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第60話 戦後の処理



 葉とその側近数名は、その日の内に首を刎ねられた。


 降伏した将の命を見逃すという選択を、望はしなかった。

 戦場(いくさば)の慣例として、降伏を申し出た将は、確実に助命されるのが常だ。だが、尾噛はそれを由としなかった。それほどまでに、望の怒りは大きく、そして激しいものであったのだ。


 牛田の軍は、その数を半数以下にまで減らしていた。正規兵は、ほぼ全滅に等しい有様であったという。逆に、傭兵の優秀さを示す皮肉な結果と言えるのかも知れない。


 戦いは終わった。


 だが、望の仕事はこれで終わった訳ではない。敗残兵の処遇と、救出された集落の子供達の対応が、今後の課題になってくるからだ。



 「はぁ。これからが大変だぞ……」


 望は一人、天幕の中で慢性的に続く頭痛を堪えていた。


 まずは、被害状況の確認と、その対応。これは急務だ。


 牛田の敗残兵の処遇も近く決定せねばならない。このまま放置しておくと本当の野盗にもなりかねないからだ。


 あとは牛田への報復。これもなるだけ早い方が良い。今までが舐められっぱなしというおかしな状況であったのだ。

 先代とは違うのだと、確固たる意思を示さねばならない。尾噛の安寧を考えるならば、帝国に貸しを作ってでもこれは果たさねばならない条項である。


 コンコンと頭の側面を軽く叩き、頭痛を誤魔化す。帝都から戻って以来、望はこれが癖になってしまっていた。


 「とりあえずは、鳳様に相談かなぁ……ああ、嫌だ嫌だ」


 父の親友を自称する、翼を持つ胡散臭い男の顔を思い出す。アレに貸しを作るというのは、望にとって業腹であった。後に絶対に割に合わない事を、こちらに要求してくるに決まっている。


 だが、今回の迎撃にあたって、尾噛の負担は相当に重かったのだ。復興を考えれば、その負担は莫大的に増える事はあっても、絶対に減る事はない。当面は、尾噛の財布の紐は固く結ぶ必要がある。


 「邪魔するぞ-?」


 その声に、望の顔は天幕の入り口へ向く。祈の守護霊その1である俊明と、翼を持つ娘二人が入ってくるのが見えた。


 「ああ、貴方は……今回は、伝言係ではなくご本人の様ですね。お疲れ様です」


 俊明の額のテカりを確認してから、望は挨拶をした。あまりにそっくりなモノを出入りさせるのは、こういう時困りものだと望は思う。一々本人確認をせねばならないのだから。


 「おお、望。お前凄いなぁ……あれ、マグナリアも武蔵も未だ間違うんだぜ? 何十年も一緒にいるんだっつのに薄情だよなぁ……いかん、話が逸れた。お前に紹介したい。(くう)(そう)だ」

 「お初にお目にかかります。空と申します。そこのは我が愚妹、蒼でござります」


 愚妹の抗議を強烈な肘で黙らせてから、天翼人の姉が望に対し頭を垂れた。


 「ああ、これはこれは……尾噛が頭、望でございます。ご無礼ですが、貴女様は鳳家のご息女、空様でございましょうや?」


 翼持つ人間は、帝国内では皇族か、もしくはそれに準じた身分の者だけである。当然、宮中序列で言えば、一地方領主に過ぎない望なんかより、天翼人たる空と蒼の方が上だ。


 「はい。ですが、ここでは鳳の名はお忘れ下さい。今のわたくしは、ただの空。その様にお扱い下さります様……」

 「今回こいつらをここに連れてきたのは、帝国からの意向もあるんだ。すまないが、ちょっと時間をくれ」


 祈の守護霊が、何故に帝国と繋がるのか? 望は訝しんだ。


 「望様、鳳より書簡を預かっております。こちらを……」


 空が懐から複数の書簡を取り出す。これら全てが尾噛宛だというのだ。


 望はそれらを受け取ると、ちらりと空の顔色を伺った。この場で返事が必要か? という意味である。空は首肯した。



 「これは……」


 書簡の文面を検めた途端、望の頭痛は、より激しさを増した。


 有り難い話がほんの少し。巫山戯るなという話が大半の、トンデモ過ぎる内容であった。



 一つ。牛田家を討伐せよ。これは勅命である。


 一つ。その戦費は、全て尾噛家の立て替えとする。


 一つ。討伐の軍は、帝国の名を大々的に喧伝しても良い。


 一つ。今後も空と蒼を、尾噛の配下として使っても良い。ただし、これらが死する事あれば、その罪を問う。



 (追記)できれば、牛田家を滅ぼさないで欲しい。あくまで勅命によって懲らしめたという形が望ましい。ボクからのお願いだヨ☆



 一応は今回の件も、これから行う予定の報復も、地方領主間の争いとなる。

 帝国の法に則れば、これは反逆にも等しい行いだ。だが今回は”勅命”という形で、牛田家の討伐に許しを得た。これは有り難い。


 だが、その後にある全てが望には許し難いものであった。


 戦費は全てこちら持ちなのに、全ては帝国が行ったのだと宣伝しろとか……

 舐めてんのかと、望は声を上げて書簡を破り捨ててしまいたい衝動にかられる。だが、空の眼がある(蒼はまだのたうち回っているので無視)ので、何とか寸前で堪えた。


 「お気持ちは充分過ぎる程に解る。だが、堪えて欲しい」


 「げほっ……本当に(ほんなこつ)なぁ。ウチのお父しゃんは、人の神経逆撫でするんが、ばり上手かけん……」


 姉妹は書簡の内容を知らない。

 だが、()()クソ親父が認めた書だ。碌な事が書かれていないだろうという推察は、すぐに立った。望の表情から、その邪推に近い推察は、大凡間違い無かったのだと胸を張る。


「ああ……貴女達も、苦労していたんだね……」


 望のしみじみとした感想に、姉妹達は深々と首を縦に振ったのだった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「さて、我が麗しの小さな同盟者よ。これからどうするかね?」


 最大の障壁である兄の葉が、後継者レースだけでなくこの世からも退場した。今回の一件で、猛は目標に向け大きく前進したと言える。


 「恐らくは、尾噛はこのまま牛田領へ向け、報復の軍を動かす事になりましょう。それに同行する……で、どうでしょうか?」


 尾噛は武門の家である。一戦して勝った。それだけでは矛を収める訳には絶対にいかない。

 相手がもう二度と逆らう余地の無い様に、徹底的に懲らしめる必要がある……そう兄である望は考える筈だ。ならば次の展開は、このまま”報復”に討って出るものになると、祈は予想した。


 「しかし、お前さんの”家”は、本当に恐ろしいなぁ……それを平然と行うって……俺ら喧嘩を売る相手、端から間違ってたんだな」


 事も無げに「報復する」と言える家は、帝国内を探してどれだけあることやら……

 反撃してこない小動物なのだとチョーシこいていたら、相手は危険極まりない大型肉食獣だったのだ。我が家が火の手に包まれる光景を想像し、猛はぶるりと身を震わせた。


 「まぁ、今までは牛頭家の存在があったから、こちらも控えていたのでしょうが。もう、その後ろ盾は存在しませんから。こちらも漸く本気を出せるのです」


 牛頭 豪はもうこの世にはいない。

 その庇護を失ってしまえば、牛田家はただの一地方領主に過ぎない。尾噛は何に対しても遠慮する事なぞ無いのだ。


 「ああ、実は今回の一件な。その牛頭家からの情報で決めたんだよ。元々準備はしていた。だけど決行日は、尾噛の当主の留守中にってな……」


 猛の当初の計画では、当主の留守中に略奪できるだけ略奪し、その後素早く撤退するつもりであったのだという。葉は、迎撃に来た尾噛と一戦を交えてこれを撃破するつもりの様であったのだが、結果はこの通りである。


 「ま、お前さん達の行動が予想以上に素早かったのが俺等の敗因だな。他にも色々と細かい所がダメだったのは、この際目を瞑るとするが」


 猛という人物は、それなりに反省ができる様だ。今までの事を思い返して、失敗の原因をある程度は推察できている。こういう人間は怖いと、祈は思う。


 「そうですね。私達も必死でしたから……でも、せめて今日くらいは、しっかりと休憩したいものです」


 ずっと神経を張り詰めていたのだ。戦の終わった今日くらいは、ゆっくりと休みたい。小さく欠伸をかみ殺し、祈は伸びをした。


 「お前さん、本当にその小さな身体で、よくもまぁここまで戦ったもんだよ……」


 あの不気味な兵団を指揮していただけでなく、自身も乱戦に身を投じ、最後まで戦い抜いた。その姿をずっと近くで見ていた猛は、恐怖を越え、尊敬の念を抱き、終いには完全に惚れ込んでしまっていた。もう逆らう気なぞ全く無かった。


 「ああ、でもその前に。我が兄望に逢って頂かなくてはいけませんね。このままですと、貴方も首を刎ねられかねませんし……」

 「おおう。また首を刎ねられるのは勘弁だぜ……」


 あの時は身代わりのヒトガタ。今度は自分のその身で……か。

 それは本当に勘弁して欲しい。猛はあの光景を思い出し、ぶるぶると震えた。


 「頼む。憐れな同盟者の身を助けると思って、早くご当主に面会させてくれ。俺はまだ死にたくねぇぞ」

 「ふふふ。冗談ですよ。それでは、参りましょうか」



 まずは、兄に約束を破った事を謝らなくてはならないだろう。


 あと、牛田の三男坊との同盟を報告せねばならない。独断であったが、何とか許しを得なくては。


 尾噛の未来を考えるならば、これはとても大切な事柄なのだから……



誤字脱字があったらごめんなさい。

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