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第42話 終止符




 「もう終わりだもう終わりだもう終わりだもう終わりだもう終わりだもう終わりだもう終わりだ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ…」


 自陣に戻った船斗(せんと)が最初に見たものは、陣の隅で頭を抱え肥え太った醜き身体を丸めて、蹲って怯える自身が長く仕えてきた主の姿であった。


 先の副将戦にて尾噛の姫が見せた竜王召喚の衝撃は、会場全体に”尾噛”という、英雄の血に対する畏れを決定的なものにしてしまった様だ。牛頭の主のあまりの怯え様は、義の心篤き船斗ですら些か興を削がれる程に、酷く哀れで滑稽に映ったのである。


 尾噛の姫が見せた異能があまりにも特異で、また現実離れし過ぎていた為に、何を成しても勝てないと悟ってしまったのだ。そして、その兄はどの様な異能を持つのか、また、どれほどの化生であるのか。牛頭の主の心が恐怖によって千々に乱れるのも、仕方の無い事であろう。


(確かに、姫があれであるならば、その兄はどうであろうか? 我が主の怯える様も納得はできる。だが……)


 負けた事を激しく叱責され、陣をすぐ出てしまった中堅のあの男は、この結末をどう思う事であろうか?

 選んだ道が異なった友人を想う。我が主が次の試合に、もし勝ち残れたとしても、彼も私もここで失職するだろう。その後の身の振り方を考えねばならぬ。


(いや、少々虫が良すぎるか……)


 つい何とは無しに、船斗は尾噛の姫の側で立っている自身の姿を想像していた。職を追われるだろう事はほぼ決定しているとはいえ、今しがたまで敵対してみせた家に仕えるなどとは……我ながら勝手が過ぎよう。船斗は頭を振り、自身に都合の良すぎる妄想を断ち切った。


 蓄えはそれなりにある。少しくらいは、世間のしがらみに振り回される事のない自由な生活という選択肢も悪くはないだろう。


 いよいよその蓄えに底が見え始めた時にも、この妄想と共に胸に燻る何かが残っていたならば……その時は、かの家の門を叩くとしよう。


 船斗は、片隅で震えたままの主を見放し、陣をあとにした。




 進行途中から規定が変わってしまい、先に三勝を挙げた方が勝つ筈であったのだが、牛頭の副将である船斗が降参をしてしまった為に、現在、牛頭側の一勝二敗である。

 次の大将戦で牛頭が勝てたとして、試合は二勝二敗の引き分け(ドローゲーム)なのだ。どこで決着……折り合いを付けるのであろうか? 観客に居る者には、誰も想像がつかなかった。


 次は可能性だけが仄めかされていた、両家の当主達による決戦である。まずあり得ない貴族同士の、しかもその当主達による直接対決なのだ。観客達は空想上の対戦にならなかった幸運に感謝した。


 「でもよ。牛頭って、強えのか?」


 「どうだろう? 家は何かスゲーって、よく聞くけどよ。あのお人が強かったって話、そういや聞いた事ねぇな……」


 「だよなぁ? そんなお人が、()()尾噛とタイマンなんて、できると思うか?」


 「やってみねぇとわかんねーだろ? でも、さっきのちゃっこいお姫様、あんなバカでけぇ竜とか呼んじゃってたしなぁ。おらぁ肝が冷えたよ」


 「だなぁ。実は俺、ちょっけだけしかぶったっとよ」


 「きったねぇなぁ……」



 そんな観客達の雑談が、尾噛の陣地にも漏れ聞こえてきた。


 「……着替える事を、拙者お勧めしますぞ」


 「そこは聞こえないふりしといてやれよ、武蔵さん」


 「兄様、頑張って。あんな牛親父なんか、やっつけっちゃえ!」


 「鳳様の手に乗ってしまうのは癪ではあるけれど、あいつが父上の仇というのが事実であるならば、僕は牛頭を斬らねばならない。今後も僕が、尾噛であるためには」


 望は証の太刀を、その手に喚んだ。自身の血肉を分け与え創り出した新生尾噛の守り神を握りしめ、望は己が仇の名を、その心と刃に刻んだ。


 「望殿、あいや暫く。暫くにござる」


 砂地に足を降ろした望を、剣聖が引き止めた。己が鍛えた剣術のみを頼りとした戦いに今臨まんとする望には、これ以上の助言を望める人物なぞはいないであろう。


 「望殿、気負うこと無からず、その太刀と、ご自身の力を信じてやってくだされ。拙者、そんなに長い刻を望殿と過ごしてはおりませぬが、その身体遣いを見るだけで、大凡の事は言えまする。ただ、信じて振りかぶり、振り下ろすだけで、全てが事足りるでござろう。余計な小細工は一切必要ござらん。ただ真っ直ぐに、戦場を駆けよ。それだけにござる」


 そうだ。気負う必要など無い。僕が今まで行ってきた事、これから望む事、そして、成す事……その全てが、自分の積み重ねの賜物なのだ。それならば自信はある。誰にも負ける筈など無い。


 『故に、お前に尾噛の全てを託す。尾噛に連なる者、尾噛に在る物全てを用い、何を望むのも、何を成すのも自由だ。何度でも言う。お前が尾噛だ』


 父の言葉を思い出す。尾噛の名は生まれてからの目標であり、結果であり、始まりであった。そしてこれからも、この重圧と戦ってみせよう。だが、名に縛られている訳ではない。自分が望む事だからだ。


 「武蔵どの、ありがとうごいます。いって参ります」


 「存分に、その力帝国(くに)見せつけてやりなされ」


 抜き身の太刀をその手にし、望は闘技場へ歩を進めた。ここでつまらない茶番は終わらせよう。その後の事は、今は良い。まずは、牛頭豪という醜き者を、斬り捨てるのみだ。



 「これより大将戦を行う! 両家の大将、前へ出ませいっ!!」


 「はっ」


 審判の呼びかけに、望はすぐさま応えた。だが、その後に続かねばならない牛頭の声は一向に上がる事が無かった。


 「牛頭側の大将。まだかっ?!」



 「ほら。豪クン、呼ばれてるよー?」


 「せからしかっ! 我は出ぬ。絶対に出ぬぞっ!」


 頬と腹の肉を連動させながら、がたがたぷるぷると器用にその身を震わせ、牛頭は鳳に怒声で応えた。


 「ダメだよ。もうこれは決定事項。このまま駄々こね続けるんだったら、兵士の皆さん呼んで、無理矢理にでも引っ張るよ?」


 聞き分けの無い子供に相対する様に、翔はゆっくりと諭す様に言葉を投げかけた。


 「ほら、折角のご自慢のコレクションを皆に見て貰う良い機会じゃないか? その大きな盾ならば、きっとあの尾噛にも一泡吹かせられると思うよ? 何せ、帝国の建国記にも記された伝説の盾だ……ていうか、なんで君がソレ持ってるんだい?」


 本来なら帝国宝物殿の奥深くに、厳重に封印されている盾のはずである。それほどまでに強力な神代の魔術が込められた伝説の逸品なのだ。それが何故、豪のコレクションに連なっているのか……立場上、色々言及せねばならぬのだが、今はその時ではない。翔の今やるべき仕事は、豪を闘技場の真ん中まで引っ張り出す事なのだ。


 「……本当か? この盾ならば、あのバケモノの攻撃を止められると思うか?」


 「……ボクは帝国の人間だよ? それを否定するなんて事、出来る訳無いの判ってるでしょ。その盾を否定するってことは、帝国のそのものを、否定することに等しいんだからさぁ」


 建国の父祖が、全能の神より賜ったのが、この盾の謂われである。その力を疑う事は、帝国の人間には出来よう筈なぞ無いのだ。


 太陽の力を固めて作られたとされる、帝国の象徴。その名は太陽の盾。あらゆる攻撃を全て受け止め、太陽の炎によって、悉く敵を焼き尽くしたとされる伝説の盾なのだ。


 「よ、よし。この盾で、まずはあの孺子を焼き尽くしてやる。その後は、お前も覚悟するのだな。我は自由を得るその日まで、抗ってやるからな」


 「はいはい。覚えておくよー。まずは試合、頑張ってね」


 ……そこがお前の墓場だがな。翔は豪にも聞こえない小さな声で呟いた。



 「牛頭が大将、ここに」


 豪が闘技場に姿を現したのは、最初の点呼からしばらく経ってからの事であった。


 まだかまだかと待ち焦がれ、痺れをきらした観客達は、ようやくお出ましの豪に向け、あらん限りの罵声の雨を降らせた。


 「私めはてっきり臆病風に吹かれて、逃げ出したんだとばかり思っておりましたよ。こうして相対するのも、これでもう最期にしたいものですが」


 「ふん。囀るな孺子が。貴様は我が力で、この世から消し去ってくれるわ」


 豪のでっぷりとした身体を覆う全身鎧も伝説の逸品であり、右手に掲げる剣も、伝説の剣である。牛頭の権力(ちから)全てを持って揃えたのだから、それは即ち”我が力”なのである。牛頭豪とは、そういう男なのだ。



 「最終戦である。両者、勝利条件追加の提示はあるか?」


 「ありません。むしろこの試合の決着は、どちらかの死に限るべきかと、私は思いますが?」


 望は、豪の顔を見るのにも飽いていて、心底うんざりしていた。ここで二度と逢う事の無い様にしてしまいたい。その一心のみの提案である。


 「ほう。孺子如きが、どこまでも吠えるか。良い。では、どちらか死ぬまで()ろうではないかっ!」


 伝説の武具に身を固めた事で、自信が伝説と化した錯覚に陥っているのか…豪はどこまでも強気だ。だが、豪はとてつもなく大きな勘違いしていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そして、後に伝説の武器になるであろう刀を、目の前に立つ尾噛がそれを手にしていた事を、豪は自信の命を亡くした時、それ思い知るだろう……



 「大将戦。いざ、尋常に勝負っ!」



 両者は開始の距離をやや開けていた。剣士同士の試合では、異例と言っても良いほどの間合いである。


 豪は大盾を前面に押し出す様に構え、対する望は太刀を大上段に構え、その動きをピタリと留めた。


 「つぇりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 僅かな静寂の時を破ったのは、望であった。裂帛の気合いを込め、ただ真っ直ぐに豪に向けて駆けだす。遠目からの観客ですら、そのあまりの速度に一瞬見失いかけた程だ。


 (きたっ。まず受け止める。その後、盾の神通力でその身、焼き尽くしてくれようぞっ!)


 伝説の大盾の防御力に絶対の自信を置く豪は、尾噛の姿なぞ見てはいない。見る必要も無い。ただ剣戟を受け止めているその間に、盾の神通力で焼けば良い。そう考えていた。


 伝説の大盾は、膨大な魔力の壁によって最強とも言える防御力を誇っていた。だが、これが豪にとって最大の誤算となる。


 望が手にしている新生証の太刀は、異界の素材”聖晶石”が主な材料だ。この聖晶石という素材は、”対魔力特化”の盾や”魔力増強”杖の触媒が主な用途である。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 「づぇぇぇぇぇぇぇぇいっ、りゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 望は、ただ全身を使い、証の太刀を振り下ろした。



 それで終わりだった。



 「勝者、尾噛!」



 牛頭豪は、伝説の盾と伝説の鎧ごと、その身を一刀の下、真っ二つに斬り捨てられた。自身に何が起こったのか、その一切に気付かぬままに。







誤字脱字あったらごめんなさい。

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