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第53話 四騎が行く



 「(くう)(ねえ)っ」


 「……何? 愚妹よ」


 東の空に僅かな赤みを感じる頃、三人は馬上の人となっていた。荷馬を含めた4騎は、ただひたすらに無人の街道を尾噛領へ向け疾走する。明け方の今の時分にしか、全力で駆け抜ける事はできないのだから。


 「……そん言い方気になるかばってん、まぁよかばい。本当に(ほんなこつ)こん男ば付いていくだけで良かと?」


 「質問の意味不明。具体的に述べよ」


 姉の空の前では、蒼は地元民丸出しの訛り言葉になる様だ。早口だと、慣れない者にはほぼ聞き取れない。


 「ああ面倒臭(しぇからしかね)ぇなぁもう……つまり、前ば走る奴がトロかけん、先行って目標ば確保しゅる方が良かやなかかって話っ!」


 「トロくて悪かったなっ! これでも俺にとっちゃ目一杯なんだよっ」


 一馬は後ろの馬の骨達に毒づいた。確かにトロいと言われても、それは仕方の無い事だろう。現状振り落とされない様にしがみつくだけで、精一杯だったのだ。一馬を背にする馬の方は、さも迷惑だと言わんばかりに不満げに鼻を鳴らす。


 (ああ畜生。当主様に付いて来るなって言われたけど、本当にその判断は正解だったよな……悔しいけどさ)


 「こん男にあわせとったら、日が暮れてしまうばい。朝になったばっかりだけどしゃ」


 「言いたい事は理解した。だが愚妹よ、それでも我慢。わたくし達は”目標”の顔を知らないのだから」


 極めて冷静に、空は蒼を諭す。姉妹達は、目標である尾噛の姫の顔を知らない。それに姫の方も姉妹達の顔も、その素性も知らないのだ。保護しに来たと言われても、はいそうですかと素直に信じて貰える訳なぞ無いのだから。


 「ああ、本当に(ほんなこつ)面倒臭(しぇからしかね)ぇ…」


 自分の言うべき所はちゃんとした。だから、もごもごと少しだけ文句を言った所で、そこで蒼は黙った。半分は言い訳の様なものだったのであろうか。もし目標確保に失敗したとしても、それは尾噛の家臣がトロかったせいで、私達のせいではない。そういう事である。


 「ああ糞。どいつもこいつも、俺より……」


 天まで届いたあの増長鼻は何処へやら。完全に自信の源を打ち砕かれて、一馬は心の中で慟哭した。家に戻れたら、絶対に鍛錬を積んでやる。いっそのこと、山に籠もるのも良いか。馬にしがみつく手と足に力を入れなおし、一馬は修行の工程の思案をはじめた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 太陽が空の頂点を超えて幾分か過ぎた頃、四騎は街道の分岐点まで到達していた。


 「その分岐を真っ直ぐだ。このまま駆けてくれ」


 チビ骨の指し示す方向は、主要街道である西回り山越えルートの方角であった。その意味を瞬時に理解した空と蒼は、そんな馬鹿なと声を揃えて使い魔の選ぶ道に対し、異を唱えた。


 「そちらは牛田領を通り抜ける道。そんな道を選ぶとは、尾噛の姫は正気か?」


 「死に急ぎたかとか、馬鹿やろう?」


 「だからだよ。だから、俺は鳳にお前達を遣わす様、要請したんだ」


 だから、使い魔は腕の立つ人間を用意してくれと、翔に頼んだのだ。今の所、想定していた中でより最悪の場合(ケース)へと近づいている事に、使い魔は内心舌打ちをした。このままでは、尾噛の姫が敵軍とやり合う可能性まであり得るという展開にまで、事態が悪い方、悪い方へと進んできていたのだ。


 純粋な戦力だけで考えれば、あの姫は化け物だ。それこそ百単位程度の相手なら、秒で片が付くレベルでの”過剰戦力”とも云えるだろう。

 だが、戦場(いくさば)とは、そんな単純な力だけでは済まない事も多い。あの姫よりも遙かに()()()()が高い筈の本体も、想定外のそれによって、幾度となく痛い目を見ていたのだから。


 誰が言った言葉なのか使い魔は覚えていないが、「戦いは数だよ」とは、正にその通りの指摘なのだ。どんなに強力な戦力であっても、単騎では無力化する方法が、その可能性があるのだ。


 「お前達の腕に、俺は期待している。あの鳳が選んだお前達だ。帝国の中でも、指折りの実力者なんだろう?」


 使い魔のこの言葉は、本気半分、期待少し、残りは(おだ)てである。煽て上げるだけで、実力以上の力を出してくれるのなら、これ以上安い買い物も無い。言うだけならタダなのだから。


 「そりゃあ、アタシ達は最強ん二人やけんな」


 「煽てても無駄。愚妹と違い、わたくしは常に冷静。そう教育されている」


 得意げに鼻を擦る妹とは対照に、姉の方は努めて冷静に言葉を返した。恐らくは使い魔の意図を明確に見抜いている様である。対照的な姉妹達の反応に、一馬は思わず吹き出した。


 「なんばい? トロか癖に、何ば文句あるんか?」


 何となく馬鹿にされた様な気がして、蒼は少々の殺気を含んだ鋭い目を、一馬に向けた。答え方によっては、最低でも一発は殴ってやると、その鋭い目は雄弁に語る。


 「ああもう。トロか男で構わんよ……なに、お前等可愛いなってちょっと思っただけだ」


 あっさりと煽てに乗りチョーシコいた妹と、そんなのは通じないぞと、態々宣言してみせた姉。

 世辞などただ聞き流すだけで良いのに、まだまだ両人とも若いなと、一馬は思ったのである。本当にただそれだけ。だから、素直に感想が口から出たのだ。


 「こんな所で、いきなり若い娘を口説き始めるとは……身の危険を感じる」


 「うへぇ。こんおっさん(おいしゃん)、見境無かとか、(えず)かー」


 「……おじさん悪かったよ。もう何も言わね……」


 思った通りに吐いたそのたった一言で、一馬は”トロか男”から、”おっさん”に華麗なランクダウン(?)を果たした。半分泣きそうになりながら、一馬は姉妹の評価を素直に受け取って、押し黙った。


 (ああもう。本当に当主様に付いて都に来てからというもの、俺の人生は転落し続けているなぁ……ってーか、おひい様に関わってから、本当に俺の人生観は変わった。あり得ない程に変わりすぎた。ここから這い上がる事は、果たしてできるんだろうか?)


 この一件が片付いたのなら、絶対におひい様から距離を置こう。もし尾噛の姫からも、おっさんと呼ばれてしまったら……その場面を想像しただけで、一馬は絶望のあまり、首を吊りたくなってしまった。おっさんと呼ばれるのには、まだまだ抵抗がある歳なのだから。


 一馬の心は、この時すでに脱水症状を起こしていた。心の中において、自身の流した涙によって。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 荒れ果てた牛田領を何事も無くやり過ごした一行は、尾噛領に入る事ができた。


 ここまで来るのに、一日と半分の時間が経過していた。姫の居場所が大体判るという使い魔の言葉では、確実に距離を縮めていきているのだという。


 尾噛領に入ってからの姫の踏破速度が、かなり鈍くなっていると使い魔は言う。そのお陰で、彼我の距離を詰める事ができたのだ。


 全ての魔術を行使できるという尾噛の姫は、自身が騎乗する馬に魔術強化を施し、その速度を上げていた筈だ。普通に考えれば、馬の全力疾走には一馬の腕では、確実に振り落とされる。何とか凌げるギリギリの速度で騎乗を続けていては、それこそ延々追いつく筈なぞ無いのだ。


 ……何故、その脚が鈍ったのか?


 その事を、今や燃え滓となった集落の惨状を見て、一馬達は思い知らされたのだ。


 恐らくは、この下には多くの村人が眠るであろう、墓標の無いただ土を盛っただけの塚が、そこに在った。


 これを娘一人の手だけで、行ったのであろうか?


 もし仮に、数人の手をかけたのだとしても、その労力は計り知れない。


 焼け跡から察するに、この集落の規模は、それなりにあった筈だ。その犠牲者を全て集め、埋葬するというのは、どれだけの体力と心を削った事であろうか。その事を想うだけで、一馬の心は張り裂けそうになる。


 天翼人の姉妹達も、尾噛の姫が粋狂だけでこんな所行なぞできない事は察したであろう。言葉を飲み込み、ただ、二人は盛り土に向け、手を合わせたのみである。


 使い魔は、尾噛の姫と守護霊三人がこの集落で経験したその光景を、超常の眼で視ていた。


 (糞がっ。これ、現状考え得る最悪の状況じゃねーか! 本体は何やっていやがった!?)


  この場にいない本体に向け、使い魔は盛大に毒を吐く。これは無理ゲーだ。破滅に向かってまっしぐらに突き進む人間を掴まえて保護しろ、だなんて、そんな事出来る訳が無いのだから。


 だがその一方で、あの姫ならば絶対にこうするだろうというのも、使い魔には判っていた。だからこそ、彼女の身を案じ、本体が必死になっているのだ。


 で、あるならば。


 本体の意に沿う為に、先を急がねばなるまい。使い魔は三人に騎乗を促した。



 四騎は、その後も同様の焼け跡集落を、二回も巡る事になる。


 その全ての犠牲者達は、何者かの手によって手厚く葬られており、一馬達は、ただ手を合わせて冥福を祈る事しかできなかった。


 そうして一馬はその姦しさに、少し黙ってくれないかな。とすら思っていた蒼が完全に沈黙の海へと没し、一行の空気は、とうとうどん底を這い回るが如く重くなっていたのだ。


 「近いぞ。そろそろ視界に入っても良い頃合いだが……」


 一馬の頭上に立った使い魔が、辺りをぐるりと見渡す。本体から伸びる霊糸をたぐり寄せ、使い魔は一点を指さす。


 「あっちだ。急いでくれ」


 一馬は正直言うと、ヘバる一歩手前の状況であった。だが、おひい様が近いと言う使い魔の言葉を信じ、もう一踏ん張りとばかりに気合いを入れ直した。


 馬の腹を蹴り、一馬達は駆け出す。


 その時、遠くの空が赤く、明るく光った。


 その光を追いかける様に、轟音と爆風が脇をすり抜ける。一馬達を乗せた馬は、その音と光に驚愕し、一斉に竿立つ。


 「魔法の光? それにしては、あまりに強烈」



 『私なら、後ろから殲滅魔法”煉獄”でまとめてドーンできるのになぁ…』



 「あれは、煉獄(インフェルノ)か? まさか、おひい様がっ?!」


 興奮する馬を宥め、何とか落馬を免れた一馬は、宿での姫の言葉を思い出す。あの言葉が真実ならば、今の轟音は姫の使った殲滅魔術である筈だ。という事は、牛田の軍とやり合っているという証拠である。


 「はぁ、本当に現実を超える糞ゲーは、この世にゃ無いよな。恨むぜ、本体……」


 この世に仮初めの生を受けて、何度目の溜息であろうか。使い魔は考えるのも馬鹿らしい、その事をついつい思ってしまった。


 現実という名の糞ゲーから、一時的でも逃れるために。



すでに数十年単位で離れていたので、わりかし嘘が混じる方言です。気にしないで下さると助かります。

誤字脱字があったらごめんなさい。

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