第393話 鍋振るう報告会
今回、話に虫が出て来ます。
苦手な方はブラウザバックを推奨します。
「うま、うま……」
「ったくよぉ。俺、なんか知らん間に守護霊から料理人へとジョブチェンジさせられてンだが?」
「だって。今食べてる親子丼、とかさぁ。とっしーにしか作れないじゃん?」
俊明が作り出す様々な”異世界料理”は。
基本、俊明は。お披露目と同時に、尾噛家に仕える料理人達にレシピを伝えている。
なので、祈が今言った様に、俊明ただひとりしか作れないと云うことはあり得ない筈だ。
「……でも、うちの厨番のは。なんか違うんだよねぇ……?」
「なんだろ? 火加減かな?」
特に卵料理などは。
卵への熱の通し方ひとつで、味わいに大きく差が出てくる。
「火加減もそうでしょうが。マスター俊明氏の親子丼は、卵の混ぜ方からすでに芸術の域に達しておられる様に見受けられまする。お陰で箸が止まりませんっ!」
「熱弁を振るっているところ悪いが。お前さんの目の前に高く積み上げられた器の内の6割は、残念ながら俺の手ではないんだよなぁ、翠君」
「なんとっ?!」
「だから、『もう少し味わって食え』と。わたしは貴女に、何度も何度も言い聞かせてきたのですよ?」
味のどうこうを、云いたいのであれば。
少なくとも。信用に足る味覚を、周囲に示すべきだろう。
その点、何でも美味しく完食してしまう翠なぞは。
「信用は。欠片も無ぇなぁ……」
「いえ、其処に関しましては。食材に罪は、何処にもありませぬ故に」
「……言い方ってさ。ホント大事なんだね」
だが、確かに翠の場合は。
「”倉敷”に着くまでの間。彼女は、携行食のみの生活を強いられてきたのですから」
「そう仰られるわりに。同行為さっていた筈の八尋さまは、然程堪えた様子が……?」
如何に、異世界の三人の天才が生み出した最高の技術の粋を集めた<九尾>であっても。基本、洋上では。火の扱い、それ自体が厳禁だ。
丘に在る間に、多くの保存食を手掛け。
船乗りたちは。それを口にして、次の陸地まで凌ぐのだ。
「妾の場合は。すでに慣れましたでなぁ」
「……やっぱり。船乗りの人たちって凄いよねぇ」
祈の感嘆の言葉に。
翠は深く頷いた。
「正直うちは。もう船旅は懲り懲りでございます。今後は、船艦に目印を付けて、必要に応じ逐次跳躍する方向で、検討を進めさせて頂きとぉございまする」
その為の魔導具は、近いうち必ず造り出す。と云うのだから。
翠は。あの生活が、余程堪えたらしい。
「まぁ、有り体に云いましても。アレは、凡そ人の口に入れて良いモノでは、決してありませぬので……」
「うん。持ってて良かった<次元倉庫>」
「何故だか琥珀は。逆に一度くらいは食べてみたくなってしまいました」
「琥珀さまならば、そう仰ってくださると確信しておりましたので。うちがちゃんと用意しておきました。どうぞ、乾パン(蛆入り)にございまする」
翠の<次元倉庫>から、ぬっ。と出てきたのは。
大量に白い虫が付着した小麦の塊だった。
だが、あの翠ですら。素手で掴む気すら起きぬ代物の様で。
まるで、琥珀の掌の上へ捨てるかの様に、それを直接飛ばしたのだ。
「ひぃああああああぁぁぁぁぁぁっ!? 虫っ! うじっ?! 捨てっ!! ……って。ああ、ダメダメっ。お屋敷ではっ! ちょっ、翠っ!! なんとかなさっ……」
「『好奇心は猫を殺す』って諺は。こういう事を、云うんだろうなぁ……」
「ホント、勉強になるねぇ」
「乾パンに付くアレは。一応清潔な虫ですので。喰えないことも無いのですが……」
基本、穀物に付く多くの種の虫は。
寄生虫や、危険な病原菌は持っていない為に。そのまま一緒に食べてしまっても、特に害は無い。
実際、栗の中から出て来るゾウムシの幼虫なぞは。
人に依っては。栗そのものよりも、美味いと宣う者も居るくらいだ。
ただ。快、不快の観点で云えば……結局は。その程度の話に過ぎないのだが。
「そんなのっ、普通に無理に決まってるじゃないですかぁ!!」
「うん、まぁ。普通そだよね……」
不快だからと、畳の上にぶちまけなかっただけ琥珀は偉い。その強靱な精神力に。
祈も、栄子も心の中で大いに褒め称えた。
「……できればそれは。直接のお言葉で、戴きたかったのですけれどぉ?」
「うん、ごめん。早くそれ。私の視界に入らない様にしてくれたら、もう一度考えたげるから」
◇ ◆ ◇
親子丼だけに飽き足らず。
衣笠丼に、カツ丼。更にはシンプルに卵とじ丼など。
倉敷中の鶏卵を集めたのかと云うくらいに、尾噛家だけで消費して。
「……漸く。人心地付きました」
「へぇへぇ。そら、よござンした……てーか、手前ぇら。次からマジで金取るかンなっ!?」
────そもそも俺は、守護霊であって。料理人じゃねぇンだぞっ!
その後ろでは、今の言葉を聞いた厨番の面々たちが。
驚愕の表情でハゲを見つめていたが。
「うん、その言葉は、さ。もう無理があると思うんだ、とっしー」
すでに散々好き勝手やらかした後で、ふと素に戻ったとて。
「────長年の実績。此に勝るモノは、きっとございますまい。マスター俊明氏は。数々の”新しき美味”を生み出した天才。少なくとも、この尾噛家では。最早それが常識、にございまする」
「俊明さん。琥珀は次に、タレカツ丼を所望しますぅ」
「……雪殿は。まだ入ると仰るのかや?」
翠と琥珀がこの場に居る時点で。
俊明一人の手に余るのは明白である以上。屋敷の厨番の他、飯炊き女も動員しての食事会だった訳だが。
「ああ、うん。琥珀君ならまだ食えるだろうね。でも残念。飯がもう無ぇんだ……」
飯を炊くには。
どうしても浸水の分だけ時間が要る。
「だから、もうおしまいっ! ってかよ、此の場を設けた理由。そろそろ思い出してくれ────特に祈。お前が忘れちゃ、話になんねぇだろが」
そう云われたら、確かにその通りで。
「ああ、そだね。ごめん」
俊明の手料理に。知らぬ間に、祈もテンションが上がってしまったせいで。
「完全に、忘れてた」
「……では、うちの方から報告を」
喉を湿らす為に。一度、緑茶を含んで翠は。
「まず、彼の国より押し付けられた異人たちですが。皆、一様に記憶の一部を喪失しております。恐らく”魔王”に喰われた影響、にございましょうが。日常生活に特に支障は無いかと思われまするが、今のまま街に出す訳にはいかぬでしょう」
”魔王”は寄生した際に。人格の根幹を成す”記憶”から食い荒らす。
浄化の炎の熱さに耐えきれず、即座に近くの者へと避難したのだろうが。
結局は逃げ切ることもできず。半ば食いかけの状態で消滅したのだと思われる。
前後の記憶が曖昧となってしまった被害者たちは。
ただでさえ、遠き異郷の地で。精神の安寧には、程遠い状況だろう。
「言葉の方は、どうかな?」
「多少強引ではございましょうが、直接脳に擦り込む方法でよろしければ。直ぐにでも」
さらには、会話が成立するのは。生き残った仲間だけともなれば。
それだけで、徐々に精神をすり減らし。最終的には病んでしまうだろう。
「本来であれば。可哀想、かもだけれど。それでお願い」
「御意に」
彼らの同郷の人間は、この”倉敷”の地には居ないけれど。
それでも。言葉さえ通じれば、身振り手振りだけより。もっと多くの心を通わせられるから。
海賊行為の他に、交易も生業としてきた<海魔衆>は。何十カ国もの言語を操る者も中には居るのだが。
「竜宮が彼らを見捨てたのは。言葉の壁が主、だったのは間違いありますまい。申し訳ありませぬが、<海魔>の者にも、彼らの言語を知る者はひとりもおりませなんだ」
「と云うことは。あのひとたちは、少なくとも<海魔>の皆様が活動なさっている海の外からいらしたと云うこと、ですよねぇ?」
「……でしょうな。色々とキナ臭い話が、妾の耳にも漏れ聞こえてきておりまする」
曰く、所属不明の異形の船が海を荒らしている。
曰く、その船より降り立った者達は、まるで”鬼”の様な見た目をし。言葉が通じず、大きな体躯にモノを云わせ、略奪の限りを尽くすらしい。
曰く、とある国は。その”鬼”どもに乗っ取られたそうな。
「あと、そんな鬼の船より下りた”宣教師”と呼ばれる者たちの姿を、港で度々見かけるのだそうで。何故かその者たちだけは、こちらの言語に合わせてくれるのだとか」
「そりゃあ。土着の神を押し退けてまで、自身の信仰を押し付けようってンだからよ。少なくとも、その間くらいは。こちら側に合わせもするだろうさ」
「……とっしー?」
何時もより遙かに音高く額を叩いたかと思えば。
祈の守護霊で、今は料理人の俊明は。
「なんだか。すごく怖い貌してる……」
娘にすら一度も見せたことの無い、鬼気迫る貌をしていた。
栄子「まぁ、此度の航海はごく短きものでしたので。その様な状況になりませなんだが……」
琥珀「わたし、叫び損ですかぁ?!」
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