第382話 蒼と龍
また10年単位で飛んでます
鳳蒼は。約140年にも及ぶ長き人生に於いて。
「蒼ねえちゃん。ぼっ、ぼくと。け、けっけっけ……結婚してくださいっ!」
「……はあぁぁっ?!」
晴天の霹靂。
その言葉の意味を、身を以て理解した瞬間だった。
確かに一度……いや、何度も何度も夢見た憬れの言葉ではあったのだが。
まさか。恋い焦がれ続けたその言葉を。
「……龍。何で、アタシなんや?」
「だって、だって……」
漸く滑舌がはっきりし出して。自己の意思が、前面に出て来る様になった童如きに。
下の毛も生えているのか、いないのか。それすらも未だ疑わしき年嵩の小童如きに。
「……龍。取りあえず、待っちゃり」
一瞬、ときめきを覚えてしまった不覚に。内心は頭を抱え、身悶えしつつも。
「うん。待つよっ! 蒼ねえちゃんが良いって云ってくれるまで、ぼく。ずっとずっと待つからっ!!」
「────いや、そうやのうて、やなぁ────」
蒼の頭の中では。山ほど堆積した”言いたい事”の数々が。
(……ダメだ。頭の中で、大渋滞ば引き起こしてやがっとぉ……)
最初に貰った言葉の衝撃が、余りにも強烈過ぎて。
(……歳は取りとうなかモンったい。今更こんなので動揺しとーとか)
軽く自己嫌悪に陥りながら、それでも蒼は。
「ま、良かったい。龍、おまえん気持ち。お婆ちゃんな知っとーとか?」
「ううん、婆ちゃんに云える訳がない。恥ずかしいモン」
龍は。
現尾噛家当主真智の息子であり、次代の”尾噛”。その筆頭候補だ。
そんな大事な身分の人間が。
(アタシみたいな”行かず後家”ば嫁にする、とか。こん子は、もう自分から将来ば棒に振るつもりなんか?)
真智の子の内、長男の龍を筆頭に。次男雷牙と三男の海人は。皆”邪竜の血の証”たる尻尾と角が出てはいるが。
「……あんな、龍。お前は、次ん”尾噛”や……勿論そりゃ理解ばしとーっとよな?」
「うんっ! ぼくは、父ちゃんより立派で強い”尾噛”になるよっ。だからっ!」
ぼくの、お嫁さんに────
────待て、待て、待て。
まるで”待て”が出来ぬ大型犬を目の前にしたかの様な妙な心持ちとなり。
(……つまらん。所詮まだ餓鬼やわ。理屈で言い聞かせる利も、意味も。全然無かったい)
子供相手に。無駄に此方が体力と精神力を消耗し、必死になる意味を見出せなくなった”行かず後家”はと云えば。
「……アッ! 待ってよ、蒼ねえちゃんっ!!」
早々に此の場から逃げ出す事にした。
◇ ◆ ◇
「蒼ちゃん。うちの可愛い孫、泣かせないでよ」
「待って祈。泣きたかとは、こちらん方ったい」
”家”と”稼業”を、一人前となった長男へ譲り。
祈は。この家では”ご隠居さま”と呼ばれる様になって、既に十年以上の年月が経っていた。
今や”倉敷”とその周辺は。
帝国直轄領から、正式に尾噛家へ委譲された。
現当主の真智は。
帝国魔導局局長の地位を、母祈より引き継ぎ。
倉敷の都と、その周辺の土地を治めし”領主”としての役目を、父祟より受け継いだのだ。
「……鳳家ん名は、未だ背負ってはいるばってん。所詮、”行かず後家”んアタシよか。龍ん方が、身分は上やろうばい」
「宮廷序列で云えば。やっぱりまだ蒼ちゃんの方が、私たちよりも上だって」
”武”と”魔”。
どちらの顔の”尾噛”も。今では”帝国の双璧”とまで謳われる程には、強大な力を持つ家となったが。
「帝国ってば。どこまでも家の”歴史”が大事な国、だからねぇ」
「……ウチん家は、無駄に長いだけったい。それ以外に、誇るーもんなんか、なぁんも無か」
先帝から紅に染められし麗糸の羽織り物を個人的に拝領した祈は。
「帝家より”紅”ば赦されたお前だけは。皇族とほぼおんなじ扱いになるっちゃけどなぁ」
「公の席では、必ずアレを身に纏わなきゃならないから。逆に扱いに困るんだけど、ねぇ……下手に汚しちゃったらと思うと、本当に」
息子へ地位を譲り、現役を退いてから。逆に祈は。
「園遊会やら、年賀祝辞の行事やら。やたらと帝都へ招聘されるモンだから、もうね……」
「祈しゃまったら。毎回”忙しいから無理”だなんて。もうそんなバレバレの逃げの口上すら。打つことができなくなっちゃいましたから、ねぇ?」
────お諦めください。
そうピシャリと琥珀に云われてしまえば。
「……最近、祟さまのご体調とか、ちょっとだけ気にかかるから。できれば招待を控えて欲しい。って云うのが本音」
「”先見”ば<朱雀>にキツぅ戒められた”斎王”は。こん場では、もう充てにならん。祈、あんたん方から意思表示せな」
家内のこと一切を。
真智に譲った今ならば。
「……主上、帝都に居を移すのは?」
「私も、一時期それを考えたけれど。祟さまは……ね?」
この世界、この時代。
引っ越しに掛かる、その労力は。まるで現代の比ではない。
「いくら我らには<次元倉庫>と云う”利”があるとは云え……」
「移動は、基本。自身に生えた二つの足。それ頼みですもの、ねぇ」
移るのが、祈たちだけであれば。
<跳躍>すれば、それだけで済む。
「……馴染みの女房たちに、その家族。他にも家人とその家財道具一式も連れて、となると……<海魔>の戦艦一隻で。果たして済みましょうや……?」
「私の知らない間に、勝手に規模が膨大になっていくンだけど?」
「そもそも、それが”貴族”ってモンやけん。諦めんしゃい」
────あんたさんな。もう”貴族”ば名乗る様になってから軽う80年は経つっちゃけん、たいがい慣れれ。
「歳のことは言わないでよ、蒼ちゃん……」
「あんたしゃんよりかアタシのがダメージが大きかっちゃけん、そんくらい我慢しんしゃい」
歳のことを言い出したら。
この中で大絶賛”行かず後家”記録更新中の蒼が一番深い傷を負う羽目になる。
琥珀は、故郷の若い衆から婿を取り。今では一男二女の母だし。
美龍は、幼馴染みが目覚めたのだと、現在は帰省中だ。
「……密かに仲間やて思いよったとに。翠があん様な反則ばするとは。アタシは思うとらんやったけん……」
「”ズル”とは失敬な。うちの種の繁殖方法は、最初から単性生殖でございますので」
如何にも美味そうに饅頭をパクつきながら、<玄武>によって生み出された神造人間は。
「……そろそろ、うちの子たちにも。”名”を、戴けませぬでしょうか、主上?」
「……考えとく。自分ところの子と孫だけで、正直お腹いっぱい過ぎて。今すぐは思い付かない」
「望さまのところのお子さんやら、お付き合いさせて戴いております他の家に。更には分家筋も合わせますと。都合50人分以上のお名前にもなってきますのでぇ……」
「待て、琥珀。ちょっと前、おまえんところん子も。祈にせがんどらんかったっけ?」
「あははは~。ホント嫌ですねぇ、蒼さまったら。その様な細っかい処にまでツッコミなさるのは」
「笑うてごまかすんやなかばい!」
だから”行かず後家”……
そんなNGワードが翠の口から飛び出たところで、蒼はと云えば。一気に萎んだ。
「……蒼さま、申し訳ありませぬ。そこまで思い詰めておいでだとは。朴念仁と良く云われるうちでも……」
「ああ、気にせんでよか。下ん毛も生えとーか解らん子供ん告白ごときで、少しだけときめいた自分の乙女さ加減に、たいがい絶望しとーだけったい」
そこまで自分は結婚願望に凝り固まっていたのかと、深い絶望を覚えると同時に。
『この際ガキでも構わんッ!』
────などと。一瞬でも血迷った考えに染まった情けなさに。
「……別に、わたしは。反対する理由なんか最初からないよ。良いんじゃない? 真智だって、お見合いじゃなかったんだし」
「軽っ!?」
あとは蒼ちゃんの気持ち、だけだと思うな。
「それ以前に、”世間体”とかを先ず……」
「しっ! 翠、貴女は少しお黙りなさいっ!!」
真智の三人の息子の命名者は、勿論俊明さんです。
祈の子たちとの時とは違い、彼らの名称には何の法則性もありません。
……ゲッ○ー? いやいや……
単性生殖は、雄の存在を一切介在せず個体を増やす方法です。
生まれてくる子供は、ほぼ親のクローンとなりますが。
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