第405話 大越での一日。
国名を考えるのが心底面倒になってきたので(酷)。
今後は、ほぼそのまんまを使う予定です。悪しからず。
「……やっぱり私に、ちょっとアレは難易度が高過ぎたよ……」
「祈しゃま。最後の方、涙目になっていらしてましたので。琥珀も何となくは気付いていましたが」
「それでもお残ししないところトカ。何とも主さまらしかったーヨ。偉い偉い」
八尋 栄子行きつけの大越料理店は。
彼女自身が、数々の異国を巡ってきただけはあり、確かに何処も評判の名店だった。
だが。彼女曰く、大越料理は。
『香菜が合わなければ、きっとどれもダメでしょうし。合えば、どれでもオススメできる……と、云っておきましょうか』
その言葉の通り、香菜。この馴染み無き鮮烈過ぎる香りが、祈には合わなかったのだ。
「要は慣れの問題、なんだろうけれど。ねぇ」
「本当に、祈は軟弱っちゃんねぇ。香菜は、列島にも昔からあるとにしゃ」
「ですが蒼さま。香菜は別名”カメムシ草”とも云いまする。あの独特の臭いを苦手とする人が多数いたからこその命名でございましょうて────かく云ううちも、あれには少々……」
「待たんね、翠。あんたは、なんでんかんでん出される料理、ひとり皿まで喰いきる勢いで食べ尽くしとーったやなかか。流石に嘘はいけんちゃろモン」
……はて、何のことでございましょう?
顔を背け、惚けてみせた同僚の余りに白々しい態度に。
────此奴。今更猫を被ってまで主に迎合するとか、一体どうしたいのだろう?
従者たちは、皆呆れを通り越して。逆に感心してしまったほどだ。
「でも、甘蕉は本当に美味しかったねー。あれさ、”倉敷”でも栽培できないもんかな?」
「気候それ自体が大きく異なりますので、かなり難しいかと。玻璃(硝子のより古い言い回し)で囲った”温室”と呼ばれる特殊な家屋が必要になるのだと────うちの頭に焼き付けされた知識の中に、その記述がございまする」
今の祈たちは。
列島より遙か南の国に立っている。当然、その風土気候は列島とは異なるが故に。その植生も全く異なるのは至極当たり前のことだろう。
「と云いますか、祈しゃま? 列島には無いだろう、異国の珍しい食べ物を色々と食べ歩く……それが当初からの目的でしたでしょうに」
「そうだった」
そもそもの話、栽培できる可能性が最初からあるならば。
「その時は、我ら<海魔衆>が、苗を持ち帰っておりましょうな」
俊明のやらかしに依って広まった”カレーライス”という名の、異世界の美食のお陰で。
実際、唐辛子やウコンは。現在帝国領内でも栽培されているのだ。
「ですが、馬芹や小豆蒄。それに胡椒などは、列島の気候がどうにも合わないらしく……」
逆に、その需要もあって。
<海魔>の艦たちが、この海域を定期的に航行する主な理由にもなっているのだが。
「本来は帝国”海軍”。その態でありましたのに……」
気が付けば帝国は。カレーなる美食を追い求め。
最終的に、その材料を仕入れるためだけの”商船団”へと成り果てているのだから。
世の中は、何とあまりに不可解で、不条理で満ち充ちているのだろう。栄子は呆れ気味に溜息を吐いてみせた。
「おなかが空いたラ、人間何処までも素直になるものヨー! ”美味しい”は、万国共通の正義ネ♡」
「そだね。その通りだ」
商船団。結構なことではないか。
この世界の技術の針を丸々一周させるほどに隔絶した<海魔>の艦を戦争の道具にすることも無く、皆の生活を少しでも豊かに変える手段に用いたのならば。
「……祈さまから、そのお言葉を戴けただけで。我ら<海魔>は完全に報われました」
「そんなご大層なモンじゃないでしょ、今の私なんかさ」
────そう思っていらっしゃるのは。きっと、貴女様だけにございまする。
口にこそ出しはしなかったが。栄子は祈の小さな背中に、深々と頭を垂れた。
◇ ◆ ◇
帝都で土産話と土産物を、心待ちにしている愛茉と。
倉敷で祈たちの無事を祈り続ける子や孫、果ては曾孫や玄孫のために。
「翠。特に甘蕉は、たっぷりと買い付けておきなさい」
「承知」
倉敷では甘蕉の栽培はできなくとも。
特殊な指宿の地であれば。もしかしたら?
そんな僅かな可能性に賭けてしまいたくなるほどに。
「バナナ、美味かっタネー♡」
「生食だけでなく、果物に火を通すと。更に甘くなるもの。なのですねぇ……」
甘薯とはまた違ったねっとり感に、美龍はすっかりハマってしまったらしい。
琥珀は、現地の食べ方に特に衝撃を受けたらしい。
実際列島内では。果物それ自体に火を通す習慣なぞ殆ど無いのだから。カルチャーショックを味わっている様だった。
「特にこの辺りの地域では、青いものも広く食用にしておりますので」
「ああ、あの漬け物ば美味かったちゃんね」
「……翠?」
「ええ。未成熟のものも抑えておきましょう」
この辺りになると、旧帝国の勢力も及ばなかったらしく。
「ですが、祈さま。陽華銭の類いは、一銭たりとも使えませぬ故、それだけはご承知おいてくださいまし。異国での商いの基本は。もっぱら物々交換か、砂金でございまする」
この辺りの国々は特に。すぐに興り、そしてすぐに没する。
その為、貨幣そのものの価値は、そこに使われたであろう金属のそれよりも遙かに軽く、そして偽物も多く出回っているが故に、その傾向に拍車が掛かっているのが現状だ。
「でしたら栄子さま、この陽華金貨なんぞは……?」
「精々、其処の甘蕉一房が関の山……と云ったところ、でございましょうか」
中央大陸に於いて、長い間広く使われてきた陽華銭は。
『同重量の金の、それよりも遙かに価値がある』
とまで云われてきたのだが。それも所詮は……
「陽帝国という、二千年もの長きに渡り安定して続いてきた”信用”の。それに他なりませぬ、そう云うことでございましょうて」
そもそも、その帝国は300年も前に崩壊し、今では列島の一部を支配するだけの小国と成り果てて。
「それに、元々この南の国々に於いては、帝国の名なぞ、欠片すらも知れ渡ってはおりませぬ」
「前提、それ自体が。最初から無いんじゃ、ねぇ……?」
────そう云うことにござりまする。
南国の商い事情を、今更になって知らされることとなった祈は。
「……だから、持っていく資産は。”全て砂金に変えておけ”と仰った訳、なのですね?」
今更過ぎる祈の問いに、栄子は頷きながらも。
「少なくとも砂金であれば。重量で何でも購入ができます故に」
現代地球の経済でも。金は、高い価値を持つ。
下手をしなくとも。国の貨幣より遙かに安定した資産だと云えるくらいには、だ。
「重いのだけが欠点ですが。異国の地では、確かに砂金が一番便利にございましょうて」
物々交換であっても、一応の取り引きは成立するだろうが。
結局は。
「相手の一定の需要が見込めなければ。それはただの不良在庫に過ぎませんもの、ねぇ……?」
「その通りにございます。更に申しますると。扱う物品が生鮮食品ともなりますると、価値は目減りする一方でございます」
<次元倉庫>と云う魔法の特徴として。
内部の容量と、時間の遅延効果は。
「術者個人の魔力量に依存します。うちで約100倍。主上が120倍といったところでしょうか」
「お魚をお刺身で美味しく食べようと考えたら。翠ので大体三月。祈しゃまが四ヶ月、ですかぁ……」
「てゆかさ、琥珀。長く保つお魚でギリそれってこと、だからね? 鰯とかの脚の速いお魚だと、大体その半分くらいで考えといて欲しいかなぁ……」
(だから俺が以前訊いたのによぉ。<アイテム・ボックス>なら、容量無限の上時間停止機能付き。だったってぇのに……)
(それ、その時最初に言っといてくんなきゃダメな情報じゃんっ!)
”そんな話、聞いてない”。
対人に於いて一番多いトラブルが、まさにこれだ。
(あっれぇ~? そうだったっけか??)
(そうだよっ! 本当に今更だけどさ)
だが、”後の祭り”とも云う、この手のいざこざは。
忘却こそが一番の対処法だ。
「しゃーない。翠、この袋一杯で、買えるだけをお願い」
「何ば”しゃーない”が、全然解らんとけんが。ばってん、アタシが監視に付いていくとするばい」
「……何故、と申しますか。そも、何を監視すると申しますのやら。蒼さま?」
それは勿論。
と云わんばかりに蒼は、決して豊かだとは云えない、少しだけ物足りない胸を反らせて。
「翠。あんたに決まっとーやろうが。盗み食いん類いは、アタシん眼が黒か内は絶対に許さんけんねっ!」
「「「……ああっ」」」
「……そこでお三方が妙に得心いった様なお顔をなさるのには。主にうちの”尊厳”と云う観点からも、猛烈に抗議したき点にございまするが」
「……てゆか、ごめん。食べ物に関して、翠には数え切れない”前科”があるからさ。皆のこの反応は、私も当然なんだと思うけどなぁ」
「そんなっ!? 主上、酷いですっ!!」
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