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第55話 出陣の三人



 (イノリ……おかえり)


 (……マグにゃん、ただいま)


 まだ焦点の合ってない視界では、呼びかける者の姿がボヤやけてはっきりとは解らなかった。


 しかし、この世に生まれ出てからずっとの付き合いである存在の霊波を、祈は間違う筈も無い。


 祈の目覚めは、あまり状態の良いものではなかった。


 半分は自身の意思によるものでなかったとも言えるのだが、殲滅魔法”煉獄(インフェルノ)”を放った結果となった夥しい数の断末魔の直撃によって、精神崩壊の寸前まで行ったのだ。当然と言えば、当然だと言える。


 その寸前の所で、祈の心を切り離し、自身の世界に匿う事で救ってくれたのが、証の太刀に眠る邪竜の意思であった。本当に、祈の生還はギリギリの綱渡りによる結果に過ぎない。


 (皆っ、イノリが目を覚ましたわっ!)


 愛娘の帰還に、マグナリアの声が弾む。庇護すべき大事な存在が今まで生死の境を彷徨っていたのだから、その喜びはひとしおであろう。鬼女の目には涙が滲んでいた。


 (祈殿、良かった。本当に、良ぉござった……拙者、もうこの様な想いは、まっぴら御免でござるぞ)


 鼻水をすすり、武蔵が喜びのあまり咽び泣く。人ならずのこの身になっても、ここまでの無力感に苛まれる事態に直面するとは、剣聖は思ってもみなかったのだ。


 (おかえり、祈。もう本当に勘弁してくれよ。お前の異能は、俺なんかより遙かに強い。だが、その分だけ、霊に対しての抵抗力が弱いんだ。今後は、()()()()()()()()?)


 俊明が、今回の原因を指摘する。それは、邪竜からも言われた事だ。祈は黙って頷くしか出来なかった。


 『心を鍛えよ』


 自身に確固たる”自己(おのれ)”という意識があれば、今回の様な事態にはならなかった。戦う力と手段はあれど、戦いに赴く意思が弱かったという結果なのだ。あの蔵での出来事と同じで、全然成長していない。そういう事なのだ。祈は思わず下唇を噛み締めた。


 (マグにゃんもありがとう、魔法の範囲を絞ってくれて。あのままだったら、掠われた集落の子供達を、全員巻き込んでいてもおかしくはなかった……)


 祈は、牛田軍の全てを地獄の焔で消し去る為に、敵陣のほぼ中央に殲滅魔法を撃ち込んでみせた。

 もしマグナリアが術の発動を妨害していなかったのならば、全てが灰燼と化していただろう。尾噛領を護る手伝いのつもりで祈は動いたのに、それでは本末転倒も甚だしい。


 (ごめんね、あたしはその言葉を素直に受け取る訳にはいかないの。だって、ハンパにアレの発動を防いでしまったからこそ、結局あなたを危険な目に遭わせてしまったのだから……)


 祈の目論み通りに煉獄が発動していたのなら、敵は熱い等とは一切感じる事も無く、一瞬でこの世から全て()()していたのだ。

 下手に妨害を加えて発動範囲を極端に絞ってしまったが故に、大量の断末魔を作り出す皮肉となった事を、マグナリアは言っているのだろう。


 マグナリアにとって尾噛領に住む民は、毛ほどの、それこそ塵芥ほどの価値も無い。例え万の命、億の命と引き替えだ。などと言われても、絶対にマグナリアは、祈ただ一人の命を選ぶ。他の二人も恐らくは同様である筈だ。


 (……そっか。でも、もう大丈夫だかんね。同じ過ちは、絶対に繰り返さない。証の太刀から、新たな加護を貰ったしね。もう、私は、私を見失わない)


 目覚めるその瞬間に微かに浮き出はじめた金色の文様が、今ではくっきりと祈の額に浮かび上がっていた。


 大きな赤い宝玉がまるで第三、第四の眼の様に見える金色のサークレット。

 そう表現した方が近いか。まるで専用に誂えた装飾品の様なその偉容は、身体から浮き上がって出来た代物とは、誰も思わないであろう。


 (その額の奴が、太刀の加護なのか? 確かに強大な霊力(ちから)を感じるが……俺じゃ何も解らん)


 墨を摺る手を止めずに、俊明は祈の額に浮き出たソレを超常の眼で視ていたが、そもそも邪竜の太刀自体が未知の塊なのだ。俊明は早々に匙を投げた。


 (……で、それはいいけどさ。とっしーは、一体何やってんの? ……書道教室?)


 漸く焦点が合ってきた祈が最初に目にしたのは、目の前にいる人間全員が、硯に向かって墨を摺る奇妙過ぎる光景であった。


 俊明に、一馬は判る。あと翼を背にした二人の娘は、祈は初めての人物だ。顔が全く同じに見えるのは、見間違いでは無いだろう。一瞬視界がボヤけたのかと疑い目を擦ったのは、お約束というかご愛敬と言える。


 (ああ。まぁ、近いのかも知れん。此奴らに式の作り方を指導しようと思ってな)


 (((……なんで?(でござ)))


 守護霊二人と、その主人。全員の疑問の声が重なった。


 (相手は、祈の魔法で大幅にその数を減らしたとはいえ、まとまった人数がいる”軍”だ。なら、こっちも数で対抗しなきゃ……だろ?)



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「おひい様、よくぞご無事で……」


 姫が無事に目を覚ました事を大いに喜んだ一馬は感極まって、ついに男泣きを始めてしまった。それを見ていた天翼人の二人は、そのおっさん(おいしゃん)の、あまりにあまりな暑苦しさに「うへぇ」と同時に声を上げた程だ。


 「心配かけてごめんね……来てくれて、本当にありがとう」


 男泣きを続ける一馬の頭を撫でながら、祈は自身にできる最大限の感謝を、言の葉に込めた。今はこれしかできないけれど。だからこそ、なのだ。


 「お初にお目にかかります。尾噛が長女、祈でござりまする。鳳の、空様と蒼様…で、間違いはございませぬか?」


 一馬から手を離し、祈は天翼人の姉妹に傅いた。宮中序列で言えば、あちらの方が遙かに格上であり、当然のことなのである。


 だが、一馬は姫の口から出たその驚愕の事実を知り、顔面から一気に血の気が引くのを感じた。道中、姉妹に向けてかなり上等な口を数々叩いていたのだ。さらには本気で誤解であるのだが、何故か姉妹を()()()()()()()事にされてしまっている。その事実だけでも姉妹がその気になれば、一馬の首は明日にでもトンでいておかしくはない。


 「合ってるけど、違う。今のわたくし達は、ただの空と蒼。鳳家に仕える”草”……ただ、それだけ」


 だから、ここでは宮中序列を気にするな。そう姉は言う。妹もその言葉に力強く頷いてみせた。


 「そういう事でしたら……私の名は祈。これからよろしくねっ」


 態度を改め、祈は挨拶をし直す。翼を持つ種族は、他の人種に比べて遙かに寿命が長い。だから、同年代という筈は絶対にないだろうが、精神年齢は自分に近いのだろうと祈は判断した。だから、近い世代の人間に接する様に答えてみたのだ。長年、近い世代の友達を切望していた祈には、これはチャンスと言えた。


 「おう、尾噛ん姫様ば可愛い(あいらし)かねぇ。アタシは蒼。よろしゅうな」


 「愚妹よ、こういう場では、訛り癖を正せ……わたくしは空という。祈、これからもよろしく」


 姉妹二人と軽く握手をして、祈はじわじわと顔がニヤけてくるのを止められなかった。変な表現にはなるが、自身初めての、”生きている”お友達なのだ。祈は嬉しくて嬉しくて仕方が無かったのだ。


 「おーい。娘達でいちゃつくのは、おじさん目の保養になって凄く良いので全然構わんが、そろそろ墨はできたかー?」


 (俊明殿、流石に空気読め。でござる……)


 (だから絶望的にモテないのよ、貴方は……)


 滅多に無い若い娘との交流で、俊明のテンションはおかしいままである様だ。同僚からの信頼度は下がる一方で、上がる気配は未だ無かった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「で。ここの文字が、させたい動作を現す。この組み合わせによって、できる事が一気に増えるって訳だ」


 「……無理。アタシん頭じゃ、おぼえられんと」


 「やはり愚妹。写経して、今の奴だけを身体で覚えるべき」


 「……ま、それもアリっちゃアリだなぁ。兎に角今回は数が要る。できれば少しでも多く仕込みたい。複雑な命令は、この際要らないだろうし」


 (法則は何となく理解できたが……それでも、そこのチビみたいなのは、どうやるんだ?)


 姫と戯れる使い魔にチラリと視線を向け、一馬は考え込む。今そこの馬の骨が説明したものだけでは、あの使い魔を作り出すのには、公式と命令文が全然足りないのだ。


 だが、今教えて貰った命令文だけでも、自身が収得したどの使い魔作成法よりも高性能の物が作り出せるのは確かだ。なんと言っても、態々魔力の波長が合う小動物を探し出す手間が無いのは非常に良い。だが、冷静になって考えてみたら……


 「……というか、一つ良いか? 姫が動けるのならば、ここの場を早々に離れ、尾噛領に向かうべきではないのか? 何故この様な作業をしているのか、おかしい気がするんだが」


 元々一馬は、姫の安全確保を第一目標としてここまで来たのだ。その姫を確保した以上、敵軍がすぐ側に居るという危険な状況下において、何故この様な和気藹々とした術教室を受けねばならないのか。そこを指摘したのだ。


 「……ああ、それな。俺もそれを考えたんだけどなぁ……」


 俊明はチラリと祈の方へ視線を向ける。それを受け、祈は頷いて一馬に言葉をかけた。


 「敵の軍には、ここに来るまでの集落にいた子供達が、全て集められている。あの子達の安全確保が最優先だよ」


 「そうなんですかっ?! ああ、いや、しかし……今の我々では、無理ですよ。数が違いすぎ……って、ああっ!」


 漸くここで、”馬の骨”の男が言った『数が要る』という意味を、一馬は理解したのだ。


 「そういう事だ。だが祈、問題もあるぞ。あの3つの集落の規模から言って、子供だけでも相当な数になるだろう。そいつらの食料は? 身の安全は?」


 「そこはちゃんと考えてるよ。()()()()()()()()()()()()()()()。尾噛軍と相対するまでは……ね?」


 今子供達を取り戻しても、子供達の帰るべき場所は、すでに廃墟と化している。親も居なければ、眠れる家も無いのである。この子達の安全を考えるならば、尾噛の本拠地まで連れて行くしか他はない。だが、大量の”足手まとい”を抱えたまま戦場を横切るなど、集団で自殺をしに行く様なものでしかないだろう。だから、この策であるのだと祈は言う。


 「ああ。今回は、わりかし考えたみたいだな。だが、()()()()()には、確実に大将を確保できなきゃダメだ。失敗すると一気に破綻しちまう」


 「うん。だから、空と蒼にお願い。軍勢の方は私が何とかする。その間に敵の将を確実に手中にして欲しい。それが無理そうなら、その場で始末をしても構わない」


 かなり虫の良い事を言っている自覚が祈にはあった。体調が万全であるなら、祈は全て自身の手で行うだろう。だが、今回賭けるのは、自分の命だけではないのだ。だから、その分野に秀でた人間にお願いするしかない。そして、敵の将さえ何とかしてしまえば、後はこちらのものだ。その為の手駒は、今この場で量産をしているのだから。


 「承った。わたくし達姉妹が、その役目を絶対に果たそう」


 「任せんしゃい。アタシ達ば最強やけんな。祈んお願い頑張るばい!」


 天翼人姉妹は、今日友達になったばかりの娘の、可愛らしい姿からはあまりにもかけ離れた物騒な願いを聞き入れた。


 元々、彼女らの父親からもお願いされていた事ではあるのだが、実際に尾噛の姫と会って、話をして、この人のお願いなら聞いても良い。そう思えたのだ。だから、そこに些かの不満なぞも無い。それどころか、自身達の誇りにかけてでもやり遂げてみせよう。そう心に誓っていたのだ。


 「おっし。方針は決まったな。んじゃ、俺とそこの男で量産すっから、お前等行ってこい」


 俊明は手を叩き、景気よく三人を送り出す。未熟ながらも、祈は色々と考える様になった。その事一つ取っても、親代わりの身としは、祝杯を挙げたい程に喜ばしい。


 (マグナリア、武蔵さん。フォロー頼む。多分大丈夫だと思うがな)


 (おっけー。任せて)


 (拙者、高みの見物と洒落込むでござるよ)




 「俺だけ、居残り……なの、かよぉ?」


 こちらの意思を何も聞かれる事なく、自動的にお留守番になったその事実に、一馬は一人落胆していた。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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