第391話 漂流者は
息抜きで始めたこちらのシリーズもよろしくお願いします
『わたしは、この世界で生きています。』
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「……うん。微かに……」
「はい。臭いますねぇ……」
<海魔衆>の筆頭職は、自身の娘に譲りはしたが。
<海魔>の旗艦<九尾>は未だ八尋 栄子専用の戦艦だ。
この世界、この時代に於いて。
”技術”と云う名の時計の針を、500年以上も進ませてみせた三人の天才に依る、”最後の作品”だ。
この巨艦は。
風上に向かって切り上がり。そして、海流に逆らって疾走ることもできる。
その快足は。
恐らく世界最速を誇るだろう。
座礁してしまった異国の艦の影響で。
島の人々は。日々の糧を得るのも難儀している。そうと聞いた以上は。
きっと韋駄天の如き<九尾>の快足が、必要になってくる筈だ。
その思いからか、準備も漫ろに。
それそこ、近くにいた雪 琥珀と。千寿 翠ふたりをお供に、祈は”倉敷”を飛び出してきたのだ。
「……これが”魔王”の残り香、ですか……主上。何故だかうちは、無性にお腹が空いてきてしまいました」
「……我慢して。あとでとっしーが美味しい奴、作ってくれるから」
晩餉の調理担当に、急遽抜擢された守護霊その1の猛抗議を軽く聞き流しつつ。
「破邪の炎に依って、塵も残らず灼かれた……って感じかなぁ? これ……」
「……ああ。ですから、こんなに食欲を誘う様ば香ばしき……」
「翠。おやきを差し上げますから。貴女は少しだけ、黙っていてください」
『────貴女様の術の、残り香を覚えましたので』
座礁した艦をチラと視ただけで、以前漏らした栄子の言葉の意味を、何となく理解できてしまった祈は。
「……この艦の”生き残り”の方々に。お会いできますでしょうか?」
「へぇ。それは勿論」
当座を凌ぐ以上の。
食糧と医薬品を惜しみなく島民たちに手渡してみせたためか。
島の長は、救い主たる祈の後ろを。まるで従者の如く付き従い、恭しく振る舞っていた。
「……ですが。そのぉ……」
言い淀む長の様子に。
「ああ。お気になさらず。彼らとの会話は、この者が……」
「むぐむぐ……」
はしたなくもおやきを頬張りながら親指を立てた翠の頭を、琥珀は軽く小突いた。
◇ ◆ ◇
艦の”生き残り”たちの姿を一目視るなり、祈は静かに沸き立つ怒りに心が震えた。
八幡の街で、静と出逢った当時のことを。嫌でも思い起こしてしまったからだ。
(虫食い状態となってしまったこの魂では。もう……)
”魔王”は寄生した際。
真っ先に”人格”を為す”記憶”から喰い荒らす。
一定の力を付け、身の安全が担保されると確信できるその時まで。寄生した人間に成りすます為だ。
「……翠。もう当時の状況を聞く必要は……」
「はい。心得ておりまする」
記憶を喰い荒らされて。
それを吸収しただろう”張本人”は、既に塵も残っておらぬ以上。
訊ねるだけ時間の無駄だ。
「────栄子さま。彼らの、今後の扱いは?」
「会話も儘成らぬのでは、竜宮王国でも持て余しましょう。恐らくは、望まずとも此方が引き受けることになるかと」
「所謂、態の良い”厄介払い”……と云う奴でしょうね」
「翠、貴女って人は。身も蓋もないことをはっきりと……」
艦の中に在っただろう、物資が粗方片付けられている処を見るに。
王国側の思惑は。
「美味しいとこだけ掻っ攫って。後の面倒は、全部私たちに押し付けた。って訳だ……」
恐らく”漂流者たち”と会話が成立していたとしたら。
きっと竜宮の上層部は。帝国に泣きつきなぞしなかっただろう。
<海魔>の艦ほどではないが、彼らの乗る艦の技術は。”辰”のそれと勝るとも劣らぬレベルで進んでいたのだ。
破損著しき艦の”再現”は諦め。
無事だった艦内の物資を接収。その”利”だけは確保してみせた。
艦内の状況を視るに、そう考える方が自然だろう。
既に”属国”ではない竜宮の”要請”を、帝国が受けた時点で。
半分は慈善事業。その覚悟はあったつもり、だったのだが。
「……其れを重々承知していたからこそ。帝国は、”尾噛”に振ってみせたのでしょう」
「うん、だろうね……栄子さま?」
「はっ……」
祈の怒りの程は。
微細な空気の振動と、頭上から強くのし掛かる霊圧の密度によって。
己が鋭敏な”肌感覚”を、恨めしく思いながらも栄子は。
(……わ、妾が悪い訳ではっ。決して……)
心の中だけで、必死に言い訳を繰り返していた。
栄子の中の祈は。
言い訳を口にした途端、問答無用で首を刎ねてくる。
それが、栄子自身の恐怖心が勝手に造り上げただけの、想像上の虚像であることは解りきっているのに。
一度心の奥底に根を張ってしまった”恐怖の記憶”は、どうしても拭えなかった。
それどころか、時が経ち過ぎたが故に。初接触時の印象が色濃く残ってしまったせいで。増幅されている……のかも知れない。
「ああ。栄子さまは、全然悪いと思っていないから安心して。でも、帰り道は。帝都経由でお願いしますね♡」
「……はっ。承知致しました……」
栄子の脇や背中、そして乳の下は。
すっかり冷や汗で濡れほそぼっていたが。
(……この恐怖。一度、宰相どのも味わうがよろしかろうて……)
現当主真智の”報復”ですら、どうやら足りなかったらしい彼らは。
”先代”祈の訪問。此が”真の恐怖”を知る良い切っ掛けとなろう。
「……そろそろ妾も。引退、するとしようか……の?」
義姉妹の信楽 百合音は。とうに後進へ道を譲り、悠々自適の隠居生活を満喫している。
”提督”などと、過分な待遇で迎え入れられた”義理”は。此度の一件だけで、充分に果たした筈だ。
何より、
「……祈様とは。もう帝国を介してお付き合いなぞしたくはないわ」
何せ、帝と斎王を除く帝国上層部の面々は。
殊更”尾噛”を、敵視しているのだから。
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