第407話 見捨てよ救うな
「上がってくンぞっ、備えろぉっ!」
「弓は使わんで良い。此奴ら如き雑魚には勿体無いわっ」
<九尾>の甲板上は、文字通り戦場と化していた。
だが、<海魔衆>の男たちは。”帝国軍人”である前に”海賊”であったのだ。
こと船上に於いて、彼らの足運びは。例え歴戦の戦士であろうと、到底真似なぞできるものではないだろう。
恐らく、未だ帝国史に於いて”歴代最強の剣士”と評されるあの牙狼 鋼であろうとも。
船上で彼らと刃を交わした場合、その決着までには複数合と掛かるだろう。
相手の船に乗り込み、白兵戦を仕掛ける。
目標の船と、その腹の中にたんと溜め込まれた”お宝”をせしめるためには。それ以外の方法が無い。
なるだけ目標の船を、良い状態のまま奪えなければ、そこで稼ぎが大きく落ちてしまう以上は。
相手の足を殺す為、だとはいえ。帆に向け火矢を撃ち込むなどとは延焼の可能性も充分にあり得る以上、完全に下策だ。
「形振り構わず、と云う奴か。魔導士たちの<風の守り>は、ほんに有り難きものよ」
大型の純帆船に使われる帆は、大型でかつその数も多い。
特に狙いを付ける必要も無く、撃てば当たる状況なのだから。確かに襲撃側の瞳には美味しい相手に映るのだろうが。
「賊の矢が全部逸れていく光景は、ほんま痛快でんなぁっ!」
「ほれ。見習いらが、あがいに頑張っとんじゃ。うちの魔導士どもも気張らんかいっ!」
危険を顧みず、折角掛けた縄梯子も。それを登り切り本懐を遂げる前に。
「<睡眠術>」
決して抗えぬ深い眠りに陥った多くの賊が、そのまま海の底へと沈んでいく。
魔術によってもたらされた眠りは。定められた時間が過ぎるまで、決して目覚めることはない。
このまま溺れ死ぬか、はたまた鮫の餌になってしまうのか……彼らは、自分が死んだことにも気付かぬまま、そして原因を知ることも無いままに。その命を散らすのだ。
「あがいな死に方だけは。わしゃあ絶対嫌じゃなぁ……」
「ほっ! わしゃ、小便しとる時後ろからバッサリのが、もっと嫌じゃあ」
何処か余裕がある<海魔>の男達の、人を食ったやり取りを耳にした祈は、ぽつりと。
「……どうやら、相手が悪かった。ってところ、かな?」
『手伝いは不要』
そう何度も釘を刺されてしまった雇用主は、何となく手持ち無沙汰のまま。戦況をそう締め括った。
◇ ◆ ◇
「2、3程度生きとりゃあええ。後ぁ捨ててまえ」
何人かは軽傷を負ったものの、被害としてはその程度で済み。
捕らえた賊どもは、両手の指で何とか事足りるくらいだった。
「……てゆかさ、なんかみんな。異様に痩せてんね?」
「……ですな。船上での動きは、此奴らもそれなりではございましたが。剣の方はからっきし。そう妾は感じました」
”生粋の船乗り”がそう断言するのだ。賊は船上の動きに慣れてはいるものの、剣の腕それ自体は。全然大したことはない。
「だねぇ。勢いよく振り回してはいたけれど。そこに何の”技”も無ければ、”術”の匂いも全然感じなかった」
揺れる船上での体重移動は。よほど慣れた人間でない限り、どうしても一拍、間ができる。
「奴らの動きが妙にこなれておったからこそ、我らもそこに気付くまでに、少々時間が掛かってしまいましたわい」
相手が素人だったから、と云っても。
「刃を向け本気で殺しにきた相手に、その程度では我らが手を抜く理由になりますまいて」
「そだね。その通りだ」
『敵対する者は、悉く殺す。嘲る者は、惨たらしく殺す』
祈の生家に、代々伝わる”家訓”だ。
だが、そもそも家訓に従う、従わぬ以前に。目の前で縄で括り付けた此奴らは、暴力に依って此方の命と財産双方を狙ってきたのだから。殺すのは当然の反応だろう。
「端から理由なぞ訊く耳も、その必要も無いわ。縄に括り付けたまま、全員海に捨ててしまえぃ! ……祈さま、それでよろしいですな?」
────”賊”に情けは、絶対に掛けるな。
栄子は祈に対し、そうとはっきり意思表示をしてみせたのだ。
本来、海域の安堵を図るならば。賊の根城を特定した上で、更には”駆除”まで行うべきであるのだろう。
事実、親方たちは。
尋問目的で、何人かの助命を考えていたのだ。
だが栄子は、それすらも”不要”と断じた。
一度でも言葉を交わしてしまえば。
きっと祈は同情し、彼らを助けようと考えるだろうことは。彼女の性根を知る者であれば、容易に想像が付くからだ。
「……うん……」
「祈さま。妾は貴女さまを”雇用主”と。此度の旅程では、そのつもりで接しておりまする。ですが、我ら<九尾>の乗組員から見た貴女さまは。”乗客”の、そのひとりに過ぎませぬ」
祈は、莫大な私財を用い<海魔>の戦艦を一隻貸し切った。”倉敷”から”天竺”までの航路の片道切符だ。
その間、<九尾>の持ち主である栄子にとって、祈が雇用主にあたる。
だが、それも。一時的な雇用関係であるに過ぎず、船内に関する権限の一切は、船の持ち主兼、”船長”でもある栄子に帰属するのだ。当然、今回の”判断”に対し、祈が否を唱える資格は端から存在しない。
「”乗客”の安全一切を取り計らうは、これ即ち”船長”の義務でございますれば。これ以上荒事への介入は無用である。そう判断いたしまする」
<海魔>との契約は、あくまで天竺までの道のりの案内だけだ。
その間、確かに護衛の義務は生じるが、だからと云って徒に客を危険に晒す行為を積極的に行う訳なぞ無い。栄子は、そう正論を述べているに過ぎないのだ。
「……”船長”の差配に。全てをお任せいたしましょう」
縄に打たれた”賊”たちの瞳は。
祈に向けて、まるで縋り付く様に。ただ哀しき光を湛えていた。
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