第390話 漂着した艦は
調べれば調べるほど、沖縄言葉の表記ってほんっっと難しい。金輪際やりません。
寂れた漁村が在るだけの小さな島に、一隻の大きな艦が流れ着いた。
日々の糧を海から得る島の人間には、全く馴染みの無き、それこそ伝説の白鯨を彷彿とさせる様な巨大な威容を見せる異形の艦は。
「……あの様な、大きな船。胎の中には、一体何を詰め込んでいやがンだ……?」
「あんなのに居座られてしまったら浜は漁に使えないじゃないか」
この島での漁の有り様は、浜からの投網こそが主流だ。
小舟を用い、沖合で漁をする場合も時にはあるが。鮫などの危険な生物も多く棲むこの南の海では。
「参ったなぁ。これでは明日から俺たちはどうすれば良いんだ?」
精々、今日と明日のおかずを頂くだけ。その程度の慎ましき生活をしてきた島民にとって。命の危険を冒してまで行わねばならぬと云う明確な理由が無い。
従って、浜が使えないと云うこの現状は、死活問題に直結してくるだろう。
「……仕方が無い。長にお願いして、王様ンところに舟を出してもらえ。俺たちには荷が勝ち過ぎる」
巨艦が漂着した島は。
確かに、列島の最南端とも云える場所に在ったが。
竜宮。
帝国とは、政治形態が全く異なる王政の海洋国家だ。
「────お? どうやら、生き残りがいる様だぞ。こっちに向かって手を振ってらぁ」
この日、竜宮王国の民は。
”異人”の姿を、初めて目にすることになった。
◇ ◆ ◇
「……へぇ。それで栄子さんのところに?」
「ええ。ですが、それだけでしたら、現在は隠居なされた貴女様に。この様なお話を挙げたりは致しませぬ」
竜宮王国は。
帝国を”証人”とし、統治の大義を得ることで……謂わば、”属国”として長く南方の島々を支配してきた国だ。
「でもさ、それって……」
「ええ。祈様の仰り様は、この八尋。弁えておるつもりでございまする」
竜宮王国は。
帝国の崩壊と同時に、完全なる独立を果たした。
上層部の面々が列島の南の島に落ち延びた後も、救いの手を差し伸べることもなく。また、かと云って追い打ちの軍を出すこともなく。
関係は、お互い納得の上での自然消滅。そのつもりでいたのだが────
「何だか面倒な事態になっちゃったみたいだから。生き残っているのを此幸いとばかりに、泣きついてみせた────と?」
「有り体に云ってしまえば、まぁ。彼らは”王国”を自称しておりまするが、実情は辺境の漁村の寄せ集めにございまして。その人口と経済規模は、凡そ”倉敷”の2割にも届かぬでしょう」
帝国海軍の主力を担う<海魔衆>は。
平時、他国との交易を主に行っている。
交易相手には、南方の国家から列島の東北の国々と。広範囲に渡るが。
「竜宮王国には。めぼしき特産品は無く。精々、塩──くらいでございましょうか?」
竜宮王国は、現代の沖縄県と違い。
鳳梨や、さとうきび栽培と云った産業は。この時代、この世界に於いて未だ起こってはいない。ただの辺境の漁村。その様な有り様であった。
帝国の傘下に組み込まれる前は、海賊行為が主要産業であった<海魔>は、それでも。
嗜好品、とりわけ砂糖や、香辛料の類いなどは金にも勝る貴重品として、その交易に力を入れていたのだ。
その”商売人”として確かな嗅覚を備えていた当時の栄子ですら。
「商売相手にならぬ」
と看做していた。
距離の面だけで云えば、確かに補給に必要な物資を調達するのには便利ではあったが。
彼らはその程度の、取るに足らぬ存在であったのだ。
事実。帝国に泣きついた理由の大半が。
『当方、巨大な艦を解体する能力も、技術も持ち合わせておらぬ。至急、島の援助と技術者の派遣を求む』
王国の、能力不足なのだから。
「まぁ、その王国の言い分は、正直云って解りたくないけれど解った……ことにする。でもさ」
「……は」
他国が正式に、帝国に使者を送り泣きついたのであれば。何故────
「その話が、”尾噛”へ直接来るのかなぁ?」
「────それは、無論……」
尾噛が、力を持ち過ぎたが故に……でございましょうて。
そう断じられては。
祈の方は、ぐうの音も出ない。
「栄子さま。やはり、帝も。私たち”尾噛”を、警戒なさっておられる。と云うことなのでしょうか?」
「いいえ、決してその様な……宰相閣下や軍務尚書殿は、その限りではありませぬが」
「……ああ、そういうこと……」
死国は、今や四国として。帝国の直轄領だが。
一時期、『死国探題』として彼の広大な土地を監視する任も帯びていた尾噛は。
「帝が四国の”地頭”を、彼らにお認めになられた。そこには欠片も文句が云えないからって……」
「つまりは、そういうことにございましょう。四国と倉敷が占める国力は、凡そ三割強。でありますので」
四国の地頭たちと尾噛家が結託し、帝国を離反した時点で。
帝国の屋台骨が、根底から揺らぐほどの大打撃を負う以上。警戒するのは仕方がないのかも知れないが。
かと云って────
「だったら、足を引っ張るその目的だけで。尾噛離反の噂を捏造して流すなって話、なんだよね」
「まさに、仰る通りで」
現当主真智が。
警告も含めた”報復”をしてみせたが故、逆に。
「必要以上に、怯えさせちゃった……と。ホント、笑い話にもなんないね」
「それでも、真智どのは。よくやっておいででございましょう。あの心優しき御方の性根には、根本から相容れぬのですから」
やり過ぎた。のは間違いないのだろうが。それでも、家族の未来を護る為に。
非情に徹したが故の、尾噛家の現在なのだ。
「……まぁ、帝が何も仰られないのであれば。我ら尾噛は粛々と従う他、否やはありません」
祈の返答を得て。帝国海軍”提督”八尋 栄子は、静かに頭を垂れた。
隠居し、世俗の柵みの大半から解放された祈は。本来であれば栄子に頭を下げねばならぬ身分の筈だが。
「……貴女様がその気になれば、妾なんぞは。芥子粒と変わらぬ存在でありましょう?」
そう云って栄子は譲らないのだから。そこは完全に諦めている。
「……問題は。生き残りかな?」
「ええ。実は真智どのの頭越しに貴女様へこのお話を持ち込んだのは、それが理由でございまして……」
「うん?」
「……彼の者たちから。貴女様の術の、残り香を覚えましたので……」
栄子の口から出て来た、身に覚えの全く無きその言葉に。
祈はただ、首を捻るしかなかった。
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