第377話 縁談狂想曲ー再々演ー?????
「祈よ。其方は、何故そこまで怒っておるのだ?」
「愛茉さまったら。本当に、底意地がお悪ぅございまする。あの様なお話は、真っ先に当事者へと教え伝えるべき。そうでございませぬか?」
結局の所はと云うと。
”武の尾噛”断絶の未来を恐れ、遙々”倉敷”にまで乗り込んできた空は。
「……義姉上さまは、此度の”縁談”。然り纏まるまで、滞在する構えを見せておりまする」
「じゃろう、のぉ……じゃが、其方には言い訳の様に聞こえるやも知れぬだろうが。一応此方は、彼の者の”倉敷”行きを止めたのじゃ……」
────まぁ、流石に衝撃的な話だったせいか、此方の忠告に従わなんだ様、じゃがのぉ。
まるで他人事の様に、そう嘯く”斎王”の様子に。祈のこめかみに、一瞬だけ青筋が浮かぶ。
「……ご冗談を。守護神<朱雀>が巫女さまの、最上位の”言霊”。その内容を疑う者なぞ、この帝国内。何処にも居りませぬが故に。如何に我が義姉とて、心穏やかでいられる訳もありますまいて」
『ご自身の”お立場”と、今までの”言動”を。一度くらいは振り返り考えてみろや。おおん?』
今の祈の言葉を意訳すると、大凡この様な内容となる。
『お前の家。このままだと、息子の代で確実に終わるから』
そうきっぱりと云われてしまえば。
母親たる者、冷静でいられる訳も無い。
そんな絶望の直中に在って。解決策と云う一つの光明を、同時に提示されたりでもしたら。
「そりゃ、そうじゃ。当然、藁をも掴もうとする。わなぁ……」
「そのお陰様をもちまして。当家は、要らぬ騒動の火種を抱えたまま。恐々たる日々を、過ごして往かねばならなくなり果てました……」
兄望の”尾噛”へ、可愛い娘たちの中から嫁に出す。
祈もそのこと自体は、特に反対する気も抵抗感も無いつもりだ。だが……
「……先ず、早過ぎる。そうは思われませぬか?」
「う……うむ……」
そもそも、相手の”嫡男”は。漸く分別が付く様になり始めたばかりの、未だ数え3つの男の子に過ぎぬのだ。
その様な子供相手に。
「……”相性”。それを考える以前の。そもそも、始まってすらいないお話ではありますまいか?」
「…………うぐぅ」
大量の涙を必死に堪える親友の様子に、一度だけ深く息を吐いて。祈は追求の手を緩めた。
「……少し、言い過ぎてしまいました。申し訳ありませぬ、愛茉さま」
「いや、此度の一件は。本当に、此方が悪かった……悪かったのじゃあっ!」
堰を切るかの如く、両の眼から止め処なく涙が零れて。とうとう泣き出した愛茉の様子に。
祈は一瞬、どうして良いのか解らなくなるくらい狼狽えてしまった。
「……もうっ、愛茉さまったら。どうか泣き止んでくださいまし……」
出逢った当時に比べたら。
ふたりの目線の位置から。完全に立場が入れ替わり……
(ああクソ、もうっ。慰めるためとは云え、大人の女性を抱き抱える……だなんて。絶望的にできねぇちっさ過ぎる自分の身体が、本当に恨めしいったらっ!)
まさかこの様な事態に在って。
自身の劣等感を、激しく擽られるとは思っていなかっただけに。
成熟した大人の女性の身体へと変貌を遂げつつある愛茉に対し。
(ああもうっ! 色々出てきてるし、何だか凄く柔らかいし。更には良い匂いするしで。本当に羨ましいったらないなぁっ!!)
同じ女性として。祈は敗北感と、深い嫉妬心を覚えた。
◇ ◆ ◇
「……実は、の。あの”神託”を尾噛の室(=空のこと)に告げたのは。完全に此方の独断であったのだ。更にはそのせいで、此方の”先見”の状況が次第に悪化してしもうて……」
<朱雀>の”神託”の内容は。
祈の娘たちの内の、誰かを法斗が娶ることができたならば。
血の限界が近い望の”尾噛”は。邪竜の血を補完し、家は大きく栄えるであろう────そういった内容だ。
「それ自体は。其方の6人在る娘の内、誰でも良かったのじゃが……」
<朱雀>の巫女として、長き研鑽を続けてきた成果が漸く出始めたのか。
近い未来を視る瞳を得るに到った愛茉は。
「未だ此方の”先見”程度では。<朱雀>さまの様に、全てを見通せる訳ではないと云うのに……」
気になる身内の話のせいか。”神託”のその先を、どうしても視てみたくなってしまった愛茉は。
「……其処では、祈の長女、次女と彼方の嫡男が。元気な赤子を抱え、それはもう仲睦まじく過ごしておったのじゃ」
”先見”の内容に安堵しつつも愛茉は。
思わず光帝を通し、四天王たる望へ詳細を伝え。
其処に、血族の存続という光明を見出した空はと云うと。
「……だから、倉敷に義姉さまが法斗を連れてお見えになった、と……」
「うむ」
空が玲と賛との仲に固執していたのは。
「……”神託”では、なかったのですね」
「そうじゃ。その未来は、此方の”先見”の中での話でしかないのじゃ」
一応、愛茉は。そのことを然り伝えたつもりであったのだが。
「……これも。此方の軽率が故のやらかし……であろ。ほんに相済まなんだ」
空の焦燥に。後々になって気付き、少しだけ引っ掛かりを覚えた愛茉は。
本来、<朱雀>からは特に戒められてきた筈の、同じ未来への”先見”を幾度か試みたのだが。
「────何故か。あの時とは違い、どうしても上手くいかなかった」
全く視えない。それこそ、暗闇だった場合は。
未来は、無い。そういうことだ。
「それどころか、祈よ。其方の娘たちの将来も。無ぅなっている未来ばかりが出て来て……」
玲と賛に拒絶されてしまった法斗が。
怒りに任せ、二人を無残に斬り捨てる未来や。
法斗に嫌悪感を抱いているらしき聖の手に依って、法斗が呪い殺されてしまう未来に。
「一番凄惨であったのは……」
今も、法斗に仄かな恋心を寄せている白が、何時しか嫉妬に狂い。
「止める者も居らぬまま。姉共々、全員を……」
祈の留守中を狙い。上級魔術<煉獄>に依って、倉敷の街が炎の海に呑み込まれてしまう未来も、中には在るのだと云う。
「此方は怖く……其方には。どうしても、このことを伝えられのぉなってしもうて。何故か、<朱雀>さまは。何も此方に云うてはくださらぬのじゃ……」
「愛茉さま……」
刻の流れ。
その制約に縛られ、生きてゆかねばならぬ生物にとっては。
先の未来を知る。それ自体が。
(ぶっちゃけ。人として罪なのさ。どうやら<朱雀>の巫女は、好奇心に負けてしまったらしいな。今の彼女は、<朱雀>に依って”最悪の結末”。それしか視えない様にされているのさ)
(……とっしー、それって?)
(────簡単に云ってしまえば。これは、<朱雀>の躾けの一環って奴だろうさ。彼女が焦って未来を視ようと足掻けば足掻くほど。より酷い結末しか出て来なくなる類いの、な?)
ま。一種の呪い、さ。
呪術を極めた者からの言葉であれば。
妙に得心を覚えて祈は。
(……何処までも、私たちってば。周りに振り回されただけって奴かぁ……)
(ああ。望の尾噛が、血の限界を迎えているのは、きっとその通りなンだろうが。お前さんも、何となく薄々は気付いてたンだろ?)
今までの、そう大して長くもない人生を振り返り祈は。
「……ずっと、そんなのばっかだよ。私は」
誰に愚痴を溢せば良いのか。
それすらも解らないまま。ただひとり、ぽつりと呟くだけに留まった。
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