第401話 ひとりじゃないから
「……ほうか。止めても、無駄よな?」
「はい……」
祈と同じ刻を刻んできた者たちは。
その大半が隠居。もしくは、此の世から去ってしまったが。
背に翼を持つ種族たち。
とりわけ、神に近しい濃い血を受け継ぐ皇族たちは未だ現役でいる。
その中でも、<五聖獣>の祝福を授かりし愛茉は。
「此方が身を粉にして帝国のため働いておるというのに。祈よ、其方はそんな此方を仲間ハズレにして、皆で楽しい漫遊の旅に出るとな?」
「……愛茉さま。なんだか、お言葉の端々に。無数の棘を感じるのですけれど?」
────気にするな。少しだけ、ほんっっっっの少しだけ。怨み節を”言霊”に乗せただけに過ぎぬわいな。
『それって。思いっきり呪い込めて根に持つぞ。って、仰っている様なモンじゃないですかっ!』
……などと。隠居したとはいえ。本来祈は、帝国貴族の列の、その端に並ばねばならぬ人間だ。
裏の筆頭相手に、そんな上等な口を叩けるはずもなく。
「……定期的に、お土産を持って参内致しますから」
頼むから、それで勘弁してくれ。
亡き夫、祟が見出した”言霊”と云う権能は。
”世界”に対し、直接的多大なる影響を与える危険な能力故に。
本人ですら、その扱いに倦ね。以降、暴発を避ける様に、必要以上の言葉を口にせぬ生き方をしてきたが。
「此方は、”理”その最奥まで踏み込んでしもうたが故、口を閉ざす生き方を強いられた元兄さまの轍は、絶対に踏みはせぬ。この様に強力過ぎる権能。入り口だけでも充分ぞ♡」
「……その権能。ただの人の口から出たモノであっても、最終的には神をも殺しかねぬ非常に危険な代物へと化ける可能性を秘めてございます。決して、今為された様に。戯れに扱って良いものでは……」
ましてや愛茉は、歴代”斎王”の中でも。
『愛茉以上の巫女は。今後、絶対に現れることあるまいて』
守護神<朱雀>ですら、そう言い切るほどの実力者なのだ。
その深奥に程遠い、ただの入り口に過ぎぬ”言霊”であろうとも。
「貴女さまの神力が乗った言葉でしたら。私の様な半端者、十二分に滅することできましょうて」
「おおう。やはり聞けば聞く程、恐ろしき権能よな。元兄さまも、罪深き功績を残してくれたものよ」
所詮、憐れで愚かな人の身如きが。世の理、その全てを真に理解できる訳もない。
祟の功績は。その取っ掛かりを人類にもたらした。今後も、その程度の認識で良いはずだ。
だから。
「あの祟さまですら、自在には扱いきれなかった代物。誰も扱いきれぬ権能なぞ、このまま”伝説”として。人類史に埋もれてしまえばよろしいのです」
「帝国史に功と名を残した。ほんに其方の旦那は、偉大なる人物じゃった……死ぬだの、死にたくないだのと。散々騒いでおったあの日の醜態が、まるで嘘の様じゃわいな」
────いや。どちらかと云うと、祈。そなたがひとり騒いでおっただけ、じゃったかのぉ?
100年以上も前の話になるのに、あの日の出来事は。
「……私、今も鮮明に思い出せまする。ですが、恥ずかしさの余り、顔から出る炎で。この建屋ごと、全てを灼き尽くせそうにございまする」
「おおう、此方が悪かった。其方が云うと、本当に此方も一緒に灰にされてしまいそうで恐いわっ! たかが冗談話で、親友に灼き殺されてしもうては。それこそ笑い話にもならぬわい」
祟が病床に伏せってからの幾年かは。
本来、ふたりの間には。跳躍ひとつで行き来ができる程度の、そんな隔たりしかなかった筈だったが。
「随分とご無沙汰しておりましたのに。未だ私のことを、親友と。そう仰っていただけるだけで、私は……」
「何を。此方たちの間には、距離も時間も無い筈であろ? 逢いたい時に逢えるし、話したい時に気軽に話せる。我らが神から賜った<祝福>は、所詮その程度の便利な”権能”よ!」
愛する者に置いて逝かれた悲しみに。
(────恐らく、祈は。半神と成ったこと、後悔しておるのじゃろうて)
何れ自分も、一光を失う日が来る。
<朱雀>の血を持つ天鳳人は。その寿命は、凡そ300くらいだ。
先帝の寿命を延ばせはしないものかと<陰陽寮>と<帝国魔導局>の尻を叩きに叩いてみたのだが。
期待していた成果は、終ぞ得られなかった。
そのことを踏まえると。光帝の寿命は、すでに折り返しを過ぎ終盤へと差し掛かった頃だ。
だとするならば、そろそろ。
(此方も。覚悟を決めねばならぬか)
だからこそ、愛茉は。
同じ”半神”として。
「祈よ。此方より先に”世界”を、その眼で視て来るがよい!」
────無論、土産と土産話を持って。此方の下に定期的に挨拶に来ねば、赦さぬからな?
「先程も云うたが。神の<祝福>なぞ、その程度の便利な権能に過ぎぬのだ」
「────はいっ!」
愛茉の本心に、漸く祈も気付いたのか。
何処か遠慮勝ちだったその笑みも、本来の明るさを取り戻して。親友に向けるに相応しき最高の笑みを浮かべた。
「うむっ。それでこそ我が親友よっ! 行ってこい、”世界”へっ!!」
「はいっ。愛茉さまのために、まずは美味しい物を、いっぱい集めてお持ちしますからねっ!」
数々の異世界の美食を作ってくれた、祈の守護霊その1が言っていたのだ。
『まずは南の方面だなっ! <海魔>の皆さんが、前に言ってたんだ。カレーの材料は、そっちから運んで来たんだ、ってよ。祈、本場のカレー、一度食ってみたくね?』
交易の”商材”として、数々の香辛料が取り扱われていると云うことは。
現地では、貨幣に代わり”商品”としての一定の価値が、其処に担保されていると云う証拠でもある。
となれば。少なくとも、カレーか、その原形に近い料理が。既に存在している証明ともなろう。
現地に生きるひとたちが、何を食べて。何を呑んで。そして、何を夢見て生きているのか。
その輪の中に、無理に入りたいとは想わないけれど。その近くに、そっと寄ること。それだけを赦してくれたら、それで。
食に対し、さして頓着しなかった祟でも。
カレーの匂いを嗅いだ瞬間、冷静ではいられなくなっていた程だ。
(祟さま。先にお逝きになられたせいで。本場のカレーをお食べになる機会、完全に逸してしまいましたねぇ。残念っ! 今頃後悔なさっても、もう遅いのですからねっ!?)
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