第387話 当主さまの憂鬱
尾噛 真智は、現在微妙な位置に立たされている。
帝国軍の中では、帝国魔導局の長を勤め。
また帝国の中では、帝都”加護志摩”に次ぐ規模の都”倉敷”を治め。宮廷序列で云えば、尾噛家は今や上の中の位置に在る。
……だからこそ。
”魔の尾噛”当主たる真智は今、追い詰められていると云っても過言ではない状況に立たされているのだ。
「……御屋形さま」
「うん、大丈夫。判っているよ」
書類の束から顔を上げ、真智は家宰の声に応える。
十数年前までは、”倉敷”とその周辺は帝国の”果て”であったが。
列島を縦に貫く”国境の壁”は、今や。
豊岡から、明石を結ぶ経路に造られている。
其処は、帝国の直轄領であり、帝国の果てであり……そして、最前線だ。
「……軍への拠出金の催促、かぁ……帝が黙認なさっていると云うことは。ウチは逆らうだけ、損なのだろうね」
家宰は。ただ黙ったまま、静かに頭を垂れるのみだ。
”是”と云うこと、なのだろう。
「なれば、致し方無し。家の蓄えから出してやってくれ。要求額より二割増しにして、ね?」
────ああ、そうそう。間違っても”都”の予算には、手を出させない様に。彼らへの監視は、常に怠らない様にしておいて。
兎に角、今は。
「……隙を見せない様にしておかないと、ね……」
なまじ、初代の”祈”が。優秀過ぎたが故に。
「本来、”二代目”の治世なんて。先代からの継続路線でいれば良いだけの、それこそ、お気楽な仕事……の、筈なのだけれど。ねぇ……?」
尾噛領は、今や全てが堅調。
民は決して飢えることもなく、都は娯楽に満ち。
海魔のもたらす珍品の数々によって、港は活気に満ち溢れ。
「……だからこそ。目を付けられていると云うことなのだけれど……何とも、これは……」
光帝の治世も。すでに半世紀が過ぎた。
「頭が如何に清廉であったとて。土台を為すのは、短命の人間種が主だ。今や当初の理念を忘れ、腐りもする。か……」
帝国の屋台骨を支える貴族階級は。
領地の豊かさよりも。
家の歴史こそが、モノを云う。
光帝の世になり、新たに家の名乗りを赦された貴族家は、20を越えるが。それでも。
「未だ尾噛は。新興の孺子扱い、だからねぇ」
その癖、先代当主は。
数々の功績を讃えられ、皇族と同列の。”紅”まで赦されたのだ。
その功績の中でも、”倉敷”の都は。
「……富栄えれば。その分、富まぬ者からの嫉妬も、より深く濃くなる」
”魔の尾噛”の先代は。
まさに尾噛だった。
敵対者には容赦無く。悉くを殺して退けたのだ。
目の前で嘲れば。その口が二度と回ることの無き様、祈が首を刎ねてみせ。
影で呪えば。祟がその悉くを、術者と首謀者に倍以上にして跳ね返した。
一時期、帝国の貴族家当主の大半が”病死”し、嫡男もまた”不慮の事故”で多くが命を落としたと云うが。それも、彼らが先代夫妻の逆鱗に触れたからだ。
なのに。尾噛家に対し、妨害、挑発行為の数々を繰り返す輩が出て来たのは。
────その恐怖を知らぬ世代が、愈々台頭してきたと云うこだ。
「若しくは、『所詮、二代目だから大丈夫さ』……彼らは、きっと。そう思っているのだろうなぁ」
確かに、母上さまに比べられてしまえば。
真智は、所詮。二代目のボンボンに過ぎぬのだが。
「少なくとも、僕は。尾噛 祈と祟の息子……なのだけれど、なぁ……」
呪術も、魔術も、剣術も。
一通りつかえる。幼少の頃から。そう教育されてきたのに。
「<陰陽寮>の静姉さまに書簡を。”呪殺許可証”の申請だ。其れと、蒼姉さまに”草”の派遣の要請を」
尾噛の繁栄は、そのまま他家からの嫉妬を集める結果となった。
────嫉妬だけなら、勝手にしてろ。
本来は、それだけで済むのだが。
「呪いに、工作に。果ては謀反の捏造までされてしまっては。流石に、僕も……黙ってはいられないなぁ」
尾噛 真智は、現在微妙な位置に立たされている。
影でコソコソしている貴族ども程。相手にしていて面倒この上ない者達は、恐らくいないだろう。
呪いはそのまま跳ね返し。
公金横領の捏造には、工作員を見つけ出し締め上げる。
証拠すら残さぬほどの手練れ相手には。
「呪殺許可証が、モノを云うのさ」
さっさと此の世からのご退場を願う……だけだ。
帝が、全てを黙認なさっている。
つまりは、
『粛正して良し』
────尾噛家の”特権”だ。
「……本当は。静姉さまも、僕も。こういう”荒事”の一切は、嫌なのだけれど。ねぇ?」
今や尾噛の一族は。
分家を含めると、かなりの人数に及ぶ。
「僕の弟や妹、それに孫たちに限定しても。彼らの将来を考えると。そんな甘っチョロい事なんか、云ってられないよ」
だから、此処は心を鬼にして。
過去に、自身の父母がして退けた様に。
「敵対者は、悉く殺す。嘲る者は、惨たらしく殺す」
尾噛家代々伝わる”家訓”を口にして。真智は。
「……ああ。何と因果な家に生まれ落ちたものか。だけれど」
その癖、日々の充足感は。
確かに在るのだから。
「やはり僕も、十二分に。”尾噛”ってこと、なのかな……」
真智は、ただ静かに湯飲みを傾けた。
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