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第47話 断末魔


 「さて。こんなモンか」


 「ですな。纏めてではあるが、そこはご容赦して頂きたいものでござる……」


 「じゃ、土をかけてくわよー?」


 祈が犠牲者の魂を慰め鎮めている間に、守護霊達はその亡骸を集め、埋葬の準備をしていた。


 すでに守護霊達は娘の異能の力を受けずとも、ある程度は現世に介入できる術を身につけていた。これもその一端である。


 「まぁ、これ位なら目くじら立てて怒られる事もないだろ。こんな事が贖罪にもなりはしないが……」


 守護霊達は殺しすぎた。いくらこの世界の神より事前に許しを得ているとはいえ、すでに三人の両手両足の指では足りない数の殺しを行っている。その大半が、呪詛返しによる副産物ではあるのだが。


 「この世界の念仏は、拙者は判らぬ。祈りの言葉はしてやれぬが……許せ」


 「こういうのは気持ちなのよ、気持ち。形式ではないの」


 こんな事でしか、世界に返せない自分達の不甲斐なさを改めて痛感する。


 『自分達は殺すことしかできない』


 元々、それに特化した魂なのだから、当然の事であるのだが。


 だけど。

 だから。

 せめて……


 「みんな、お待たせ。お墓作ってくれてありがとうね。私も手伝えたら良かったんだけど……」


 この娘だけは、闇に堕とす事無く、何としてでも護りきらねば。


 魂を癒し、昏き闇を打ち払う異能を持つ、無垢なる魂を護りきらねば。


 そんな娘の屈託の無い笑顔を見て、守護霊達は、あの世界の天界にて起てた誓いを改めて胸に刻むのであった。



 ◇◆◇



 「でも、ごめん。さすがに疲れちゃった……」


 珍しく祈自ら、休憩をしたいと口にした。それも当然であろう。鎮魂の儀式を何の準備もしないまま、その場で行ったのだから。


 ただでさえ強行軍で、わずか一日でここまで踏破してきたのだ。体力の消耗も激しいものであったのに、此処に来て更に祈の霊力は、かなり削られてしまっていたのだ。


 「ここ、もう尾噛の地だったんだね……」


 火をおこし、白湯を口にしながら祈は呟いた。


 救いを求めてきた魂達は、癒やし手である祈に色々な事を伝えてきた。


 大勢の兵隊が押しかけてきたと思ったら、一斉に略奪を始めたという。抵抗した男達は即座に殺された。女は年齢問わず犯され、その後殺された。子供は両手を縛られ皆連れ去られた。冬の為に蓄えられていた食料や、春の為に用意された種籾も全て奪われ火を放たれたのだと。


 「やってる事は完全に野盗だな。()()()()()貴族だってんだから、この国は終わってやがんな」


 「マグナリア殿の世界でも、こんな輩がおりましたな。真っ先に魔族に寝返ってそのまま……」


 「やめて。思い出させないで」


 そこから先は嫌な記憶なのか、マグナリアは短く答えたのみである。


 「あの集落の子達、牛田の民だったんだろうね……」


 白湯をもう一度含み、祈はぽつりと声を出す。

 守護霊達に諫められはしたが、祈は懐にあった携行食を投げて渡すつもりであったのだ。今思えば、やらなくて正解だったのかも知れない。

 でも、あの子達は常日頃から飢えていたのだと思うだけで、祈はやるせない気持ちで一杯になる。この身は、領主の娘なのだ。飢えとは無縁の生活を送っているのだから。


 「だろうな。だけど俺には、あんなになるまで民から絞り取る理由がわからん。そして、他の領に侵入してまで略奪をしなければならない理由もわからん」


 「ただ単に贅沢三昧したいだけじゃないの? 民衆を虐げる権力者なんてみんなそんなものよ……」


 「しかしここまでの悪行狼藉、さすがに帝国も黙っておらぬ事くらい判ろうものでござるが? 一体何が理由で、そこまで駆り立てたのやら……」


 無精髭を撫で付けながら、侍は一番の疑問を突く。ここまで悪行を働いて得た利益より、その後に罪を問われる不利益の方が遙かに勝る筈なのだ……普通であれば。


 「まぁこの国は、どうも色々とおかしいからなぁ。俺達じゃわからん」


 「それより、これからどうするの? このまま真っ直ぐ街道を進んだら、味方に合流する前に、先に敵の軍隊とコンニチワよ?」


 考えたくなかった痛いところを、鬼の女が突く。俊明は「あいたー」と言いながら額をピシャっと叩いた。


 「それな。望はどうやら別の道を行ったっぽいし、このまま先を急ぐのは色々不味い。単身で敵軍とご対面。なんて、正直ゾっとするわ」


 「少し脇道にそれてから、一気に通り抜けちゃうのはどうかな?」


 「それはやめた方がよろしいかと。多少脇道に逸れた所で、向かう方向が同じであるならば、いずれ発見されるでござろう。なれば、まだ敵軍の動きがそれと判る位置にまで近づき、常につかず離れずでいる方がよっぽど安全であると、拙者は考えまするが」


 「だが、それだと今日みたいな事を、幾度となく経験しなきゃならないぞ? 流石に現場に出くわしたら、俺も黙っちゃいられそうにないんだが」


 俊明も、祈同様にこの村の人々の最期の瞬間を何度も味わった。敵の兵士の醜く歪んだ笑い顔が、今でも頭から離れない。出来ることならば、今すぐにでも全員を殺してやりたいと思うのだ。


 「何だかんだで、貴方もまだまだ熱いわね。あたしはもうそんな感情、半分忘れちゃったわ」


 「うるせぇや。お前だって、あの(なにがし)クンのお見舞いに行ったり、魔導書渡してたりしただろうが。俺達の間で、隠し事なんかできねぇぞ」


 「あら。もしかしてやきもち? そう、妬いてくれるんだ?」


 「違うってのっ!」


 ぎゃいぎゃいとじゃれつく守護霊達を横目に、武蔵は祈に休むように促す。


 「ささ、然らばここは一眠りするに限るでござるよ。拙者達が火の番を引き受けましょう」


 「うん。ありがと、さっしー…」


 瞼だけでなく、身体全体が重い。気を張っていたから、今まで耐えられたのだろう。祈は意識を失う様に深い眠りについた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 日の出と共に、祈は瞼を開いた。やはり野宿というのは、身体の回復はあまり望めそうにない。重い頭を掌で何度も叩き、無理矢理に覚醒を促す。


 井戸水を汲み、顔を洗う。冷たい水のお陰で、漸く意識がはっきりとしてきたが、身体の節々の痛みに関しては、多少曲げ伸ばしをしたところでどうにもならない。そこは諦めて、まだ残る火でお湯を沸かし、携行食として持参した麩菓子を囓った。


 「しかし、そんなのだけじゃ身体が保たねぇだろ。何か探した方がよくね?」


 「とは申すが、この先におるのが、平然と略奪をやらかす無頼共でござる。草の根すら残っておらぬのでは?」


 「食べられる野草なら、あたしが調達できるわよ。ただ、調味料が……ねぇ?」


 食材は現地調達できるが、一番重要な物が無いという。

 一度試してみると良い。ただ茹でただけの野草を。本当に咀嚼し、嚥下するのも拷問に近いと思える程に辛いのだ。


 「そこは我慢して貰うしか無いな。祈、それで良いか?」


 「私がやるよ。こういう時の知識は欲しかったかんね。いつか一人で旅をしたいって、ずっと思ってたんだ」


 「そっか。その時は俺達も一緒だな。それは楽しそうだ」


 「でしょ? 他の国にも行きたいよね。海を渡って中央大陸へ、とかさ。どうかな-?」


 「それは良ぉござる。異国の地を歩く興奮は、とても言い表せないでござるよ」


 「異国の服を着るのもなかなかよ。その時のコーディネートは任せてね☆」


 今を見つめる事が辛いからなのか。まだ空想にもなっていない未来の事に、つい思いを馳せるのは……だが、この時の祈達は、本当に楽しそうであった。



 祈達の旅は当初の目的とは食い違ってきている。急ぐ旅であるのは間違い無いのだが、急ぎすぎると、敵の軍との望まない邂逅となる。その加減が難しかった。


 そうして先を進めば、先ほどと同様に、敵によって略奪し尽くされ滅ぼされた集落に当たる。こんな事がその日の内に2度あった。


 埋葬はすでに作業と化していた。霊力が削れ、体力が削れ……そして、心が削れた。


 祈の顔から表情が失われ、瞳には光が失われつつあった。だが、守護霊達は何も言えなかった。これすら祈が望んだ事の”結末”であるからだ。


 そうして、夜半にさしかかったところで、ついに祈達は敵軍に追いついてしまった。彼らの野営地を発見したのだ。


 「あいつら完全に油断してやがんな。見張りの数が少なすぎる」


 「敵地のまっただ中であるのに、これでは話にならん。まぁ、今まで抵抗らしい抵抗にあってないという証拠にござろう。思い上がってござる」


 「でも、これ以上先には進めないわ。いくら戦を舐めているとはいえ、あれは”軍隊”よ。発見されると面倒ね」


 「大丈夫だよ。ここであの人達には出て行って貰うから」


 何の感情も籠もっていない。ただ平坦な声のまま、祈は宣言した。ここから出て行って貰うのだと。


 「え? おい、祈。まさか……」


 その意味を察したのか、俊明は祈の真意を問う。


 「ここで大半の戦力を失えば、あんな卑怯な奴ら、すぐ逃げ帰るよ。少しは尾噛の地で()()()を見て貰わなきゃ、わたしたちは、いつまでも舐められる。あんな光景は……もう沢山だっ!」


 祈は両手を広げ、周囲のマナを一気に吸い上げた。


 「其は地獄の焔。全ての命を焼き尽くす、殲滅の炎。我が望むは全ての静寂なり……」


 「いけない。その呪文はダメよ、祈っ!」


 今から祈の実行しうとする魔術を理解したマグナリアも、同じ様にマナを急速に吸い上げる。祈が詠唱を完了させる前に、魔術の発動に必要なマナを充分に与えない為にだ。


 「やばっ。祈、それは不味い! もしそれを発動してしまったら、お前の心が壊れるぞっ!」


 素早く印を結び、娘の周囲をあらん限りの結界で覆う。断末魔の力は、問答無用で貫通してくるのだが、それでもやらないよりはマシだ。


 マグナリアは間に合わなかった。

 だが、術の影響範囲を半分近くに抑え込む事には成功した。それが逆に、牛田の軍の人間達はそれと気付く前に死ねる人間が減った不幸が襲う結果となってしまったのだが。


 そして、それが祈にも不幸をもたらした。地獄の焔に焼かれて藻掻き苦しむ断末魔の数が、数え切れない程膨大に膨れ上がってしまったのだ。



 あつい。あついよ……


 燃えている。俺の身体が燃えているっ。いやだ。たすけて……


 死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……


 ぎゃああああああああああああああああああああっ



 自身の手によって引き起こした”結末”がこれだ。


 牛田軍の断末魔が俊明の結界を悉くすり抜け、娘の異能により、それらが増幅され、娘の心に全て叩き付けられた。



 疲弊しきった祈の心は、その膨大な負荷には耐えられなかった様だ。



 断末魔の苦痛に引き摺られる様に、祈はその場で意識を手放した。




誤字脱字があったらごめんなさい。

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