第408話 拾いたい半神と捨て置きたい半神たち。
「……と、云う訳なの」
「……祈。本当にアンタちゅう人は……」
次の”船番”を琥珀と交代して。一路、倉敷へと帰還した祈は。
海賊の襲撃から、その顛末の全てを。鳳 蒼、楊 美龍、千寿 翠の三人に話して聞かせ、自身の考えも合わせて語った。
その後三人は、特に反応を示すこともなく。ただ、長き沈黙の時間だけが流れて。
祈はその間、自身の考えが間違っていたのかと不安感に苛まれ続けた。
「……主上。ひとつよろしいでしょうか?」
「うん? 何かな?」
場の空気はしっかり読める癖に。忖度、その一切は絶対にしない翠が口火を開いてみせた。
「海賊稼業に身を窶した輩を。主上は何故、その身を危険に晒してまでそんな彼らをお救いになろう、などと。此の場に於いて、不敬を承知であえて申し上げさせて戴きますが。貴女さまは、傲慢が過ぎるかと」
呆れる様に言われた従者の言葉に。もう百年以上も前、美龍から云われたひとことを祈は思い出してしまった。
『主さまは優しすぎるネー。助けられる人は助けても良いケド、みんなは無理ネ。みんな助けようとしテ、自分が溺れたラただの白痴ヨ』
できる、できないを考える前に。つい動いてしまいそうになる。
これでも、何の権力も無かった子供の頃に比べれば。一旦立ち止まり考えられる様になっただけ、少しはマシになったのだ。そう思いたかったが。
「さっきの私ってばさ、そんなに皆の目には、傲慢に映って見えた、かなぁ?」
「流石に翠も言い過ぎやったとは思う。ばってん、アタシたちもそれに近か思いは、あんたに対して抱いとーったい。外国人のアタシたちやけで、何がでくると? ってさ」
「自力で現状を変える努力を怠り。その癖、飢えたからと。他者を傷付け貶めてまで自分たちだけが助かろうとするその生き汚き腐りきった性根。その様な者どもなぞ、元より我らが助けるに値しませぬ」
「良く調べもせズそこまで断じるノハ、流石に乱暴ヨー」
『簡単な話だ。無理に救おうなどと考えなくて良い。ただ、忘れてしまえ』
翠の言い分、それ自体は。
あの時、八尋 栄子が冷徹に下した決と、ほぼ変わりはしない。
その代わり。常日頃、外部の人間に対し冷淡な態度を崩そうとしない美龍が、珍しく祈側に着いたかに見えたが。
「……調べてみテ。翠の云う通り废物だっタラ。その時あらためテ見捨てレばヨロシ」
やはり、何処までも美龍は美龍だったらしい。
祈は、少しだけ自身の見通しの甘さに嫌気がさした。
「……そん役は。やっぱりアタシになるっちゃろうね?」
「こと、”草”の技術に関しては。この中では蒼さまが一番巧みでございます故……」
最初から最後まで。蒼にとって全然気が進まない話、だったと云うのに。
「そげん消去法で決められた”仕事”なんか。アタシやりとうなんかなかよ……」
「蒼ちゃん。頑張れ!」
────祈。アンタば、心底怨むぞ。
こうして、鳳蒼は。
日がな一日、船上でただじっとするだけの。退屈な時間を過ごさねばならぬ”船番”を免除して貰えたその変わりに。
「ああ、もう。全然、気が進まんなぁ……」
嫌々仕事をさせられる羽目となった。
◇ ◆ ◇
何故祈たちは、当番制を強いてまで”船番”を付けねばならなかったのか。
それは────
「<跳躍>の”目標”に指定した魔導具の座標が、固定されていないと。何故か上手くいかないもので……」
常に移動する船に設置した魔導具を使っての<跳躍>は。
「強引に<跳躍>した皆々さまが。 ※うみ の そこ に いる※ ……でも、全然構わない。そう仰って戴けるのでしたら。うちはそれでも構わない、のですけれど」
どうしても座標に大きくズレが生じてしまうのだ。
対して、祈たちの現在位置を目標に<跳躍>を行った場合は。
<五聖獣>の祝福を受けた6人は相互間で、何時でも容易に霊糸線の経路を繋げられるためか。
「……ほぼ誤差は無く、更には距離の制限も、現在のところ見受けられませぬ」
その為、安全と確実性の担保を採って。
常に洋上を移動し続ける<九尾>の座標の”目印役”を、持ち回りで行っているのだ。
「……おや、蒼さま。貴女さまの”当番”は、明後日ではありませんでしたか?」
役目の交代は。
”倉敷”時間で、暮六つ(大体17時過ぎ~19時半くらいの間)である。
罰ゲームにも等しき”携行食の不味さ”から少しでも逃れる為に。夕餉時をその時間にするという往生際の悪さを、皆が発揮したのだ。
「シっ! 闭嘴琥珀。此は、主さまカラの”極秘指令”なのヨー。我ら随从は。ただ、主人の意向に従うだけネ♡」
「……まぁ、琥珀。そげなことや。何も言わんでいてくれると、アタシも本当に助かるけん……」
何処か酷く疲れた様子の蒼を前に。
「────はぁ、蒼さまがそう仰るのでしたら。琥珀からは特に何も云うこともありませぬが」
何も知らぬ琥珀はただ、困惑を隠せなかった。
◇ ◆ ◇
夜の帳が降りつつある夕暮れの空を背景に。
人知れず<九尾>の主檣にひとり佇む蒼は、自身の背に在る白い翼を左右に大きく広げて。
「……まぁ、アタシに白刃の矢が立ったとは。結局これのせい、なんやろうなぁ……」
風を捕まえる様に、大きく拡げた純白の羽たちは。
ふわり。主人の身体を持ち上げ、そして音も無く飛翔した。
目指すは、賊に襲撃された海域の。その近くの陸地にだ。
「まぁ、今回”船番”ば免除されたばってん。結局あたしは”目印役”に過ぎんばい」
一応は備えて置くか、と。翠の手に依って強引に。
現地の言葉を、脳内に焼き付けされてしまったのだが。
「アレは本当に、痛かったけんなぁ。もう二度とごめんやわ」
人間の脳とは。最初からその容量が決まっているのだと蒼は過去に訊いた気がするのだが。
「アレは絶対に。強引に押し込んだんや。そうに決まっとー」
知らず口から出た悲鳴と共に沸き上がった、頭の奥底からの激しい痛みは。
中身の大きさが決まっているのに。無理矢理奥まで捻じ込まれた膨大な知識によって押し出されてしまった大事な何かが挙げた叫びなのだと、蒼にはどうしても思えてならないのだ。
だが、今後も。
西の国々へと向かっていけば。
「嫌でん、そん土地ん言葉ば、覚えていかないかんっちゃろうなぁ……」
元々座学を苦手とし、自身が習得を強く望んだ筈の呪術は。どうしても集中力が続かず、結局等閑のままとなっている蒼には。
通訳を介さねば、現地人と会話が成り立たない状況を想像し。
「そげん”無様”だけは。絶対に避けなダメ。だばってん……」
”草”の技術の特に”諜報”に関して。自身と違い勤勉過ぎる姉には、どうしても勝てる気がしなかった。
そんな双子の姉、空の顔を思い出し、蒼は。
「……もう、半身ば喪うてからの時間の方が、ずっと長かとに。なして、やろうか?」
同じ長寿の種であり、嘗ては双子だった彼女と、現在は姿があまりにも異なる。
その自覚を持って、蒼は。
『アタシは、取り残された』
その想いが、蒼の中で徐々に強くなっていたのだ。
「つまらん。気が進まん任務のせいで。どげんしてん他事ばっかり考えてまう……」
蒼は、自身の両頬を叩き、強く戒めた。
今は、与えられた任務に邁進すること。それが真の本職の矜持と云うものだろう。
「見てな、祈。アタシがしっかり見極めちゃるけん」
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