第394話 頭振る報告会
「んお? ご隠居さまが、わざわざオレっちなんかのために……」
「なんか、などとは。決して言ってはダメですよ、アントニオ」
遠き異郷の果て、竜宮へと流れ着き。そこで不要と看做されて、放逐されかけた彼らを引き取った”倉敷”では。
「彼らを祖国へと帰すのは、如何に我ら<海魔>の艦が優れていようとも……」
見知らぬ危険な海へと乗り出す”理由”が、先ず何の益にもならぬそれでは。
誰も付いてくる訳がない。
ましてや、彼らが持っていただろう海図も、航路の記録も。
「全てが竜宮に接収された後で。彼らの祖国、その朧気な位置すらも不明では……」
全てが手探りの状態で旅立たねばならぬ、ともなれば。
そもそも計画の立て様が無いのだから。
「可哀想だけれど、彼らは”倉敷”の地に骨を埋めてもらうしかないね……」
「そも、彼らとて”船乗り”その端くれでございますれば。その覚悟は、最初から持っておるはず」
外洋への憬れは。
凡そ、人類が”船”と云う手段を手に入れた時には、すでにあったのだとされている。
冒険。その言葉の意味は。
『危険を冒す』
そこから来ている時点で、元より覚悟を決めておかねばならぬ行いなのだ。
「主上。彼らには、この列島の言葉を擦り込み済みでございまする。後は、彼らの常識と、この帝国での違いを把握させてやれば、恐らくは……」
「いえ。それだけじゃダメでしょ、翠。生活の基盤を整えてやって、それで最低限です」
如何に数多の種族が犇めく”倉敷”では、人種の違い程度は、何の障壁にもならぬとはいえ。
「彼らにとっての”倉敷”とは、遠き異郷の地。生活に不安を与えてはなりません」
為政者にとって、こと治安に関しての”懸念”は。
例え一粒の種であろうとも、決して芽吹かせたくはないのだ。
「船乗りとして生くる。その覚悟を、今も彼らが持っておるのであれば。我ら<海魔>が、責任を持って面倒を見てやるとしましょう」
「それはとても有り難い申し出にございます、栄子さま」
職業船乗りを選択して、ここまで来てしまった彼らが。
海の上以外でも役に立つ技能を持っていなければ、忽ちに生活に困窮してしまうだろう。
だからこそ、祈は。職業訓練と就職の斡旋もして最低限だ、そう考えたのだが。
外洋の経験を持つ彼ら生粋の船乗りは、即戦力だろう。
「……ただし、陸の生活を望む者は。やはり”尾噛”の御力に、頼らざるを得ぬでしょう」
「そこは、もう仕方の無い話でございしょう。一度味わった”死の恐怖”は、決して拭いきれる類いではございませぬので」
その為に、祈は。
こうして自ら異人たちの間を廻り、彼らのこれからの進路を訊ねて歩いていたのだ。
「へえ。出来れば、オレっちは。この街の”兵士”に、お雇いくださるとありがてぇです。銃や砲の扱いなら、オレっちは。あの艦で一番だったと自負しとります」
「……銃? 砲??」
アントニオの口から飛び出た未知の単語に。祈は表情にこそ出さなかったが、内心首を捻った。
(火薬を用いた”飛び道具”の一種だ。やっぱりこの世界には在ったか)
(武器なのか。だから彼は、兵士になりたいってことなのかぁ)
(他に役立つ技能を何ひとつ持たぬ。そう云うことにござろうて)
誰だって、命は惜しい……筈だ。
アントニオは、海に対し潜在的に恐怖を持ってしまったのだろう。
船乗りや漁師になることを選ばず、態々別の命の危険がある兵士を選んだのだから。相当に根は深いのかも知れない。
「ごめんなさいね、アントニオ。私は、”銃”や”砲”と云うモノを全く知らないの。できれば、私と彼女に詳しく教えてはくれないかしら?」
「ああ、ええよ。”火薬使い”は、調整だけでなく、分解と組み立てまでができてようやく一人前だぁ。ああ、そうだ。絵にした方が、ご隠居さまもよぉ解ると思うでぇ」
こういう時にこそ、翠ほど便利な人材は、他にいないだろう。
祈は、自分の記憶力に自信が無かっただけに。念の為この場に翠も同席させていた自身の判断に、内心喝采を叫んでいたのだ。
『さぁ、翠。此処は貴女の出番だからね♡』
『……主上……』
批難めいた従者の声と視線を浴び、女主人は大いに弱ったが。
『……”聖屋”のどら焼き5人前っ!』
従者を黙らせるため、それだけに。女主人から真っ先に出て来た手段が、まさかの買収だった。
聖屋は。嫁に出た後に子育てが一段落した四女聖が、手慰みに始めた甘味処だ。今では、幾つか暖簾分けをする程までに大繁盛しているのだとも聞く。
『……仕方ありませぬ。では、12人前で手を打って差し上げましょう』
『待って。あの子ったら、母親の私でも、一切ひいきしてくんないのに。それはちょっとっ!』
予約不可で、早い者勝ち。売り切れ御免の”聖屋”で。12人前もの甘味を買い求めようとするならば。
最低でも、開店一刻前(約2時間前)には並んでおかねばならぬだろう。
ほんの少しの労力を惜しみ、更なる苦労を背負い込むことになってしまった祈は。
『────霊力なんかより、私は。記憶力が、欲しかった────』
膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えた。
◇ ◆ ◇
「うん。やっぱり、俺の世界にもあった鉄砲や大砲、その原形に近い奴だ」
「そうなんだ?」
得意げに語ったアントニオは、どうやら銃の整備をしっかり行う几帳面な性格をしていたらしい。
図面に記されたそれを視て。テカる額をペタペタと撫で上げながら、祈の守護霊俊明は。
「まだ正確な螺旋構造のライフリングが存在しないのは、この世界の技術レベル自体が低いから仕方ねぇが。それでも、弾に込められた火薬の量によっては。例えお前さんでも、少しばかりヤベぇかも知ンねぇな」
矢の初速よりも、弾丸の方が遙かに速い。
自身に向かって飛来する矢を掴み、相手に投げ返すことすら造作も無くできる祈であっても、恐らくは。
「集中して避けるだけなら、訳無いかも知ンねぇ。だが、逆に一定の溝が掘られていない銃口から放たれる弾ってなぁ、当然、その軌跡も一定する訳がねぇ。不意を突かれたりでもしたら、ちょっと考えたくねぇ事態にもなりかねないだろうなぁ」
「銃は、拙者の世界にも在り申したが。”種子島”には、大して脅威を覚えませなんだが?」
────そりゃ、”あんた”とあんたの持ってた”得物”が、正真正銘のバケモンだったからだよ、武蔵さん。
飛来してくる弾の悉くを、正確に斬り払うなんて芸当は。
常人離れした反射神経と、異常発達した動体視力に加え。
思考から一切のタイムラグを生じさせない神経回路と身体能力があり、そして忠実に再現ができる技量をも持ち合わせ、更にはマッハで飛んでくる鉛の礫を弾いても傷ひとつ付くことのない神器があって初めて可能な奇蹟、なのだから。
「ここまで無駄にあり得ねぇ条件を並べ立てて、漸く防げるだけ……なんだぜ? 相手にして、これほど面倒臭いモンは、きっとねぇだろうさ」
銃器の利点は。
弓よりも、使える様になるまでの時間が、ごく短く済む点が先ず挙げられるだろう。
「もしそんなのが量産できる様になったら。戦は根本から変わってしまうだろうことは、解るよな?」
「うん。魔術で対抗はできるだろうけれど。数を揃えられたらその時点で、戦況は。かなり厳しくなる────だろうね」
場所にもよるが、世に満ちるマナのリソースには、最初から限界が有る。
いくら優秀な魔導士の数を揃えたとて、放つ魔術のリソース自体に限りが在る以上は。
「一定数を超えてしまった時点で。魔導士たちは、その存在自体が。お互いの足を引っ張り合う宿命。魔導士たちが積極的に魔導書を後世に残そうとしない理由がそれ」
気怠げにマグナリアがそう呟くと。
「もしかして、”魔法の素質”なんて制限は。マナの枯渇を畏れた”世界”が課したモンなのかもなぁ……」
気付きたくもなかったその事実に。
一同は深く溜息を吐いた。
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