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第51話 すぐそこにある彼岸

祈「51話にして初めての単独回って、ホントどうなのさ?」



 長き眠りから覚めた祈が最初に目にしたものは、燃えるような赤色の花々だった。


 ────曼珠沙華。


 この国では、彼岸花と呼称するが正しいか? その群生地の真っ只中であった。


 だが、どう考えても季節が合わない。朧気な祈の知識の中では、彼岸花の開花時期は、確か秋頃の筈だったと思う……たぶん、おそらく。


 少なくとも、敵軍のど真ん中に煉獄(インフェルノ)を放ったあの時の、あの場所ではない筈だ。

 確かにあの時は夜だったし、今まで寝ていたのだから、多少の時間は経過していても可笑しくはないだろう。

 だが、あの時とは周囲の景色が全然違う。見渡す限り、真っ赤な地平線。山の影すら全く見当たらないのだ。


 そして、常に繋がっている筈の守護霊達の気配が無い。それどころか、三人の霊気の一切を感じないのだ。こんな事は初めての経験だった。


 常に側にあったものが無い。これほど心細くなる事はないだろう。ましてや、彼らは親であり、兄妹であり、友であり、分身なのだ。離れるなんて想像した事も無かったのだから。


 炎の様な赤色の真ん中で、祈は震える我が身を強く強く抱きしめた。自分の存在自体があやふやで、自身の証明すらできない不安感が、祈の心を苛むのだ。


 「私の名前は、祈。尾噛祈。大丈夫。私はまだ……私だ」


 そう自分に言い聞かせてみせないと、自分が自分で無くなるのではないか。どこから来る焦燥なのか、それは祈自身も解らない。だからこそ余計に不安に押しつぶされそうになるのだ。


 改めて周囲を見渡す。真っ赤な彼岸花が、延々続く地平線。遠くに山の気配は一切無い。少なくともここは、周囲を海と山に囲まれた尾噛領ではないという事だけは、まず間違い無いだろう。



 ……では、ここは?



 当然の疑問が、祈の頭の中に沸く。


 もう一度、彼岸花の群生に目が行く。季節に合わない筈の満開の花々。


 そういえば、守護霊の一人の俊明から、幽界(かくりよ)の話を聞いた事があったのを、祈は思い出した。


 黄泉、冥界、幽界、彼岸……地域、宗教によって、様々な名称があるが、要するに”死後の世界”の総称である。


 死後、魂は成仏する前に、三途の川……彼岸へと到達し、そこで生前だけでは足りなかった負の精算を行うのだという。

 ここからは宗教観で様々な差違が存在する訳なのだが、そこを訪れる魂には、自身の住む地域に伝わる伝承通りに、それぞれ風景が違って見えるのだという。実際には同じものらしいのだが、死後の世界とは、それぞれ生前、育ってきた地域の概念と根深く関わるのだ。


 「……ということは、私、死んじゃったのかな?」


 ここが彼岸だと仮定するならば、これは当然の帰結であろう。


 こんな若いみそらで死んでしまうとは……

 そんな事なぞ全く思ってもなかった祈は、思わず天を仰いだ。太陽も、雲も一つも無い彼岸の空は、どこまでもどこまでも蒼く澄んでいた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 人の魂は死後、30~50日ほど、彼岸に留まるのだという。


 そこで魂は清められて、成仏するのだと。

 様々な宗派が混在するが、この帝国に根付いている宗教の大本は、そう教えていた。


 「どれだけ時間が経ったのか全然解らないところで、日にちを数えるって、どうやるんだろうね……?」


 ただただ広いだけの、誰も居ない空間である。どうしても独り言が大きくなるのは、これは仕方のない事であろう。


 彼岸に滞在するとして、規定の日数が経過したら、魂は自動的に天へ昇れるのであろうか? もっと詳しく経験者?

 ……ああ、経験者だな……守護霊達に聞けば良かったなと、祈は後悔した。


 両親が先に亡くなった訳だし、賽の河原で石を積む徒労を味わう事が無くて本当に良かったと喜べばいいのか、そもそも死んでしまった事を嘆き、泣けば良いのか。

 ……そんなタイミングもすでに逸してしまった臭いと感じている祈は、ただ呆然と佇む事しか出来なかったのだ。


 ただこうして無為に佇んでいるのも時間の無d…時間?

 あまり深く考えないでおこう……無駄である。


 そして祈の中で、色々と違和感があるのだが、今はそれも考えない。とりあえずは、この世界を視よう。そう決めた。


 遠くへ意識を向けるだけで、移動ができる。守護霊達から聞いてはいたが、ここまでとは祈も思っていなかった。霊は距離と空間の概念が薄いから、思うだけで跳躍できるのだと。これは便利だと思った。


 「これは楽だ。生きてる時にこれが使えたら、あそこまでへとへとにならなくて済んだのに。とっしー達はズルい」


 この場に居ない守護霊達に、祈は軽く毒付いた。意識しなくても、常に彼らがいた。なのに、今はそれが無い。この喪失感は、どうしても慣れない。拭いきれない。だから、無理矢理にでも声を出す。そうしなければ自身がどんどん希薄になっていく気がするからだ。


 そんな跳躍を、何度続けただろうか。


 やがて、彼岸花の群生地を過ぎ、目の前に大河が現れた。向こう岸が辛うじて見える大きな水の隔たり。これこそが、三途の川なのだろうか。祈は、ほぼ右から左へ聞き流しただけの情報しか持ち合わせていないので、自信が無い。


 ここを渡ってしまえば、その先は幽界なのだ。もう二度と戻っては来られない……確か、その筈である。


 大河の手前、多くの砂利と石が転がるこの河原こそが、所謂賽の河原だろう。


 親より先に旅立った親不孝者が、生前に親の為に積むはずであった幸徳をここで精算する。高く積み上げる事ができれば、その子の魂は晴れて成仏できるのだが、鬼がそれの邪魔をする。延々と続く責め苦は、無間地獄だ。


 だが、祈の周囲には、そんな親不孝者も、地獄の鬼も一人もいなかった。ずっとここでは、祈は一人きりだった。


「いのり……祈」


 聞き覚えのある声に、祈は振り返る。


 祈の後ろに現れたのは、亡き母祀梨であった。


 (かあさま? 何でここにかあさまが……)


 「祈……大きくなりましたね。母はここであなたを待っていましたよ」


 幼い頃の記憶と、寸分の違いも無い、愛しき母の笑顔と声。


 だからこそ、祈の違和感は最大限の警告音を、自身の心に鳴らした。


 「騙されないよ。お前は、誰だ?」


 後ろに跳び、祈は身構えた。相手は正体不明。無手でどこまでやれるか解らない。怒りと共に込み上げる不快感に、祈は吐き気すら覚えた。


 「何を言うのですか、祈? わたくしはあなたの母。母の顔を見忘れたのですか?」


 「かあさまとは、もうずっと前に別れを済ませた。それに、私がここに来るのは、もっとずっと先にって約束してた。こんなに早く私が来ちゃったんだから、本当にお前がかあさまなら、絶対に怒る筈。『待っていた』なんて、言う訳が、無い」



 この世界に来て、ずっとあった違和感。


 まず、守護霊達が側に居ない事。


 最初は自分一人であの世に来てしまったのかと思ったが、通常、死した魂は、指導霊や守護霊の手によって、彼岸へと導かれるのだという。

 それならば、祈の側に誰もいないのはおかしい。特殊な話になるが、祀梨の魂が昇天する光の先に指導霊が待っていたのを、祈は見ていた。


 次に、彼岸に祈以外の存在が無かった点。


 あの世の風景は、それぞれの生きてきた慣習の概念によって見え方が変わるのだが、基本は同じ世界である。他の存在がいなくてはおかしい。とくに賽の河原は、幽界に旅立つ事の許されない魂達の、嘆きの声が響く場所なのだ。そして、邪魔をする鬼までも居ないとか。それらの存在が無いのは絶対におかしい。


 そして極めつけが、すでに旅だった筈の母祀梨が、祈の目の前に現れた事だ。


 本当に母の魂であれば、向こう岸にいるか、もしくは大河の目の前で佇んでいなくては、話が合わない。何故、ついさっき彼岸に到達した筈の、()()()()()()()()()のだ?


 「……ふっ。たかが小娘と侮っていたが、多少は現実を見る頭はあった様だな……」


 祀梨の顔が醜く歪み、名状し難い表情を浮かべた。それを見た祈の怒りは、更に膨らんだ。母の思い出を穢された様なものだからだ。


 「お前の頭が悪いんだよ。人を騙すつもりなら、もう少し細部に力を入れな。手を抜くから、こうしてボロが出る。私は優しいからこの程度だけど、ウチの家族だと、もっと口汚くダメ出しされちゃうよ?」


 左半身に構える。ここはマナがあまりに希薄で、ほぼ存在しない。戦う手段は、無手による格闘術か、陰陽呪か……手持ちに式紙が無いので、召喚は弱い者しか喚び出せないし、呪符も手元に無いので、強力な(しゅ)も無理だ。祈の戦力はガタ落ちである。


 「良い感じに貴様の魂が弱っておったから、このまま喰ろうて、身体を乗っ取ってやろうと思うておったのだが……折角、記憶の中の母を思い起こしてやって幸せの内に消してやろうと、向いておらぬ仏心を出したのが失敗じゃったな」


 蛇の様な二つに割れた長い舌をチロチロと出し、これ以上無い位に口を歪めて、かつて祀梨の姿をしていた異形が嗤う。


 その姿は内から大きく膨れあがり、異形は、祈が喚べる最大の式、四海竜王をも遙かに凌ぐ巨大な竜の姿を象った。


 「くくくく……お前の内に棲む竜は、この通り邪悪の塊ぞ。憎き駆流の裔よ、我は何故、お前の身体を作り替えたか、解るかえ?」


 祈との間合いを計る様に旋回しながら、邪悪を名乗る竜がとぐろを巻く。


 「お前の身体が、あまりにも脆弱で貧弱だからよ。(いず)れ我の器になる身体じゃ。我の能力を振るうに相応しい器にせねば、のぉ?」


 「お前……もしかして、証の太刀なの?」


 身体の中に潜む……その邪竜の言葉に、祈が思い当たるのは、これしか無い。太刀には意思がある。そう俊明は言っていたが。もうこれは極めつけであろう。いつか後悔させてやるっ! そう宣言してみせた相手がコレなのだ。それを思い出すだけで、祈の後悔は割と大きかった。無手では相手が悪すぎる。


 「何ともまぁ、今更な質問よな。自身の尾を検めて見てみよ。その先はどうなっておるかえ?」


 祈は言われるがまま、尻尾の先を目線近くに向けてみた。確かに先端にあるべき透明な鱗刃が無い。ということは……邪竜の答えは、是ということだ。


 「お前の家で我がどう呼ばれておるのかは、存じておるぞ。まぁ好きに呼ぶが良いじゃろ。どうせこの身に、名など無いのじゃ」


 邪竜は真っ赤な瞳を祈に向ける。その強烈な殺意により、祈の前身が総毛立った。


 「さて。ではここからは、言の葉ではなく、殺意にて交わろうぞ」


 「っく。絶対に、負けないっ!」


 初代駆流の手によって行われた竜殺し。その再現を、裔の娘が今この場で行う事になってしまった。


 ここは彼岸ではないのは解った。ならば、何処なのだ?


 それには、まず目の前の邪竜を倒してからだ。それまでは余計な事を考えない様にしよう。


 あいつは、かあさまを穢した。それだけで万回殺すのに充分過ぎる程に値する罪だ。絶対にこの手で断罪せねばならない。



 「やってやっかんね。竜殺しっ!」



誤字脱字あったらごめんなさい。

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