約を(ないがし)ろにされただけでなく、この様な粗雑な扱いを受けるとはっ!


 発端は本当に些細な事に過ぎなかった。怒り心頭の傭兵の頭を、警備兵が槍の柄で軽く小突いたのだ。


 瞬く間に、乱闘へと発展した。


 傭兵達は、戦とここまでの徒歩での疲労が蓄積していたのだが、怒髪天の力を存分に牛田の警備の者達にぶつけた。


 実戦の経験すら無い警備兵では、怒りの力をも上乗せした熟練の傭兵達に敵う筈も無い。家宰は、傭兵達の怒りがなるべく早く静まるのを祈りながら、その場を早々に逃げ出していた。


 乱闘。と、一言で片付けるのには、あまりにも一方的な展開であった。


 今や暴徒と化した傭兵達は、牛田の家の門を越え、このまま母屋に迫ろうかという勢いで、立ちふさがる警備兵達を次々と駆逐していく。


 だが、傭兵達の勢いはそこまでであった。広大な庭に差し掛かった辺りで、急にその足が止まってしまったのだ。


 傭兵達の目の前に、巨大な二頭の化け物が現れ、立ちふさがったからだ。


 頭部は猿、胴体は虎、尾は蛇という、奇妙な超大型の獣が一つ。


 もう一つは、巨大な肉の塊としか表現のしようがない、醜き巨人であった。


 異様な化け物達は、何も無かったはずの庭に、突如その姿を現したのだ。


 突然の出来事と、その威容溢れる異様な姿に、傭兵達は半ば狂乱状態に陥った。今までに、獣やちょっとした魔物を相手にする事なら、幾度か経験した者も傭兵達の中には多数いた。だが、この様な巨大な謎の生物(?)を相手取るのは、誰もが初めての経験だったのだ。


 猿面の獣が大きく口を開けたかと思った瞬間に、傭兵達は一度に喰われた。自身がそれと気付く事もなく。


 肉の塊は、巨大な……多分あれは腕なんだろう……を振り回し、傭兵達の身体を押し潰して、全て赤い汁に変えてしまった。逃げる事すらできなかった。


 乱闘に参加しなかった一部の傭兵達だけが、無事に生き残る事ができた。だが、彼らはその地獄の様な光景が眼に焼き付いてしまい、二度と使い物にはならなかったという。



 「っけ、つまんねぇ。こんなんじゃ、実験にもなりゃしねぇ。もうちぃっとはマシな奴ぁいなかったのかよ」


 白衣を羽織い眼鏡をかけた女性が、猿面の獣の頭上の遙か上から、今の出来事を俯瞰していた。彼女は誰にも気付かれる事無く空から、今の状況をつぶさに観察していたのだ。


 「モニカ、家の中で(ぬえ)巨人肉人形ギガント・フレッシュ・ゴーレムを気軽に放さないでくれ。もし家内の者が巻き込まれたら、これ以上は庇いきれないんだ……」


 その横に、白髪が混じり、さも不機嫌ですと顔に書いた様な青年がいた。彼も同様に、空から今の出来事を眺めていた。


 「その名を出すんじゃねーよ、オーキ。今のあたいは紋菜(もんな)だろ?」

 「……君がそれを言うんだったら、おれだって(おう)だ。前世の名は出さないで欲しいな」


 不貞腐れた表情を貼り付けたまま、黄は紋菜に言い返す。彼らは前世の記憶を持ったまま、この世に生を受けた人間であった。


 「なぁに怒ってんだよ、黄。これは家内安全の為にやっただけだぜ? あたいってば、デキる女房だろ?」

 「……紋菜。たかが傭兵如き相手に鵺なんかを引っ張り出して、どこがデキるんだって? アレは下手したら屋敷が廃墟同然に様変わりしてもおかしくないくらいに制御が難しい獣だって、おれは何度も言っただろ」


 表情を変えずに、女房に黄は言い返した。それ程までに鵺とは、制御が難しい化け物の様だ。


 「だからこうやって実験を繰り返してるんだろうが、ボケが。多少の事故くらい目を瞑れや。合成獣(キメラ)自動人形(オートマタ)の技術が確立できれば、もう人間はくだらない戦争でも、魔物相手にでも、傷つく事も、死ぬ事も無くなる。その崇高な理想の礎になるのであれば、そいつらもきっと本望だろうさ……」


 彼らの前世の記憶は戦乱と混乱だけで悉く埋め尽くされていた。だから、彼らは前世からずっと、合成獣や自動人形の技術を追い求めていたのだ。

 結局、前世では、その道の半ばにたどり着く事なく、世界自体が終焉を迎えてしまったが為に、途中で辞めざるを得なかったのだが。


 だが、今世は違う。前世の記憶を引き継いだまま、この世に生を受けたからだ。


 資料も無く、器具も無く、更には技術体系の片鱗すらも無いこの世界では、はっきり言ってマイナスからのスタートだった。だが、今までの記憶と経験がある。あとは、実験を行えるだけの施設と、資金力だけが問題とも言えた。


 それは牛田という家のお陰で、ある程度は解決できた。現当主である父に、紋菜は自身の知識と技術を売り込んだのだ。


 その有用性にすぐ気が付いた牛田の当主は、資金をかき集めて紋菜の実験を支援した。それによって、紋菜は家内で好き勝手気ままに動く事ができる様になった。


 人間を材料に使った生体実験を幾度もやったし、実験と称し、気に入らない人間に対して何度も合成獣を(けしか)けもした。すぐに紋菜は家内から()()()じゃないと、忌避される存在になったのは、言うまでも無い。


 黄は紋菜との前世の縁の糸を手繰り、漸く牛田の家にたどり着いた。紋菜と同様の技術を現当主に見せつけ、そのまま婿養子として迎え入れられ今の状況に収まったのだ。


 「だから、やり方が強引だと言っている。君がもう少し自重してくれてさえいれば、今回みたいな状況にはならなかった」


 黄自身が牛田の後継者に収まれば、資金も、施設の手配も、万事上手くいった筈だ。

 紋菜があまりにも奔放に動きすぎた為に、家中からは誰も支持を得る事が黄はできなかった。葉が首だけの帰宅を果たした今、多少の芽はでてきたが、まだ三男坊の猛の存在がある。


 「んなモン一々気にすンじゃねーよ。邪魔な奴は消せば良い。出来損ないのくせに散々威張り散らした兄貴の様によ」


 牛田の長男は、紋菜の言った通り消された様なものだ。彼女の作り出した神経毒により、ずっと昏睡状態が続いている。身体は衰弱が酷く、そう遠くなく死ぬだろう。


 長男はもうすぐ、次男は今朝その可能性が完全に消えた。後は猛と黄の一騎打ちになった訳だが、猛は葉によって戦場で処刑されたとの噂もあった。裏は取れていないが、あの葉の性格上あり得ない話ではない。



 噂と言えばここ最近、帝国が牛田家討伐の檄を発したという噂が市中を流れる様になった。葉と猛が帝国の法を破り、尾噛へ侵攻したせいだというのだ。近く、その檄を受けた尾噛の軍が、報復も兼ねてこちらに殺到するであろう……ともっぱらの評判である。今まで牛田の嫌がらせに耐えに耐えた尾噛が、今回は本気で怒っているのだと。


 それを裏付ける様に、葉の首達と一緒にもたらされた尾噛からの書簡には、短く『次はお前らだ』とだけ書かれていた。降伏を勧告する訳でも、今までの賠償を請求する訳でも無く、ただ、『死ね』と。

 挑発というには宣戦布告の意思が、あまりにも明確に、そして痛烈過ぎたのだ。


 これで尾噛との戦は、絶対に避けられない状況になった。


 葉は死んだ。おそらく同行した猛ももうこの世にはいないと見て良いだろう。黄はここで腹を括る必要があった。


 「合成獣の実用性を示す良い機会じゃねぇか。場合によっちゃ、帝にこの技術を売り込んじまえば良い。そうすりゃ、色々尤もらしい理由を付けてこっちにすり寄ってくるだろうぜ。奴ら偉そうな事を言っても、こないだの戦で素寒貧の筈だからな」


 紋菜は事も無げに言う。確かに尾噛は代々続く”武門”として名を轟かせてはいるが、この様な化け物を相手に戦った事はあるまい。いくつかの合成獣を出せば、所詮人の軍だ。全滅させる事は訳無いだろう。


 だが、それによって逆に帝国は牛田に危機感を募らせはしないか?

 黄はそこが懸念材料ではないかと考えた。臣下が持つには過ぎた力に、支配者は危機感を覚えるのだ。


 「……こうなっては仕方があるまい。合成獣の制御の問題点を、もう一度洗い直すとしよう。尾噛は自身の為の墓の穴を掘る時間をくれたのだ」


 まだ齢三十と少しを越えたばかりの青年だが、すでに白髪が混じる自身の頭を黄はガシガシとかいた。


 「オーキぃ、お前本当に冗談が下手くそだよなぁ……」

 「うるさいぞモニカ。お前に合わせようと必死なんだ」


 「へへへ……なんだかんだでお前はホント可愛いよな。だから好きだぜ、旦那様よ」

 「ありがと。なんだか少し気合いが入った」


 物騒な夫婦は、物騒な化け物の頭上でいちゃつく。


 この化け物……合成獣が、どれだけ危険な生き物であるのか、それはまだ牛田の家の者の一部と、その残忍さを目の当たりにした傭兵達しか知らない。




誤字脱字があったらごめんなさい。

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