第40話 汝は邪悪なり
「中堅戦、勝者尾噛!」
異例だらけの一戦が、こうして終わりを告げた。
『見届け人の鳳である。運営側から規定の改訂告知だ。これより、勝ち抜き形式を改め、順に決められた各将戦とする。試合数が少なくなってしまうのは申し訳ないが、大将戦は、両家の当主同士の対戦になるぞ。皆の者、楽しみにしててくれ』
すっかりウグイス嬢に成り下がった、四天王こと見届け人の告知が精神感応波にて行われた。
(やっぱり、このくらいの規模になると、館内放送の設備って普通に要るよなぁ……)
原理は何となく解るが、元々文系の俊明ではその手の機械を作る事ができない。なので、そう思うだけに済ませる他無かった。こういうのが得意であれば、発明で無双できたろうになぁ。
毎度この様な場面に遭遇すると、好きな分野だけにしかエネルギーを割かなかった事に、少しばかり後悔する羽目になるものだ。
闘技場中央部の片付けの為、しばしの休憩時間を挟む事になった。観客たちは、すわ今のうちにと、放り投げてしまった座布団の回収やら、酒の追加やらの為に思い思いに席を立った。
「おかえり。あなた、ちゃんと手加減できたのね。あれだけ怒ってたのにさ」
「当然でござろう。手加減知らずのどこかの大魔導士殿とは違い、拙者は分別ある大人にござる」
武蔵は素っ気なく、どこかの大魔導士殿をあしらった。
確かに武蔵が腹を立てたのは事実である。だが、対戦相手である武士が、気持ちの良い人間であった事が幸いした。もし仮に、あの人物が先鋒の魔術師の様な物言いをする人物であったら、間違い無く中堅戦は、血生臭い虐殺の現場になっていた事であろう。
「よっ、お疲れさん。最後の方、相手に稽古付けてやってたろ? 態々秘伝の技を、それと解る様にゆっくりと見せてやってさぁ。そんなに気に入ったか?」
職人の師が言う「見て盗め」とは、そのままの意味である。その場その場で異なる状況下では、選択すべき行動も刻々と変わる。それらを一々口で説明していては、混乱するばかりである。なので、今の状況を、動きを、その結果を「見ろ」そういう事なのだ。
当然、それらは武の世界でも当てはまる。そもそも「見て盗め」とは、その世界から来た言葉なのだから。
まぁ、皆伝にたどり着ける程の人物とは、一本気過ぎて口べたなまま育ったせいであっただけ……とも常々言われてはいるのだが。
「ああ。どうしても、ああいう気持ちの良い御仁を見ると、ついつい育ててしまいたくなり申してな……こうして生前の悪い癖が出てしまうのでござる」
披露してみせた奥義の数々を、あの者がどれだけ血肉にできるかは未知数だ。だが、全くの無駄にはならないだろうと武蔵は思う。それだけで充分であった。
「さっしー、ズールーいー。私が知らない技、いっぱい使ってた」
祈が武蔵の袴を引っ張りながら、可愛く拗ねてみせる。
腕を組んだまま拳圧を飛ばす技やら、腕を振り扇状に衝撃波を飛ばす技等々……
どれもこれもが中二マインドを巧みに擽る格好良い技として、祈の目には映ったのだ。
(相手との間合いをはぐらかし、幻惑する歩法は遠目では解らなかったか。まぁ地味であるから仕方なし、ではあるが)
「あの技は今の祈殿では無理にござる。無理にやると、手足の腱が切れるか、もしくは爆ぜてしまうので。しっかり身体を鍛えねば、真似事をするのもダメでござるよ」
自身の繰り出す技によって手足がふっ飛ぶ……武蔵が事も無げに言ったが、とんでもなく危ない自爆技であったのか。それを想像した祈は、ぶるっと震えた。
「ある一定の速さを超えると”空気の壁”ってのが邪魔をする様になるからな。今の祈では、その速度は出せないだろうから特に気にしなくても良いが、もう少ししたら危ないかもな」
竜の娘の頭を撫でながら、俊明が武蔵の言葉を補足した。音速の壁を越えるなんて芸当は、普通に鍛えるだけでは絶対に到達不可能な領域である。だが、邪竜の太刀の加護を得たこの娘は、すでに身体能力が常人のそれを逸脱し始めている。ひょっとしたら……の事態があり得ない訳ではない。釘を刺す必要があった。
「こわ……解った。ちゃんと鍛える」
「基礎鍛錬に割いた時間は、絶対に裏切りませぬ。それを血肉としてはじめて、奥義に辿り着けるのでござる。地味で退屈かも知れませぬが、これからも辛抱召されぃ」
子供の頃というのは、とかく派手で分かり易い技を覚えたがったものだ。武蔵は懐かしさと共に、師の言葉を思い返す。そうだ、自分もこんな時期があった。二回目の人生からは全部それを基礎とした我流であったのだが。
「うん。さっしーよろしくね」
自身最後の弟子になるであろう竜の娘が、屈託無く笑いかける。そうだ。拙者はこんな穏やかな日常を過ごしたかったのかも知れぬ。ようやくこの世界の神の言っていた言葉が理解できた。そんな気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これより、三将戦を行う。両家代表、前へっ!」
「はっ、はいっ!」
「おー」
牛頭の三将は魔術師の様であった。緩やかな装束に身を包んだ女性である。どの様な魔術を使うのか、見た目だけでは解らない。だが俊明の目には、彼女の周囲に強固な防御結界が張り巡らされているのが見てとれた。牛頭の家は私兵として、魔術師を多数揃えているのであろうか? 魔術師の層が厚い。
(しかし、急にここから勝ち抜き戦やめるってなぁ。先に三勝上げた方が勝ちとはいえ、最低でも祈にまで廻っちまうか……)
闘技場中央にダラダラと向かいながら、俊明は運営に振り回されっぱなしの状況に心底うんざりしていた。守護霊3人で全部勝つつもりでいたのに、まさか庇護対象の祈まで戦いの場に出してしまう事態になるなんて……完全に想定外である。
(どこかで物言いが付いて、誰かが引きずり下ろされるのは想定してたけどなぁ。ここに来て本当に想定外ばっかりだ)
ああ面倒臭ぇ。そう呟きながら、いつも通りピシャピシャと薄くなった額を叩く。
「双方、勝利条件の提示はあるか?」
「こちらはありません」
「あ-。そうだなぁ『声を挙げたら負け』ってな、どうだ?」
尾噛の三将の条件は、魔術師は不利になるものであった。無詠唱で魔術を発動するのは、それなりに難度が上がる。未熟な術者であれば、調整に失敗し暴走したり、発動直前に折角集めたマナがかき消えたり、等々が当たり前の様に起こる。だが、牛頭の三将は自身の魔術の腕に絶対の自信を持っていたのだ。
(このハゲ、私を馬鹿にしやがって……)
俊明の条件提示に、一瞬で怒り頂点にまで達していた。
「牛頭側、それで構いません。このハゲを徹底的にハゲ散らかして差し上げます」
「はっ、ハゲちゃうわっ! ほらっ、こことか、こことか、ちゃんと髪の毛あるだろっ?」
「では、勝利条件の追加がなされたっ! 試合開始以降、闘者が一言でも声を挙げたら負けとするっ!」
俊明の悲痛な抗議は無視され、試合開始の合図があがる。
「いざ、尋常に勝負!」
(くっそー。こうなったらあの女、徹底的に恥かかせちゃる)
まずはあの結界を引っ剝がす。その後色々と楽しい術をぶつけてやろう。そう決めた。どちらが悪役か解らなくなる邪悪な事を俊明は考えてた。
(女だと思って舐めやがって……絶対にあのハゲの残りの髪の毛全部剃ってやる!)
牛頭の三将が腕を振ると、周囲に風の刃が無数に現れ、それらが俊明目掛け一斉に襲いかかった。
(うおっ。全部頭狙いかよっ! あっぶねーな、当たったら死ぬだろうが)
風の刃によるヘッドショットを全て避け、俊明は素早く印を結び、女術士の強固な結界に向け自身の結界をぶつけた。幾重にも張り巡らせた自慢の結界を瞬く間に失い、女術士は唖然とする。
(え、嘘っ? そんな一瞬で?!)
(んじゃ、まず最近思いついたこの術いってみっかー)
印を結び、女術士に向けて念を込める。厄介な結界さえ無くなってしまえば、いくらでも悪戯できる。術を抵抗されるとは、俊明は一切思っていない。絶対の自信があった。
(痛っ? 何これ?)
ハゲが印を結んだ瞬間から、身体を動かす度に肌に鋭く痛みが刺した。突然の事に女術士は戸惑いを覚える。まさか、何かの呪いをかけられたのか? 素肌に服があたると、焼ける様な痛みが走る。空気が頬を撫でるだけでも、とても痛いのだ。これでは術をかける為に必要な集中ができない。
(けっけっけ。感度3000倍の術だー。これでもうあいつは術なんか使えないぜぇ)
邪悪な忍び笑いをしながら、ハg……いや、ああ、合ってる……の俊明は、術士に間合いを詰める。
術士は、衣擦れの痛みに耐えながらも、間合いを広げようと必死に逃げた。砂地の感触すらも激痛なのだ。正に生き地獄をその身に味わっていた。
(これがあいつの手だったのか。この痛みでは、声を出さずにはいられないっ)
(ほれ、ここで尻を叩くとどうなっかなー?)
そこで真っ先に狙うのが女の尻というところが、俊明の邪悪さを如実に物語っていた。
「っっっっっっ!」
軽く叩かれたとて、その感度が3000倍になるという呪いである。身を引き裂かれたかの様な激痛に、女の意識が飛びかける。
どうにか声を出すのを堪えて、女は邪悪なハゲの間合いから逃げる様に駆ける。こんな呪いは女は聞いた事が無い。だが、所詮は魔法である。効果時間が絶対にあるはずだ。それまで何とか逃げ回って凌ぐ他無い。反撃はそこからだ。
(ほれほれ、遅いぞー。もいっかい。ぺしっ)
「っっ」
涙を流し痛みを堪えながら、女は必死に逃げる。だが、俊明の足はそんなもの一足で追いつけるのだ。一方的な虐めの追いかけっこが繰り広げられる
(はぁはぁ、なんだか、すっごく、たのしくなって、きたぞー!!)
新たな性癖の扉が開けそう。俊明のテンションは最高潮に達していた。
「うっひょー! たっのっしぃ-っ!!」
「尾噛側、声を挙げたので、失格っ!」
「あっ」
誤字脱字あったらごめんなさい。




