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第49話 使い魔・式




 「……起きろ。おい、起きろ……」


 「んっだよ、うるせぇんだよっ!」


 安らかな眠りを邪魔された時に、人の怒りは瞬時に頂点へと達するだろう。一馬は常々そう思っていた。そして、今が正にその時だった。


 寝ている間に、ペシペシと何度も何度も額を叩かれれば、無意識の内にでも反撃するものだ。だが、その反撃は痛烈なカウンターによって、無理矢理一馬の意識を覚醒させたのだ。


 殴りかかった手の勢いをそのままに、正体不明の人の安眠を妨害してきた不届き者に投げ飛ばされたのだ。


 背中をしたたかに打ち付けられた一馬は、体内の呼気全てを強制的に吐き出させられ、その苦しさとあまりの痛みに悶絶した。


 「起きたか? よし、起きたな」


 「てめぇ、人の安眠を邪魔しやがって……何モンだ?」


 一馬に宛がわれた部屋は、暗闇に支配されていた。まだ真夜中であろう。恐らくは目の前にその不届き者が佇んでいるのであろう。気配だけは一馬にも伝わってきた。


 暗闇の中で、正体不明の不届き者が指をパチンと鳴らすと、部屋に灯りが点った。姿を現した不届き者は、大きさは大人の膝丈くらいであろうか? 三頭身の小人であった。


 (何だこの胡散臭い小人は……白の狩衣に烏帽子なぞを……役人みたいに偉そうにふんぞり返りやがって。あやかしの類いか何かか? それが何故に俺の前に)


 一馬はこの様な胡散臭い出で立ちをした物の怪を、はじめて目にした。魔術を修めんとする人生において、精霊、妖怪の類いは、それなりに目にした事はあるが、この様な人型……一応、人型だよな? ……の物の怪は、あまりお目にかかった事はない。


 「気にするな。と言っても、納得は絶対にしないよな? 俺は祈の護衛の一人……お前風に言えば、”馬の骨”の使い魔だ」


 胡散臭い小人は、自身を姫様付きの”馬の骨”の使い魔だと名乗った。この様に、他人と会話を成立させる程に高い知能を有する使い魔の作成方法を、一馬は知らない。だが、あの大女の同僚だ。住む世界そのものが違うのであろう。無理矢理自身をそう納得させる事にした。


 「おひい様付きの護衛が、こんな夜更けに何の用だ? お前等程の手練れには、俺なぞ相手にする価値などないだろうに」


 この一馬の言葉は、半分当てつけ、八つ当たりではあったが、この様な夜更けに、いきなり人を叩き起こしてまでする用事なぞ考えられなかったのは確かである。

 闘技場にて名簿の上では一緒に戦った仲とは言えるのだが、そもそもそれ以上の接点が無いのだ。


 「それが大ありだから、お前には悪かったが無理矢理起こしたのさ。火急の話だ。ついさっき祈が望を追いかけて、この宿から出てしまった。ほぼ何も準備をせずに、だ。訳あって俺達は手が出せない。だから、お前にお願いしたい」


 「はぁ? おひい様が飛び出したって、それは本当の事かっ?!」


 確かに、就寝前の姫は色々と物騒な事を口走ってはいた。だが、それはあくまで戯れなのだと、一馬は侮っていたのだ。まさか、本当に行動に移すとは……

 尾噛の姫様とは、とんでもないお転婆さんだったのかと今更ながら思い知らされた。


 「お前に嘘なんかついても、俺には何の得にもなんねぇよ。祈は、まともな準備もせずに出て行った。お前には、祈の分も含めた旅の支度をして追いかけて欲しい。道案内は俺がする」


 「……確かにな。判った、急ぎ支度をしよう。少し時間をくれ」


 一馬はすぐに支度に取りかかった。その結果、家人の何名かが、一馬の時同様に叩き起こされて、その犠牲になったのだが。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 執務室でそろばんを弾きながら、翔は頭を悩ませていた。


 牛田の家が尾噛領に侵攻した。これは帝国に対して、明確な反意を示したと見て間違いない。


 今までは牛頭の手によって、強引に揉み消されていたのだが、物見の報によれば、嫌がらせと言うにはあまりに卑劣な数々の乱暴狼藉を、牛田は尾噛に対して続けていたのだという。


 「垰クンも、何て言うか。忍耐力あり過ぎでしょ……どこまでも牛頭なんかに譲歩するから、ここまで舐められたんだよ、絶対……」


 望は正式に家督を継ぐ事を了承され、晴れて帝の臣と認められた。

 なのに、その尾噛に攻め入ったとなれば、牛田は帝国に対して弓を引いたも同然である。帝国の名において、牛田を成敗せねばならない。


 「……問題は、兵力もだけど、お金なんだよねぇ……」


 つい先日まで、帝国は蛮族の侵攻を受けていたのだ。そこに宛がわれた莫大な戦費が、帝国の財政を逼迫させている。していたのだ。


 船を新造したり、漁師達から強引に接収したり。兎に角、牛頭豪によって強引に推し進められた無茶な作戦の代償は、とても大きなモノとして、帝国の財布を直撃したのだ。


 「豪クンさぁ……本当に、どこまでも、ついて回る。トンだ疫病神だったよ、君は」


 両手で顔を覆い、深い深い溜息を、翔はついた。


 まだ尾噛が兵を挙げるのには、三、四日の時が必要であろう。それまでに、こちらも準備を進めねばならない。

 少なくとも、帝国が()()()()()()()()()()という動きを示さねば、牛田だけではない、他の領主達の手綱にも影響が出て来るだろう。それは帝国の(まつりごと)を取り仕切る翔にとって、最悪の筋道となる。


 帝国が討伐の動きを見せたと噂を流すだけで、上手くすれば事態が収拾できる可能性もある。あの家は今、継承問題で大きく揺れているからだ。


 「お金が無いのは、もう仕方ないと開き直るしかないか。でも、打てる手は徹底的に打っておこう。言うだけなら、タダだしねぇ……」


 ”草”ひとり放つのにも、それなりに経費はかかる。だが、それでも軍を動かすより遙かに安上がりなのだ。軍を動かすには、チョイと資金(こづかい)が足りない。ならば安い手を、いっぱい打てば良い。きっとどれかが当たる筈だ。


 「邪魔するぞ」


 打てるだけの手管を用意して休憩していた翔の耳元に、その声が届いた。


 この部屋は、人払いをしていた筈。いきなりの闖入者の声に、翔は飛び跳ね身構えた。


 身構えた天翼人の男の目の前に居たのは、大きさは大人の膝丈くらいであろうか? 三頭身の小人であった……



 「……そんな訳で、手を貸して欲しい。見返りは、この術に関する全てだ」


 目の前で起こる出来事に、翔は未だ物の怪の類いに化かされているのかと信じられない思いでいっぱいであった。他人と交渉ができる程の知能を備えた使い魔など、200年以上生きてきたこの身でも初耳であったからだ。

 だが冷静になって考えてみれば、この術の有用性は、この通り計り知れない。是非に帝国のものにしたい。というより、独占してしまいたい。


 使い魔の要求の大半が、すでに翔が手を回した策とほぼ合致していた。翔はすぐに頷く。


 「だが、人足に関しては、すぐに答えが出せないなぁ。君はどんなのが欲しいんだい?」


 「そうだな。あの時の闘技場の、牛頭の先鋒、次鋒と戦える程度で構わない。どちらかというと、隠密行動が取れるかどうかの方が重要だ」


 使い魔は、額をぺちぺちと叩きながら答える。烏帽子が少しズレるが、気にしていない様だ。


 「それ、結構厳しい要求だからね? あの術士達と戦えて、更に”草”と同等となると……二人だけ、心当たりがあるんだけど、それでも良いかい?」


 「本音を言えば、あと二人は欲しい所だが。ま、実力の無い奴が混じる方が危険か。仕方ない、それで良いだろう」


 使い魔の了承に、翔は手を叩いて喜んだ。


 「よし、じゃあ二人を呼ぶね。それで、落ち合う場所は何処に?」


 「ああ、尾噛が借りている宿横の馬小屋で頼む。そこに()()()()()()が居る。それが目印になるだろう」


 この使い魔一つだけでもかなりの脅威と言えるのに、同時に複数使役ができるのか。翔は内心舌を巻いていた。


 「馬小屋に居るもう一人の俺とは、現在意識を同期させている。だから説明は不要だ。だが、俺たちは本体と繋がっていない。現地に着いたら、説明をしてやってくれと、確実に伝えて欲しい」


 「了解したよ。ちゃんと伝えておくよ」


 翔は使い魔との契約を全て履行すべく、部下を呼び指示を出した。この程度の労力で、今までに無い脅威の術が手に入るのだ。こんなお買い得な話はない。


 使い魔の姿は消え、そこには、複雑な文字がびっしりと描かれた、一枚の人型に切り取られた紙切れと、薄い本が残った。


 本を取り上げぺらぺらとめくる。書いてある文字をある程度は、翔でも読めた。どうやら中央大陸の共通語から細かく変遷を辿った文字の様だ。だが、この様な魔術の存在を、長く生きてきた筈の翔は全く知らなかった。



「しかし、新たな尾噛は凄いねぇ。ここ最近、ボクは驚かされてばかりだよ……光クン、こんなの本当に……制御できると思うのかい?」


 御所の奥にいる親友の顔を思い浮かべ、翔はひとりごちる。突出し過ぎた力は、()()()のだ。


 強くあるのは良い。だが強すぎるのはダメだ。制御できる程度でなくては困る。支配者は、常にそんなジレンマが付きまとう。



 「場合によっては……も、考えた方が良いかもね……本当に僕は望クンとは仲良くなれそうにないなぁ。ごめんよ垰クン」



 今は亡き戦友(とも)に語りかけた翔の顔は、能面の様に全くの無表情。そこには何の感情も籠もっていなかった。



誤字脱字あったらごめんなさい。

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