第404話 補給先は
「補給のため、<九尾>は一路、大越へと寄港いたしまする」
「……そうですか。そも、門外漢の私が口を挟む余地なぞ在りはしませぬ。”提督”の差配に、全てをお任せいたしましょう」
如何に祈や翠が、余人に比べ桁違いの容量を誇る<次元倉庫>を持つとはいえ、<海魔>の人員全ての胃袋までは、到底満たすことも出来ない。
「……いえ、それでも。祈さま方のお陰を持ちまして、補給に掛かる経費は、目に見えて節約できました」
栄子が云うには。
大越に寄る前に。
「竜宮、もしくは蓬莱のどちらかで。天候に依っては、双方で補給を受けねばならぬのが常でございましたので」
五日の内、祈と翠の当番に当たる二日間は。
「”本国”の味を堪能できたのですから。そら皆の士気が違いましょうや!」
「……つまりは、そういう訳にございまする。それに、今回は特に天候にも恵まれました由に」
海が荒れない時期を選んだのも理由のひとつにあがるが。それでも、此処までの旅程に於いて、運が良くても最低一日、二日は時化と重なるものらしい。
「きっと、ご隠居さまは。海の神さんに愛されとるんやろなぁ」
「げに羨ましいもんじゃ。なぁ、これからも一緒にわいらと旅を続けていかんか?」
親方たちも羨むほどの幸運を。どうやら祈たちは発揮してしまっていたらしい。
「ごめんね。天竺からは、陸路の予定なんだ」
先ずは天竺に赴き、本場のカレーを食べる。
当初からそのつもりの旅なのだ……ただし、理由があまりにもあまり過ぎる理由なので。他人には決して明かす訳にはいかないのだが。
一応は、寄港先とかの”異国の美食”も旅の目的のひとつではあるけれど。
当然これも同じ理由で、余人には言い難い。
「天竺に降りてからは。中央大陸の西方を目指していく予定」
竜宮の地で引き取った漂流者たちの”祖国”を、一度この眼で見てみたい────
祈たちの最終目標は、其処にある。
遠い眼をして、懐かしさに涙を滲ませながら語った。彼らの”故郷”を。
その正確な位置が解らぬ以上は。
きっと歩いて探すより、他は無いだろう。
「それに、越智さんたちには悪いけれど。やっぱり、地面が上下に揺れるというのには、どうにも慣れなくてさ」
「じゃろうのぉ。我らは、それこそ赤ん坊のころから船の上におったけぇ。逆に陸地におる方が落ち着かんが」
────そんな訳で。其処までの付き添いはお願いするね?
インチキに近いズルを繰り返しているとはいえ。
恐らく、尾噛 祈という女性は。この世界で、一番の長距離を旅した高貴なる人間にあたるのだろう。
本来、船乗りなどと云う人種たちは。
何時死んでもおかしくない危険極まり無き、鉄砲玉に等しい下賤なる職であるのだ。
当然、その様な過酷な環境に。貴人の列に並ぶ人間が入り込む訳なぞあり得ない。
「……まぁ、妾なんぞは。一応その身分ではありまするが。それ以前に、先ず<海魔>でございますよって」
「確かに、そうだろうね」
今は隠居したとはいえ、元々栄子は。海賊一味の、その頭領なのだ。
貴人の一人として遇されていた”提督時代”の方が、彼女にとっては違和感が残るものらしい。
「ですが、祈さま。本当によろしいので?」
「うん。これより先は。<海魔>の皆でも、未知の海になるのでしょ? そんな危険を冒す行為なぞは、やはり許可できそうにありません」
一族諸共。完全に屈服させ、一度は忠誠を誓わせはしたが。
”陽”帝国の制度上、公式での立場は。対等、もしくは栄子の方がやや上……と云った具合だ。
本来、栄子は祈に一々許可を求めたり、意見を聞く必要なぞ全く無いのだが。
「ですが、今は祈さま。貴女が我ら<海魔>の主でございまする。我らは、雇い主のご意向に。忠実に付き従いましょうぞ」
今回の航行は。
長年貯めてきた祈の個人資産の、ほぼ全額を注ぎ込んで。
「死ぬ前の一度くらいは。こんな馬鹿げた贅沢も、きっと赦してくださるでしょう?」
誰に対して、赦しを求めれば良いのか?
そんな野暮なこと、誰も訊きもせぬが。
「まぁ。少なくとも、あの祟さまならば。眼に羨ましさを滲ませたまま、きっと渋々頷いてくれましょうて」
書類の海の直中で、ひとり勝手に溺れては。
それでも、「助けて」とも「手伝え」とも云わず。ただ黙々と、判を捺し続けた彼の姿は、もう此の世にはない。
「うん、栄子さま仰るなら。きっとそう、なんだろうね……」
長い長い時を過ごしてきて。
<五聖獣>の祝福を得た5人の女性の他に。祈と同じ時を今も刻み続けているのは。もう八尋 栄子くらいだろう。
その彼女が云うのだ。祟が光秀だった頃から彼を知る、数少ない”生き残り”が。
(本当は。ふたりで異国の空の下を、歩きたかったのだけれど……)
子や孫。曾孫たちが可愛くて、愛しくて。
それでも、ようやく重い腰を上げ長年夢見てきた”旅”を始めようとした頃。そうと気付かぬ間に、祟の寿命が訪れて。
行動しなかったことへの後悔は。
全てが、”自身の行いの跳ね返りである”その性質上。
最後まで、八つ当たりの先すら見当たらず。
「祈さま。何時までも宙ぶらりんのままでは、いけないかと」
「そだね。その通りだ」
吹っ切ったつもりでも、結局何時までも引き摺るのは。きっと祈の悪い癖だ。
「栄子さま。大越でオススメの料理ってあります?」
「香菜が合わなければ、きっとどれもダメでしょうし。合えば、どれでもオススメできる……と、云っておきましょうか」
何とも酷い両極端な解答に。
祈は一瞬鼻白むが。
「でしたら、栄子さま。申し訳ありませんが、貴女さまの上陸の一日を。私にくださいませ」
補給時の寄港先にしていのなら、きっと幾つか贔屓の店を抑えているはず。
その読みが当たれば良し。もし外したのであれば、それは後々の会話のネタになるだろう。
そんな”賭け”すらも。旅の醍醐味のひとつなのだ。
「案内役でございまするか。ええ、勿論。任されましょう」
「────見えてきた。本当に<九尾>の脚は速いなぁ」
先ずは上陸。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。
ついでに各種リアクションも一緒に戴けると、今後へより一層の励みとなります。




