第402話 旅の支度は拳が決める
「断固拒否。にござりまするっ!」
「ちょっと待つネ。公平な猜拳の結果負けたのだカラ。翠、大人しく罰ゲーム受けるヨロシ!」
ジャンケンは。
その能力の優劣によって、勝敗がはっきり分かれる遊戯であり、美龍の云う様な、凡そ公平なゲームだとは正直言い難いと、祈は個人的に思っている。
その証左に。
(美龍と琥珀は翠の手の動きを瞬時に見極め、咄嗟に手を変えてたし……私でなきゃ見逃しちゃうね)
こと身体能力だけで云えば、5人の中で翠が一番劣っているのは。最早周知の事実だ。
そんな翠とどっこいのはずの蒼はと云えば。
(……蒼さまったら。まさか運のみで、この過酷な遊戯を、最後まで乗り越えられるとか)
(本当に蒼は、デタラメ過ぎるヨー)
だが、もし此処で。動体視力と反射神経がデタラメ過ぎるこのふたりが結託していたとしたら。
翠ではなく、蒼や祈を嵌めることだって、やろうと思えば十分可能なはずだ。
そうならなかったのは、一重に。
(何故か祈しゃまと同じ手だけを出し続けてみせる、とか……あまりに嘘臭すぎませんかぁ?)
(デモ、蒼から不正の匂い、一切感じなかったーヨ。”天然”ほど、恐ろしいモノは。きっとこの世にハ無いンじゃないカト美美思うネー)
過酷な罰ゲームありの、このゲームに。
一応祈も参加させてはいたが。
(それはあくまでも、形だけっ! 凡そ従者として。主君にさせて良い類いの罰ゲームではないのですから)
(是。だったラ、もう。誰かを生贄にするしカ、残された手は無いヨー)
勿論、両名とも。
だからと云って、自分が罰ゲームの対象になろうなどと殊勝なことは一切頭に無い以上。
「……何やら不正の臭いを。プンプンに感じるのですが、それは?」
「言い掛かりも甚だしい。ご自分が負けたからと。此処に来て、あまりに往生際が悪ぅございませんか、翠?」
────けっ、今更負け惜しみかよ。
などと、嘲笑気味に云われては。
負けず嫌いでなくても、最後は唇を噛み締めて。唸るしかできなくなってしまうだろう。
「────ですので、翠? 貴女は我らの”目印”として。<海魔>の皆さまの戦艦に乗り込んで下さいまし♡」
<跳躍>をするためには、必ず”目印”が必要になる。
その”目印役”の押し付け合いを、ジャンケンに依って決めようとしていた訳だ。
「ですから、うちは……」
「おっと、翠。貴女は、公平なゲームに負けたのですから。勿論、拒否権なぞ認める訳には参りませぬ」
(ホント、琥珀は。こんなにも”悪役顔”が板に付いちゃって。それだけ、アレがトラウマになってるのだろうけれど……)
琥珀に手鏡を差し出したくなる衝動をどうにか堪えて。
主人に罰ゲームは、絶対にさせたくない。その一念を悟ってしまった以上。下手に口を出し話を拗らせてはいけないと、祈は最後まで地蔵に徹することにした。
正直に言うと、蛆付きの保存食なぞ御免被るのだ。
「そういやあ、こん前栄子さんが言いよったぞ。<九尾>ば改装して大がかりな厨房ば設置したんやって」
────やけん。もう食いモンで苦しめらるーことは。無かとやなかかね?
「でしたら、うちに否はありませぬ。慎んでその”お役目”。拝命させていただきましょう」
「決断、はやっ!」
「現金過ぎネ」
長い移動に於いての最大のネックは。
食糧と水の確保にある。
この世界では、魔術と云う存在のお陰で。
水の問題に関して、そこまで深刻に考える必要は無い。
あくまでも、水の魔術を使える人間を、複数人確保できている。その前提の話にはなるけれど。
食糧の問題も<次元倉庫>持ちの確保が可能であれば。これに付いても、随分と改善されるだろう。
だが、あくまで改善。その程度であって。
「あれ? 船では、基本”火気厳禁”じゃなかったっけ?」
「ええ。ですが<海魔>所属の船舶には、自衛用の大砲を多数配備しましたからねぇ。正直、今更……なのだそうですよ?」
「それに、<海魔>の戦艦は、全体を金属で覆われております故。燃え墜ちる時には、既に生存者なぞおらぬ。と」
「それっテ。ただの開き直りネー」
大砲のその仕様上。
船内で、必要以上に火気を制限する意味はない。
で、あれば……
「船内に厨房を設置してしまっても、問題無いだろう。と……」
「思い切ったことをするなぁ……」
以前、栄子は。
『妾の場合は。すでに慣れましたでなぁ』
などと嘯いてはいたが。
所詮は、”慣れた”というそれだけで。やはり、常々辛いとは思っていたらしい。
だが、水の確保の時点で。
「最初から、水の魔術が使える人間が複数人いるのでしたら。小火の内に消火できる……そういうこと、なのかも知れませんねぇ?」
「恐いから。艦上での避難訓練と、消火訓練の徹底だけは指示しといてね」
倉敷の都が成立してから一世紀が過ぎたが。
どれだけ徹底した対策を施して設計したとしても。
生来、人間とは。間違う生物なのだ。失火による災厄には何度か見舞われ、決して少なくない犠牲者を出してきた。
「翠。貴女には特別にお小遣いを出しましょう。<次元倉庫>に入れられるだけの食糧を確保なさい」
(祈しゃまったら。何だかご褒美的な言い方をなさいましたが……)
(翠ひとりに<海魔>の糧食を食い尽くされちゃあ敵わん。って、そんだけのことったい)
更に云えば。
如何に船内で火気を扱える様になっているとはいえ。
(薪の問題は。未だ残っている訳、だカラネー。毎日毎食作れる訳、ナイナイ。ヨー)
世間的には、中級魔術のひとつとして数えられる<次元倉庫>だが。
イメージが余りに難しいこれを扱える術者は、実はそう多くはないのだ。
「……あ、そうだ。今の内に、尾噛から出す魔導士を何人か。龍にお強請りしとかなきゃ、だなぁ」
真智はすでに隠居し、今は龍が”尾噛”の当主だ。
尾噛の当主が魔導局の長の座を担うのは、何故か慣例となってしまっているのだが。
(帝国内で誰も疑問に思わないのか、私は不思議だったりするんだけれど、なぁ?)
こと魔術の面に於いて、”魔”の尾噛に対抗できる能力を持った者が何処にも現れぬのだから、正面切って異を唱えられないだけに過ぎぬのだが。その様な事実を、祈は知らない。
「……あっ」
「どうかなさいましたか、祈しゃま?」
「ああ、ううん。なんでもないよ」
食糧と水の問題は、翠ならば。
……という、半ば力尽くなマッチョな方法で、解決した訳だが。
(お風呂の問題は、どうするつもり、なのかなぁ……?)
一応は、<清浄>という魔術で、身体の表層の汚れは落とせるけれど。
(私は、お風呂に入れないのは、ちょっとだけ嫌だなぁ……)
これは気分の問題だ。
そして生粋の帝国人は、大の風呂好きで。
例え真冬の最中であっても、不快を覚えた時点で、無理矢理に水垢離を慣行しようとする程の狂気をみせる者もいる。
(場合によっては。罰ゲームの二番手も、考えてあげなきゃ。だねぇ)
”目印役”を交代制にすれば。
諸々の不都合を、頭割りに依って緩和できるだろうし。何より、ジャンケンの時の様に不公平感は無いのだ。
(てーか、祈。全員で当番を回せばここまで揉めなかったンじゃねーの?)
(あっ)
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