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第39話 サプライズ・イベント



 誰一人声をあげることの無い、静寂に支配された地下において、弓弦の音と、続く風を切る矢の音だけが複数回響く。


 「そのまま(ごみ)として死ぬるか……それもまた由」


 その矢の悉くが無精髭の男に届く事無く手前で消滅し、観客の悲鳴が上がるその直ぐ側で倒れる弓兵の眉間へと、それは帰っていた。

 出所が解っている矢なぞ、剣聖にとっては何の脅威でもない。ただ、こちらへ飛んでくる矢を掴み、そのまま射者の元へ投げ返してやっているだけなのだ。


 だが、そんな状況にあるとは、牛頭の弓兵は知らない。ただ、悲鳴が上がり、観客が離れた所の近くに潜んでいる筈の仲間からは、二度と矢が飛んでいない事しか解らなかった。


 「これで9。塵共よ、残りは幾つだ? 出てこぬと言うのであれば、このまま全て始末するのみぞ? ただの塵芥といえど、数が纏まれば、もしやもあり得るやも知れんのだ。早々にこの場に出てこい!」


 牛頭の中堅も、主審も、声を挙げる事ができなかった。それほどに、目の前の男が異様なまでに強大な殺気を漂わせていた為だ。


 「ひかえいっ! ひかえよっ! 尾噛の中堅よ。これを何とするっ!? 決闘の場を穢し、我が国の臣民をみだりに傷つけるとは。失格など手緩い! 今すぐ縛につけっ!!」


 観客席に控える4人の審判団が立ち上がり、武蔵の行いを糾弾してきた。


今倒れているのは、観客席に潜み、尾噛の代表に向け矢を放つ不届き者なぞではない。この場を楽しみに来場してきた観客であり、大事な臣民なのだ。それを傷つけたお前の方が決闘の場を穢す咎人なのだ。そう言うのである。


 弓兵の近くにいた観客からも、尾噛の陣営に佇む者達からも、失笑の声が漏れた。


 「阿呆。貴様等の目は節穴か? 何度も観客席の方から矢が飛んできたのが見えなかったのか? どこをどう考えたら、その様な結論が出るのだ? 聞いてやるから、この場で説明してみせよ」


 「なんだとっ! 我ら帝国の臣を侮辱するか?!」


 「それでは何も答えになっておらぬわ、たわけめがっ! 帝国の臣であれば阿呆でも許されると思うな。ほれ、どういう無様な頭の中身をしておれば、その様な馬鹿の結論が出るのだ? 今すぐ答えよっ!」


 審判団を、武蔵は真っ向から言葉の刃で斬って捨てた。


 向こうから危害を加えてきたから、こちらはそれを排除しているだけである。そしてそのままでは犯罪者でしかないのだが、闘技場に降りてくれば対戦者として認めてやろう。そう武蔵は宣言しているのである。したがって、弓を射てきた闖入者は当然観客ではない。


 「こりゃ不味いな。武蔵さん、静かにキレてら」


 「あーあ。あたし知ぃ~ら、ないっと」


 「これ、色々危なくないかな? 観客の人達とか……」


 「祈、それはもう本当に今更だと思うよ。照明が消えた時とか、多分けが人凄い出てる筈……」


 観客を心配したところで今更であるのは、確かに言える事であった。この日、都内で発生した怪我人の大半が、鬼の女の手によるものであったのは、紛れもない事実なのである。


 「良いぞー! もっと言ってやれ-!!」


 「さっきからおかしい事ばかり言ってる阿呆共、さっさとひっこめー!」


 「俺は試合が観たいんだ。お前等汚いおっさん共の声を聞きに、態々高い金を払った訳じゃねーぞ! 失せろぉ」


 観客席の方々から、審判団に向けて座布団が飛び、引っ込めコールが沸き起こる。帝国の役人がどれほどのものか。審判だ。役人だ。などと威張り散らすのであれば、ちゃんとした判定(ジャッジ)をしてからにしろ。


 「おのれおのれ! 民を扇動するか、この痴れ者がぁ! 貴様は失格だ! 中堅戦は牛頭の勝利とすっ!!」


 何度も座布団の直撃を受けながらも、汚いおっさ……いや、審判団の主審が喚く様に、牛頭の勝利を宣言する。


 「ふざけんな!金返せ!」


 「こいつら本当に阿呆だ!」


 「阿呆はひっこめー!」


 座布団の雨が激しさを増し、さらには空になった弁当箱やら、酒の入った瓢箪までが審判団の頭上に降り注ぐ。瞬く間に観客席は混乱の坩堝と化していた。



 『静まりなさい』



 会場内の誰もが脳裏に直接響く声を感じ、その動作を止めた。


 「精神感応波(テレパシー)か。ご大層なこって」


 祈は自身を結界で覆っていた為に、この声に反応する事は無かったが、兄のただならぬ様子を察し、周囲の気配を探った


 「これは、鳳様か? 何故今頃……」


 今まで好き勝手不正をやってきた牛頭の狼藉三昧を一切咎めなかった癖に、何故今になって出て来るのだ……望の声には、そんな隠しようの無い苛立ちがあった。


 『我は、四天王が一、鳳翔。牛頭、尾噛による決闘の見届け人である』


 脳内に響く声の主は、四天王の一人である事と、自身の名を明かすと共に、闘技場の中央へ降り立った。


 『この場におられる皆の者、此度はあいすまぬ。我が目を離した隙に、不正を働く不届き者共が蔓延(はびこ)っていた様だ。今より我が全てを預かろうぞ』


 翔が手を挙げると、武装した兵が客席のあちこちから現れ、審判団の全員と、牛頭の弓兵達を取り押さえる。


 「鳳殿。此度は、拙者と、ここにおる二人…主審と牛頭の中堅とで計画した不意打ち的な催し(サプライズ・イベント)にござる。ただ淡々と試合を消化するでは面白くないと考えてな。であるので、牛頭の面々と、この者にはお咎め無き様、是非に計らいをお願いしたい」


 「「は????」」


 いきなりこの無精髭は何を言い出すのだ。牛頭の剣士も主審も、事の成り行きに一切付いていけず、思考が纏まる事が無かった。


 「……君の主人もそうだけど、君もそれに負けないくらい面白い人だねぇ。解ったよ。そんな君の心意気に免じて、君の思う通りの試合を組んであげるとしよう」


 鳳は僅かに口を綻ばせ、もう一度精神感応波を使い周囲に語りかけた。


 『先ほどの決は破棄し、双方の家による中堅戦を開始する事を、ここに宣言しよう。尾噛の中堅に対するは、牛頭の中堅と兵達総勢16名による、一体多の試合だ』


 会場内からは、歓声とどよめきが半々に上がる。


 一対多の試合は、地下闘技場でも度々行われる事はあった。それは殺人犯対その家族達による仇討ちの名目の試合であったり、魔獣や魔物対冒険者達による見世物的なものであったり……


 だが、一対十六という、あまりに戦力比(レシオ)の合わぬ試合は、今まで例が無かったのだ。


 「そういう訳でござる。よろしく頼む」


 武蔵は二人に頭を下げた。審判も、牛頭の中堅も、ただ首を縦に振る事しか出来なかった。



 「これは、どういう事だ? 鳳よ」


 「どういう事も何も……君がやらかしまくった色々な尻ぬぐいを、ボクの手でやっただけだよ。まぁ、お陰で君だけでなく、これに荷担した人間全てを排除する良い口実ができたんだけどねぇ。ありがとう。帝国内部はこれで多少は綺麗になったよ」


 豪の横を抜ける間際、翔は楽しげに囁きかけた。


 「君は今日ここで死ぬ。もうこれは決定だ。新たな尾噛の手によって死ぬか、それともボクの用意した暗殺者の手にかかって死ぬか……さて、どっちだろうねぇ?」


 腹の底からこみ上げる笑いをそのままに、翔の足は、牛頭の陣地から施設の奥に抜けていった。


 取り残された豪は、翔の宣告通りに、その命運を死神の鎌によって抑えられたのだった。



 「では、改めて。尾噛よ、勝利条件の追加はあるか?」


 「そうさな。では、拙者は無手にてお相手いたそう。何かしらの武器を使った時点で、拙者の負けを宣告して構わぬ」


「……本当に私は貴公にとって、雑魚でしかないのだな…」


 悔しさに顔を歪ませながら、牛頭の剣士は苦しそうに、吐き出す様に言葉を紡いだ。


 「いや、拙者考えてみたら、得物を持参しておらなんだ。だから、これは仕方なしにござるよ」


 恥ずかしそうに頭をかき、武蔵は告白をする。得物を持たない侍なぞ、ただのおっさんである。しかも。今の今まで気が付かなかったと云うのだ。確かにこれは恥ずかしい。


 「それでは、私の刀でもっ!」


 「それを受け取る訳には参らぬ。刀は武士にとって心意気。命と変わらぬ物にござる。易々と他人の手に渡してはなりませぬぞ」


 その心意気を置いてきたお前は何だ?

 一瞬、そんな言葉が頭を過ぎった審判であったが、折角の場面に水を差すのは良くないかと思い、そのまま聞かなかった事にして、試合開始の宣言をした。


 「勝利条件が追加された。尾噛の代表は無手で試合に臨む! 武器を手にした時、それは尾噛側の負けである!」


 大歓声が巻き起こる。ただでさえ異例中の異例である一対大多数の試合に、さらに尾噛側自らが不利(ハンデ)を背負ってみせるという、正に世紀の異例試合がここに成立したのだ。


 闘技場に無理矢理引きずり出された元弓兵達は、短刀や刀で武装をしていた。誤射もあり得る弓で戦いをさせる訳にいかない。そういう事らしい。


 命令があり次第、観客席から尾噛の闘者を射よ。

 ……ただそれだけの簡単な仕事であるはずだった。なのに、弓を射た同僚は全員死に、自分達は帝国の役人の手で捕縛され、今ここで死にたくなければ、目の前にある好きな武器を取り、命のやりとりをせよ。そう言われこの闘技場の中央に引きずり出された。


 何もかもがやってられない。ただ自分達は主人の命令に従っただけだ。なぜこの様な見世物に荷担せねばならぬのか。この場にいる兵の大半の顔が、そう雄弁に語っていた。


 「ふて腐れた顔だ。強制的であるにしろ、貴公らはここに立っておるのだ。ここは戦場(いくさば)である。真剣にやらねば、真っ先に死ぬぞ?」


 獰猛な笑みを浮かべ、武蔵は牛頭の兵達に語りかけた。戦場を舐めている様な巫山戯た輩は殺す。自身の運命を嘆くだけの弱い奴も殺す。真剣に己が道を切り開こうとせぬ奴は、惨たらしく殺す。そう言い切った。その凄惨な笑みの意味を感じた者は、肝を充分に冷やした事であろう。



 「いざ、尋常に勝負!」



 武蔵を囲む様に、兵達が散会する。正面から牛頭の武士が駆けた。


 だが、見えない壁があるかの様に、誰もがある間合いに入ると同時に、弾かれて近づくことが出来ないでいた。


 「ぐっ、何だ? ごっ……」


 武蔵はただ、闘技場の中央部に両手を組み佇んでいるだけだ。近づく事ができない兵達は、その周囲をグルグルと回る事しかできなかった。全然試合が動かない事に、観客から罵声が飛ぶ。


 「なんだ? 貴様、まさか魔術師か?」


 「今の動作が見えぬのか? これが見えぬのでは、話にならんな。拙者、拳圧を飛ばしておるだけにござる」


 そう言いながら、今度は武蔵は両手を広げ、ゆっくりと片手ずつ振るって見せた。それと同時に兵が一人ずつ弾かれる様に吹っ飛ぶ。一人はそのままぴくりとも動かなくなり、もう一人は頭部が爆ぜて無くなっていた。


 「ば、バケモノだ……」


 「失敬な。自らの未熟を棚に上げ、鍛錬の成果をバケモノ呼ばわりとは。そんな事では強くなれんぞ。ほれっ」


 さらに腕をもう一振り。今度は兵が二人吹っ飛び、そのまま気絶した。


 「何という凄まじき闘技! その様な技、貴公はどうやって身につけた?」


 牛頭の中堅は瞳を輝かせ、武蔵に問うた。純粋に強さを求める闘者らしき反応に、堅い顔の武蔵もつい笑みを浮かべてしまった。


 「ただの我流にござる。ただ無心に剣を振るい続ける内に、いつの間にか出来る様になっておった。だが、剣はただの剣ではござらぬ。剣とは、全身にて振るうものでござれば」


 だから、ほんの少しだけヒントを。この意味が判る頃には、かの者も今より遙かな高みにあれば良いのだが。武蔵はそう願いながら、拳圧を兵達に向けて放っていた。




誤字脱字あったらごめんなさい。

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