第376話 縁談狂想曲ー再々演ー????
「……我が子ながら。あれは、少しばかり……」
「うん。ありゃ、天然のたらしの素質充分っちゃんねぇ、絶対に」
空の思惑通り、”武の尾噛”嫡男の法斗は。
「初顔合わせ、それ自体は。確かに成功……だったとは、私も思うけれどさぁ」
「うむ。だが、些か……のぅ?」
祟の控えめな懸念に。
祈は軽く頷き。
「……玲さま、賛さまにべったり。法斗様は、まだまだ甘えたい盛りの可愛いお子様なのだと考えれば。確かに特におかしい所は見当たらない、のでしょうけれど……」
「いやいや。幾ら何でも”節穴”だぁヨ琥珀。両の眼を見開いてしっかり視るト良いヨ。あの子、彩、聖、白、啓の四人を、一切視界に入れてナイ処も。さらにハ声を掛けられテモ、完全無視トカ。令人震惊的、態度が露骨過ぎるネ」
まさに大人たちの懸念は。美龍の指摘の通りなのだ。
「……狙ったおんなを堕とすまで一直線……か。法斗、なんて恐ろしい子っ!」
「……祈。そうやって事実無根でウチの子を貶めるの、本当にやめてくれない?」
「いや。こりゃ、誰がどう見たっちゃ事実やろ。諦めて受け入れんしゃい、空姉……」
多少の違和感と、それなりに根が深いだろう懸念は未だ残るが、それでも。
「……まぁ。玲と賛が、まんざらでもない感じなのが。まだ救い……なの、かなぁ?」
「その僅かな救いの為に、引き替えとした”対価”が、余りに大き過ぎるのは流石にどうかと己は思うのだが。なぁ、祈よ?」
玲と賛。
二人の関心を得る為だけに、法斗が支払った対価はと云うと。
「ぶーっ! ねねさまたちばっかり、ずーるーいー」
「……あたし、アイツきらい」
「……(涙を湛えた瞳で、法斗の方をじっと見つめている)」
「……(姉を気遣う様に肩へと手を乗せる)」
彩、聖、白、啓の残りの娘たち4人を。完全に敵に回してしまった点……だろう。
「空ちゃん。私はもうこの話に、反対はしないけれどさ。もし、上の二人がダメだったら、その時点で失敗だから。もう諦めて」
「……致し方なし」
二人の何処に惹かれたのか、それは解らないが。
幼いながらも彼は。既に一人前の男、なのだろう。他の四人の女の子には一切目もくれず、拙いが真っ直ぐ過ぎる猛アタックを繰り返しているのだから。
「……義兄上殿の”尾噛”の為だとはいえ。我らが可愛い娘たちを悲しませてしまわねばならぬと云うのは、やはり少しばかり引っ掛かるわ……」
「未だ白さまも、啓さまも。ご家族以外の同年代の子と遊んだ経験がございません。此度の一件は。その貴重なものに成り得た可能性もありましたものを。まさか、こうなってしまうとは……」
「白にとって。今日はちょっとだけ、苦い経験になっちゃったかなぁ」
山の様に積んだお手玉を、小さな両手に抱えたまま。立ち尽くしていた白は。
一瞬だけ啓と視線を交わし、ふたりして此の場を離れた。
「……すまぬが、祈。ふたりを慰めてやってくれ」
「はい……」
今回の一件で。
男の子に対して、変に苦手意識でも持たれてしまったら。彼女たちの将来に、陰りが出て来てしまうだろう。
あまりに古臭い考えだと、祟も頭では解ってるつもりだが。それでも、貴族の娘の”幸せ”とは。良縁に恵まれる事、この一点で間違いは無いのだ。
「こういう時こそ、”男親”と云うものは。ほんに何処までも無力よな……」
「いいえ。そんなお気遣いができていらっしゃるだけでも。他の有象無象どもよりか幾分はマシでありますかと……」
(……何気に琥珀は、家人らしからん酷かことば云うとっちゃけど。そげんことも気付かん、かぁ……)
多分、この場では。
一番の他人事として、客観的に周りを視ているのは。
(……間違い無く翠、やろうなぁ……)
初級火魔法の<篝火>を用い、煎餅を炙っては。ゴリゴリと小気味良く音を立てて煎餅を貪る同僚の姿を、蒼は羨ましげに見る。
「……この塩煎餅は、うちが早朝から行列に並んでまで買ってきた至高の逸品でございます。如何に蒼様のお召しでありましても、一欠片も差し上げるつもりなぞございませんので。そこの処は悪しからず」
「……うん、やっぱり。コイツにとっちゃ、完全に他人事やったわ」
◇ ◆ ◇
「やはり、奴には。絶対に、可愛い娘たちをくれてやるわけにはいかぬっ!!」
深夜になってから。
急に祟は。天井に向かい、大きく咆えた。
「……と。男親として、一度は云ってみたかった憬れの言葉……その筈、だったのだが、のぉ」
「祟さま。今の刻を、少しはお考えになってくださいませ。家人たちが驚き飛び起きてしまいますよ」
────おお、すまぬ。
結局、此度の”武の尾噛”との縁談。それ自体は。
「一応、話し合いを継続……か」
「現状、そう書いて”先送り”と読む方が、恐らくは正解。なのでございましょうが」
遠い未来をも見通す<朱雀>の巫女たる”斎王”の神託が在る以上は。
「空ちゃんは、絶対に諦めない。そう思います」
「で、あろうな。己も、”お前の代で血族が断絶する”そう云われてしまえば。絶対に冷静ではいられぬだろうよ」
祈の中に棲む”邪竜の太刀”の権能があれば、望の方の”尾噛”たちの身体も弄れるのではないか?
そう邪竜本人に尋ねてみたのだが。
『不可為り。彼奴の中には、すでに我と同質の、しかし異なるモノが潜んでおるが故に』
”贋作”として造った、新たなる”証の太刀”は。
俊明が全力全開で趣味に走り、限り無く本物に近付け過ぎたが故に。
「……彼方の証の太刀が、兄さまの代の内に自我に目覚めぬ限りは。この方法しか残されていない、のだそうで……」
「……難儀なことだの」
逆を云えば、もうひとつの証の太刀に在る邪竜が、出てさえこれば。
「……待て、祈。歴代の”尾噛”を思い出してみるがよい。初代駆流以外は、誰も邪竜どのに認められてはおらぬのだぞ?」
「……そうでした」
正確に云えば、祈自身も。
”勘違い”で勝手に入り込まれ、更には肉体改造をされた。それだけであるに過ぎず。
「私も。未だ太刀には認められておりませなんだ」
「……であろ? そも”尾噛”と全くの無縁であった筈の己なんぞは、何故ここまで気に入られたのやら。見当も付かぬわ」
愛する者と結ばれる。
そのためだけに、短命の人間種として生まれ変わるしか方法が無かった祟は。
「そのお陰で、こうしてお前と近い時間を生きる幸運を手に入れることができたのだが」
「……お気付き、でございましたか」
あくまでも、人間種の身体でいるよりかは、今の身体の方がより近い。それだけに過ぎず。
「……恐らく己は。最低でも、お前より100年は。早く往くことになるであろうの」
「…………」
20年近くも、同じ刻を生きてきたふたりは。
しかし、既に。明確なズレを覚える様になっていたのだ。
「だが。今はまず、玲と賛の方。であろ」
「……はい」
祈は後で、それとなく二人に訊いてみたのだが。
「……あのふたりにとっての法斗は。完全に”愛玩動物”の、それでございました……」
「……で、あろうな……」
数え9つの子の感性での、数え3つの子なんぞは。
「それでもまだ、幾分かはマシ。そう思うておらねばならぬだろうて。あのふたりに子守の経験があればこそ、まだこの程度で済んでおるのだ」
これが真ん中の双子。彩や聖では、きっとまた結果が異なっていた筈だ。
「同年代の子を知らぬ白は、特に興味を持っておった様だが。実は云うとな、今回の一件。己は逆に良かったと思うておる」
「それは何故、でございましょうか?」
同年代であれば。直に打ち解け、仲良くなれるだろう。
「だが、もし。一度でも、仲違いしてしまったら?」
「えぇ……?」
友達になれれば。もし喧嘩をしても、すぐに仲直りできるはず────それが”友達”なのだから。
一瞬、祈は。祟の言葉の真意が判らなかったが。
「抑もの話だ。尾噛の荘と、此処”倉敷”の位置を、先ず考えよ。一度の仲違いが、一生の決別へと発展してしまう可能性は、どうしても否定できぬのだ」
”生きる場”という距離の開きは、そのまま明確な障害となり。
「果ては。二度とは消せぬ”心の疵”にも為りかねぬ」
────間の悪い己の、実経験に基づいた”可能性”である。
実際、間が悪過ぎた彼に、そうと断言されてしまえば。祈は否定する材料を全く持っていないのだ。
「だから己は。義姉上殿の云う通り、玲と賛で良かった。そう思うておるのだ」
確かに。そこを踏まえた”神託”なのかも知れない。
祈の中に、ストンと降りてきたこの得心は。
「まぁ、だが。我らが可愛い娘たちは、絶対にやらんっ!」
「……本当に。貴方さまは……」
────本当に。面倒臭い御方。
何処までも柔らかい祟の優しさに。祈はただ身体を委ねる。
「……なんてな。そも己も。本来お前を得る為、義父上殿と殴り合いでもせねば為らなかったのだから。この様な台詞は、決して口が裂けても言える訳も無いのだがな。先代”尾噛”は武神と呼ばれ、周りからも畏れられておったのだから。もやしの如き己では到底……」
「ああ。そのことでございますか。もし仮に。先代が今も存命でありましたら、是非私自らの手で。全力のワンパンをくれてやりましたので、ご安心を♡」
生まれ出でてからの、延々と積み重ねてきた怨みと、鬱憤を込めて。
全力で。力一杯音高く。
「……祈よ」
「はい、祟さま」
「……此からも、幸せな家庭を築いて往こう、の?」
「はい♡」
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