表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

404/420

第404話 補給先は




 「補給のため、<九尾>は一路、大越(ダイ・ヴェト)へと寄港いたしまする」

 「……そうですか。そも、門外漢の私が口を挟む余地なぞ在りはしませぬ。”提督”の差配に、全てをお任せいたしましょう」


 如何に(いのり)(すい)が、余人に比べ桁違いの容量を誇る<次元倉庫(ストレージ)>を持つとはいえ、<海魔(かいま)>の人員全ての胃袋までは、到底満たすことも出来ない。


 「……いえ、それでも。祈さま方のお陰を持ちまして、補給に掛かる経費は、目に見えて節約できました」


 栄子(えいこ)が云うには。

 大越に寄る前に。


 「竜宮、もしくは蓬莱のどちらかで。天候に依っては、双方で補給を受けねばならぬのが常でございましたので」


 五日の内、祈と翠の当番に当たる二日間は。


 「”本国”の味を堪能できたのですから。そら皆の士気が違いましょうや!」

 「……つまりは、そういう訳にございまする。それに、今回は特に天候にも恵まれました由に」


 海が荒れない時期を選んだのも理由のひとつにあがるが。それでも、此処までの旅程に於いて、運が良くても最低一日、二日は時化と重なるものらしい。


 「きっと、ご隠居さまは。海の神さんに愛されとるんやろなぁ」

 「げに羨ましいもんじゃ。なぁ、これからも一緒にわいらと旅を続けていかんか?」


 親方たちも羨むほどの幸運を。どうやら祈たちは発揮してしまっていたらしい。


 「ごめんね。天竺(てんじく)からは、陸路の予定なんだ」


 先ずは天竺に赴き、本場のカレーを食べる。

 当初からそのつもりの旅なのだ……ただし、理由があまりにもあまり過ぎる理由なので。他人には決して明かす訳にはいかないのだが。


 一応は、寄港先とかの”異国の美食(グルメ)”も旅の目的のひとつではあるけれど。

 当然これも同じ理由で、余人には言い難い。


 「天竺に降りてからは。中央大陸の西方を目指していく予定」


 竜宮の地で引き取った漂流者たちの”祖国”を、一度この眼で見てみたい────


 祈たちの最終目標は、其処にある。

 遠い眼をして、懐かしさに涙を滲ませながら語った。彼らの”故郷”を。


 その正確な位置が解らぬ以上は。

 きっと歩いて探すより、他は無いだろう。


 「それに、越智(おち)さんたちには悪いけれど。やっぱり、地面が上下に揺れるというのには、どうにも慣れなくてさ」

 「じゃろうのぉ。我らは、それこそ赤ん坊のころから船の上におったけぇ。逆に陸地におる方が落ち着かんが」


 ────そんな訳で。其処までの付き添い(エスコート)はお願いするね?


 インチキに近い()()を繰り返しているとはいえ。

 恐らく、尾噛(おがみ) (いのり)という女性は。この世界で、一番の長距離を旅した高貴なる人間にあたるのだろう。


 本来、船乗りなどと云う人種たちは。

 何時死んでもおかしくない危険極まり無き、鉄砲玉に等しい下賤なる職であるのだ。

 当然、その様な過酷な環境に。貴人の列に並ぶ人間が入り込む訳なぞあり得ない。


 「……まぁ、妾なんぞは。一応()()()()()()()()()()()()。それ以前に、先ず<海魔>でございますよって」

 「確かに、そうだろうね」


 今は隠居したとはいえ、元々栄子は。海賊一味の、その頭領なのだ。

 貴人の一人として遇されていた”提督時代”の方が、彼女にとっては違和感が残るものらしい。


 「ですが、祈さま。本当によろしいので?」

 「うん。これより先は。<海魔>の皆でも、未知の海になるのでしょ? そんな危険を冒す行為なぞは、やはり許可できそうにありません」


 一族諸共。完全に屈服させ、一度は忠誠を誓わせはしたが。

 ”陽”帝国の制度上、公式での立場は。対等、もしくは栄子の方がやや上……と云った具合だ。


 本来、栄子は祈に一々許可を求めたり、意見を聞く必要なぞ全く無いのだが。


 「ですが、今は祈さま。貴女が我ら<海魔>の主でございまする。我らは、雇い主のご意向に。忠実に付き従いましょうぞ」


 今回の航行は。

 長年貯めてきた祈の個人資産の、ほぼ全額を注ぎ込んで。


 「死ぬ前の一度くらいは。()()()()鹿()()()()()も、きっと赦してくださるでしょう?」


 誰に対して、赦しを求めれば良いのか?

 そんな野暮なこと、誰も訊きもせぬが。


 「まぁ。少なくとも、あの(たたる)さまならば。眼に羨ましさを滲ませたまま、きっと渋々頷いてくれましょうて」


 書類の海の直中で、ひとり勝手に溺れては。

 それでも、「助けて」とも「手伝え」とも云わず。ただ黙々と、判を捺し続けた彼の姿は、もう此の世にはない。


 「うん、栄子さま仰るなら。きっとそう、なんだろうね……」


 長い長い時を過ごしてきて。

 <五聖獣>の祝福を得た5人の女性の他に。祈と同じ時を今も刻み続けているのは。もう八尋(やひろ) 栄子くらいだろう。

 その彼女が云うのだ。祟が光秀だった頃から彼を知る、数少ない”生き残り”が。


 (本当は。ふたりで異国の空の下を、歩きたかったのだけれど……)


 子や孫。曾孫たちが可愛くて、愛しくて。

 それでも、ようやく重い腰を上げ長年夢見てきた”旅”を始めようとした頃。そうと気付かぬ間に、祟の寿命が訪れて。


 ()()()()()()()ことへの後悔は。

 全てが、”自身の行いの跳ね返りである”その性質上。


 最後まで、八つ当たりの先すら見当たらず。


 「祈さま。何時までも()()()()()のままでは、いけないかと」

 「そだね。その通りだ」


 吹っ切ったつもりでも、結局何時までも引き摺るのは。きっと祈の悪い癖だ。


 「栄子さま。大越でオススメの料理ってあります?」

 「香菜(パクチー)が合わなければ、きっとどれもダメでしょうし。合えば、どれでもオススメできる……と、云っておきましょうか」


 何とも酷い両極端な解答に。

 祈は一瞬鼻白むが。


 「でしたら、栄子さま。申し訳ありませんが、貴女さまの上陸の一日を。私にくださいませ」


 補給時の寄港先にしていのなら、きっと幾つか贔屓の店を抑えているはず。

 その読みが当たれば良し。もし外したのであれば、それは後々の会話のネタになるだろう。


 そんな”賭け”すらも。旅の醍醐味のひとつなのだ。


 「案内(ガイド)役でございまするか。ええ、勿論。任されましょう」

 「────見えてきた。本当に<九尾>の脚は速いなぁ」


 先ずは上陸。



誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。

ついでに各種リアクションも一緒に戴けると、今後へより一層の励みとなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ