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第38話 武士とは



 「たっだいま~☆ ごめんね? 7人全員ぶっ殺し抜きできなかったわぁ」


 自陣に帰ってくるなり、(オーガ)の女は、当たり前の様に恐ろしい台詞を言い放った。


 「おいおい。俺は手加減しろと言った筈だぞ?」


 そんな物騒過ぎた守護霊その3に、俊明は顰め面で応える。


 「ちゃんと手加減してあげたじゃないの。貴方の言った通り、トドメには超初級魔法を使ったでしょうに……」


 「だから、なんでトドメまで刺すんだと……まぁもういいや」


 あちら側が初手から小狡い策を使ってきた以上、目の前にいる鬼女が、殺す事を躊躇しないのは解りきっていた事だ。元より自身に敵対してみせた時点で、確実に殺す事しか考えない奴だ。殺すなと言う方が、無茶であり無理なのだ。


 「で、次はムサシよね。あれにも、手加減しろって言ったの?」


 「当たり前だろ? あの人は、その辺上手くやれる筈だがな。まぁ、相手側が万が一にでも怒らせる様な事したら、逆に一番ヤバい人でもあるンだが……」


 武蔵は、4回繰り返した人生の全てにおいて”剣聖”の号を得た生粋の剣士だ。その手で育て上げた剣士は、それこそ数知れない。当然、人を活かすも殺すも自由自在であり、手加減の達人でもある。


 だが、教師としては厳しく、堅い側面があった。不正に対し断固とした態度で臨むだろう事は、想像に難くない。


 相手側は、マグナリアが危険と判断するや否や、あまりにもダイナミックな不合理な理由で規則をねじ曲げ、簡単に無効試合を仕立て上げてみせたのだ。当然この試合も、決闘の意味と意義を踏み躙る事を平然としてのけるだろう。もしそうなった時、武蔵は確実に暴走する。


 「マグにゃん、ごめんね。いっぱい嫌な思いしたよね? なのに、試合に出てくれて、ありがとね……」


 祈は涙を浮かべ、マグナリアの豊かすぎる胸に飛び込んだ。


 試合の合間合間から漏れ聞こえた、観客席からの恐怖の声に対しての謝罪であった。


 この場に出る事がなければ、嫌な想いをしなかったのに。


 この場に出て。と、彼女にお願いしたのは自分だからと。


 今の祈にできる、自身なりの精一杯の贖罪なのだ。


 マグナリアは、ただ無言で、竜の娘の頭を優しく撫でた。




 「中堅戦。双方の中堅、前へっ!」



 「応さ!」


 「……む」


 牛頭の中堅は、この国のまさに制式装備というべき、具足に身を包み、腰には二振りの業物を、そして手には長江の槍を持ちし武士(もののふ)であった。


 先鋒、次鋒に、マナを確実に確保できれば、部類の強さを誇る魔術師を置き、その二人が万が一敗れるとしたら、考えられる敗因は速攻による一点突破であろう。その相性を考えて、五将に重戦士を。そして次の中堅には、相手がどんな手を打ってきてもそれなりに対応できる様、汎用性のある剣士を置く……牛頭陣営は、しっかりとした戦略に練られた順番を心得ている様だ。


 正々堂々と、決闘に真摯な対応がとれるというのに……何故あの様な姑息で無様な奸計を、当たり前の様に行えるのであろうか?

 武蔵は、牛頭陣営に参加している戦士達が、あまりに不憫に思えてならなかった。



 「双方、勝利条件の提示はあるか?」


 「こちらは、無い。だが、尾噛側のどの様な提案にも、私は応えてみせよう」


 牛頭の武士は、大した人物の様だ。言動だけではない。この男は物腰が真っ直ぐであり、何より目が澄んでいる。あの様な卑劣漢の下で生きるには、あまりに窮屈で、居心地の悪い想いをこの男はしているであろう。

 ……勿体ない。

 と、武蔵は思った。


 「牛頭側はこう言っておるが、尾噛は何かあるか?」


 「そうさな……」


 尾噛の侍は、顎に手を当て、思案する。

 元々「無い」と言う腹づもりであったのだ。だが、相手の真摯な態度に感服してしまった以上、こちらもそれに応え、何かしら案を出すのも一興ではないか? そう思えてしまったのだ。


 どの様な条件が良いかとな、無精髭を撫で付けていた武蔵の脳裏に、警戒の鐘が立て続けに鳴り響いた。観客席の方から、武蔵に向け無数の殺気が放たれているのだ。


 それとは気取られる様に、殺気の方へ視線をそれとなく向けてみる。観客席にある通路に弓を持った人物が幾人も見えた。五将戦の時には、当然その様な人間達は通路にはいなかった。


 (ここまで牛頭(ごず)(ごう)という人物は、愚かであるのか……)


 もしかして、かの御仁は手段の為に目的すら忘れてはおらんか?

 牛頭のあまりの情けなさに、武蔵は笑い声すら上げる気力も沸いてこなかった。いくらでも事実を揉み消す事のできる強大な権力があろうとも、ここでその様な凶行に及んでしまっては、目撃者は観客の全員である。数が多すぎる。完全に黙らせる事などは不可能だ。

 そして、揉み消す権力すらすでに豪自身には無い筈である。そんな事すらアレは解らないのか。


 「審判よ、しばし待たれよ。牛頭の、少し良いか?」


勝利条件はまず置いておこう。まず武蔵は、牛頭の中堅に問いただしてみる事にした。


「貴公は、あの者達を存じておるか? ほれ、あれや、あれ。そして、そこのだ」


 武蔵は、牛頭の剣士に解る様に、客席にいる兵に小さく指を向けてみた。


 「うぬ? あれらは確かに家の者の筈ではあるが……」


 武士に大事な目をしかと備えていた剣士は、遠目からでもそれと解る知人達の顔を見つけ、まさかと思い当たる理由を確認するかの様に、武蔵へ顔を向けた。


 「察しが良いな。貴公は、主人の性格を弁えておる筈。これはそちらの(はかりごと)の一つであろうか? して、貴公は、これを知っておったか? もしそうであるならば、決闘を穢す不届きな輩として、拙者は一切の容赦ができぬのだが……」


 「待て。私はこの様な事は一切預かり知らぬ。帝の名を冠した決闘の席を穢すつもりなぞ、我らには無い。手前勝手ですまぬが、しばし待たれよ。私が話をつけてみせよう」


 慌てる様に、牛頭の中堅が自陣に駆けていった。


 異例続きの両家の決闘で、これまたいつまで経っても始まる事のない中堅戦に、観客席から戸惑いの声が上がり始めていた。




 「貴様、何故に戻ってきた? 決闘から逃げてきたのか?」


 戻ってきた武士を出迎えたのは、主人からの無体な言葉であった。


 「主様、私めはその様な卑怯者ではござりませぬ。正々堂々と、栄光あるこの家の(つわもの)として、あの場に上がりし所存にござりまする。であるが為、私は言わねばなりませぬ。あの場に展開させし弓兵共を退いて下さります様、お願い申し上げまする。あの者達を用いるということは、家名を貶め辱めるだけではござりませぬ。帝の御名すらをも穢しましょう。如いては、我らは卑怯者と後ろ指を指される前に、身を滅ぼすのみにござりますぞ」


 武士の言葉は、全て正論であった。この場は、鳳翔の手によって仕組まれたものではあったが、実際に帝の名において開かれた決闘である。

 ”一対一”と、豪自らが規定した決闘なのだ。

 そこに決闘場の外部から不意打ちを狙った弓兵を置いた時点で、帝の名を穢したも同然であるのだ。そして配した兵の誰か一人でも、尾噛の代表者に向けて矢を放ってしまったら、もう言い訳なぞ立たない。


 「黙れ黙れ黙れっ! どうせここまでやっても、貴様では、あの尾噛のバケモノ共に勝てぬだろうが! だから、我は必勝の策を使ったに過ぎぬわっ!」


 人間を怒らせる一番効率の良い方法は何か?

 その者に向け、正論を吐き続ける事である。これは正に真実である。


 お前の言う事は、全くもって正しい。だからこそ余計に腹正しい……というのだ。


 地下の闘技場で、決闘の順番を待つ者としてこの場に居る……すでに豪は、正気では無いのかも知れない。その様な人物に、ただでさえ怒声を持って迎えられる正論を吐いたところで、絶対に聞き入れられる訳は無いのだ。


 (私は誰が為に、この朱槍を持つのか……何を誇りとして、戦に臨めば良いのか……)


 「是非もなし。では、私は貴方様のご期待に背いて見せましょうぞ。今の言葉、ゆめゆめお忘れなき様」


 武士は大きく溜息をつき、主の説得を断念した。こうなっては、あの者達が動く前に、自身の手で決着を付ける他は無い。ちらと対面した尾噛の中堅は、それを許してはくれぬだろう。主人である豪の言った通り、あれはバケモノだ。

 だが、だからと言って卑怯者になるつもりなぞ、武士には無い。その前に死する覚悟であった。



 「……すまぬ。牛頭は決闘の場を穢した。私では止める事ができぬ」


 自陣からゆっくりと戻ってきた牛頭の中堅が、いきなり尾噛の中堅に深々と頭を下げた。その光景を目の当たりにした観客からどよめきが起こった。


 「……そうか。仕方あるまい。あの御仁を主に持った貴公が、拙者は不憫でならぬよ」


 「すまない。あれでも、私が長年仕えてきた主なのだ。あまり悪く言わないでくれ……」


 真に恥を知る(つわもの)は美しい。牛頭の中堅の言動が、武蔵の美意識の琴線に深く触れた。だからこそ、武蔵はこう言わざるを得なかった。


 「申し訳ござらぬ。今からそんな貴公を辱める言動を、拙者は取らねばならぬ。先に無礼を謝ろう。だが、これは決闘を続ける為にも必要なのでな」


 「……ぬ? どういう……」


 「審判よ、拙者とこの者との試合であるが、拙者は不服だ。一対一では、足りぬ」


 「尾噛の。それはどういう……?」


 武蔵の突然の言に、牛頭の剣士も審判も驚くのみであった。


 「だから、全然足りぬのだ! この様な雑魚一人では、拙者は満足なぞできぬと申しておる。そこらじゅうにほれ、弓を抱えた牛頭の家来共がおろう。この者含め、そいつら全員と一度に死合ってやろうと言っておるのだっ!」


 正しき武士を”雑魚”と評する非礼を、心の中で何度も詫びながら、武蔵は客席の奥にまで聞こえる様に、大きく声を上げた。


 「なっ……なんだとっ!」


 「雑魚は今直ぐ黙るがよい。客席に潜む弓を抱えし(ごみ)共に告ぐ。そんな所でこそこそと隠れておらんと、この場に降りて、拙者と死合いをせぃ。貴様等がただの雑魚でも、集まればまだマシになろうよ。そして今ならまだ、人として殺して進ぜよう。だがそこに隠れたままでおるのであれば、塵に相応しき惨めな最後となろう」


 観客の陰にこそこそ隠れているお前等なぞ、ただの塵だ。そう言われて黙ったままではいられなかった者が何人かいた。傲慢な台詞を吐く無精髭の男めがけ、幾条もの矢が飛来した。


 その全てが無精髭の男の目の前で消たと同時に、観客席のあちこちで悲鳴があがる。席を立ち逃げ惑う客の足元には、頭に深々と矢が刺さった弓兵の骸が転がっていたのだ。



 「そこで野の獣が如く無残な骸を晒すか。大人しく闘技場に降り、戦士として死ぬか……今すぐ選べぃっ!」



 尾噛の中堅の声と行動によって、会場は完全な静寂が訪れた。




誤字脱字あったらごめんなさい。

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