第400話 涙を拭いて
また10年単位で年代ジャンプしております。
「……おおじじ、もうボクとあそんでくれへんの?」
「ん。そうだね、大爺ちゃんは、もう疲れちゃったんだってさ。だからね、ゆっくり休ませてあげようね?」
この日、長き闘病の末に。尾噛 祟は。
静かに息を引き取った。
この世に在る真竜人の中でも、恐らくは邪竜の血を最も色濃く受け継いでいたであろう彼は。
彼の血族、多くに看取られて。その生涯を終えたのだ。
この世界、この時代に於いて、葬儀とは。
慣習として、遺体はそのまま埋葬されるのだが。
「────祟さまだけは。何人たりとも、触れさせたくも。ましてや、穢されたくはないの」
彼の妻、祈たっての願いにより。彼女ひとりの手によって、誰の目にも触れることなく。
荼毘に伏されることとなった。
離れの一角に。朱色の炎が踊る。
朱は、帝国の象徴であり。守護神<朱雀>を表す神聖な色だ。
「自らお望みになり、帝家の血の束縛から抜け出してみせた貴方さまに。この色は、相応しくはないのかも知れませぬが……そうですか」
霊界へと直接繋がる彼女は、何もかもが特別だった。
霊を視る眼に、霊の声を聞く耳。そして、霊と直接会話できる口を持ち。
果ては、霊と触れ合うこともできた。
そんな彼女が。
「────私のことは、もうお気になさらずとも良いのです。貴方さまとは、時の流れが違う。その自覚を持った時点で。こうなることは、すでに覚悟しておりました故」
如何に長寿の血族だとはいえ。
出逢った当初から寸分変わらぬ、愛らしき姿のままの妻と、次第に老いてゆく自身とを見比べて。
「時が止まったまま、現世で生きてゆかねばならぬ私は。貴方さまの”生まれ変わり”とも出逢う日が、何れ来ましょうて。ですが、それを。決して期待しないでくださいまし? その時の貴方さまは、現在の貴方さまではありませぬが故に……」
幾夜、不安感に押し潰されそうになりながら、涙を堪えたか。
だが、それは。
愛する妻も、自身と同じ想いでいてくれたのだと。両目いっぱいに溜まる涙が証明していた。
肉の器の束縛から解き放たれた魂は。
長い時間を、現世に留まることはできない。
足りぬ”熱量”は。現に今、妻が補ってくれているのだろうが。それは、今も積み重なっていく自身の”業”を、肩代わりしてくれているからに他ならない。
「ですが、私は。きっと”その日”が来るのを、心待ちにするのでしょうね……貴方さまの魂のかたちを、貴方さまと共に過ごして参りましたこの120年の間に。我が両眼にしかと焼き付けておりまする。決して見間違うことありますまいて……」
────本音は。ずっと側に寄り添っていて欲しい。
だが、男のそんな我が儘も。これからも積み重ねていくのであろう自身の罪を、愛する者へ押し付けるだけの傲慢に過ぎぬのだ。
男の指導霊は、無慈悲にも与えられし猶予の終わりを告げる。
此より以降。
男が重ねる罪は、全て妻へ加算されてしまう。
『────済まぬが、祈。己は、お前を置いて先に往く。今まで有り難う。これからも、愛しているよ────』
「はい。私も、貴方さまを。愛しております」
────そして。此からも、ずっと、私は────
祈の深い処で繋がる”霊界の理”は云う。
今、彼の魂に付いて往かねば、二度と巡り逢うこと叶わぬやも知れぬ。と。
幾度も考えてきたそれは、しかし。
愛する男の魂が無事昇って行くのを、ただ見守りながら。
「私は。彼の重荷には、決してなりたくないから。それに……」
私の”うしろの守護霊さま”は。そんな私の我が儘を、絶対に赦してくれそうにないし。
「当然だろ。自死こそが、魂の世界に於いて一番の禁忌になんだかんな。例えお前を殺してでも、それだけは確実に止めてみせるさ!」
「その想いはご立派にござろう。ですが、俊明どの。かと云って、其れで祈どのを死なせてもうては、流石に本末転倒では……?」
「そういえばあたし、貴方に殺されて一生を終えたのだったわね? トシアキ。今更かも、なのだけれど。貴方に復讐しても許されるのかしらん?」
────そんなのもう時候だってばさ! 勘弁してくれぇっ!!
今はまだ。悲しみに暮れていなければいけない場面で。
つい吹いてしまった自身の”想い”に、少しだけ疑問を感じつつも祈は。
「……みんな、ありがとう。ね?」
未だ”家族”でいてくれる三人に。
深い感謝と、親愛の念を投げかけた。
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