第374話 縁談狂想曲ー再々演ー??
「……本当に、もう……先触れもお出しにならず、とは。如何にお義姉さまでありましても。これでは、擁護の為様がありません」
「ごめん。つい……」
まさか返信の文面を考えている間に。
送り主自らが”倉敷”に参ってくるとは。完全に此方の予想を超えてきた義姉の行動力には。
「……空ちゃん。そんなに不安、なの?」
「否定はしない。それも確かにあるのだから。でもね、聞いて祈。一番の問題は、”お義母さま”、なの」
「……は?」
空の指す”義母”とは、望の母。つまりは布勢のことで間違い無いはずだ。
先代”尾噛”たる垰には、布勢の他に二人の側室が居たのだが、その二人とも垰戦死の報が来た時に、早々に実家へと戻っている。
布勢は当代”尾噛”望の実母ではあるが。
領地経営に関心が薄かった垰の目を盗んでは、浪費の限りを尽くし。呪術師を幾人も喚び寄せて祈の母、祀梨を呪殺させた元凶でもある。
更には、それに気をよくし、味を占めた布勢は。
祈をも排除しようと、様々な画策をしては。憐れその犠牲となった家人は数多にも及ぶ。
当然、そのことを知る望は。実母であろうが……
「……あの人には、何の権限も。それこそ、今日を生きることだけしか赦されていないのに?」
「……尾噛の家ではそうだったのだけれど。今は、ご実家に」
「……ああ。そういうこと」
如何に次代”尾噛”を産んだとはいえ。
布勢は色々とやり過ぎた。
多少の我が儘や贅沢ならば、笑って赦される。その程度の財力は、尾噛は持っている。
だが、帝国法でも強く戒められている”他者を呪う”と云う、その行為の一切と。
保身の為とはいえ、他者を平気で殺せる歪んだ精神構造そのものが。
「実母だからこそ。望さまは、あの御方を強く嫌悪なさっておられた。だが、身内の恥である以上、決してそれを外には出す訳にはいかない」
そう。
布勢と云う存在それ自体が。謂わば身内の恥であり、尾噛の恥部そのものなのだ。
だからこそ────
「なんで兄さまは、そんなのを。”小田切”に戻しちゃったのさ?」
祈はそこが解せない。
本来であれば、死ぬまで幽閉するか。もしくは────
「真っ先に消してしまって、然るべきなのに」
祈は、布勢に対し。祀梨を殺された明確な怨みがある。これくらいは云う権利があるだろう。
「祈の気持ちは解る……なんて。わたくしが軽々しく口にしてはいけないとは思う。けれど……」
────望さまを。”当代の尾噛”を、決して”親殺し”にしたくはなかった。
これは、尾噛の総意でもある。
布勢の数々の”悪行”は。
見て見ぬ振りをした時点で。尾噛の家人全てが”共犯”であるも同然なのだ。
「────その自覚を、皆が持っている以上。尚更、ご当主の手は、汚させる訳にいかなった」
「…………」
被害者面してのうのうと生きることもできただろうに。
態々、皆が生き辛い選択をするのが、実に”尾噛”らしい。
「だから、”幽閉”。自らの罪を監視する役目は。誰に命令されるでもなく、皆がやっていたのだけれど」
「……でもそれは。尾噛の人間にしか通用しない理屈、だよね?」
輿入れの際、布勢は。
幼馴染みでもある女房たちを、数名連れてきている。
「元”草”にしては、詰めが甘かったんやなかかね。空姉?」
「……返す言葉も無い」
長年、監視を続けていれば。
必ず綻びは出て来るだろうし、多少情が移ってもこればかりは仕方がない。
「その隙を突かれ”小田切”へと逃げられてしまったが故の、今回の相談」
「信じられん。まだ数え3つん子ん縁談話に、親族が口出ししてきたっちゃんかっ?!」
蒼は大声を挙げて、何度も信じられんと連呼するが。
祈は、空の焦る理由に、妙に納得できてしまった。
「まぁ、一応法斗くんにとっちゃ、お祖母ちゃんだから、ねぇ……そりゃ。世間的にも口出ししてきて可笑しくないって云うか……」
「……そう。困った事に、小田切は。数え19の姫を、尾噛に嫁にくれてやる。そう言って来ている」
「哎、呀。真正ただのいかず後家のBBAって云うんダヨー、それ」
「これっ、美龍っ。今回、私達に発言権は欠片も無い、と。何度も言い聞かせたでしょうがっ! ……あ。おほほほほほ、私達はこれから地蔵に徹しますので。どうか皆さん、お気になさらず……」
今まで茶坊主に徹することで、何となく此の場に居続けることに成功した琥珀は。
これで完全に居場所を無くした訳だが。茶菓子に誘われふらふらやってきた美龍が。煎餅片手に居座る構えをみせた処で、便乗するつもりらしい。
「……まぁ。数え19の娘なんて”不良在庫”を、上から目線で嫁にくれてやる……だなんて。小田切は、尾噛と戦がしたいのかな?」
「少なくとも。喧嘩を売りたいとは、思っている臭い」
南北を帝国直轄領に抑えつけられ、東は海。
小田切が少しでも勢力を拡げようと思うならば、西の尾噛領しか手を伸ばせないのは。確かに地理上仕方が無いのだろうが。
「……小田切は何故、其処で。領内の開発に力を注ぐと云う、至極真っ当な発想が出て来ないのか。本当に疑問」
「だよ、ねぇ……?」
元々、帝より拝領する以前の尾噛領は。
人の住まうには、あまり適さない荒地だったのだ。更に云えば、そこに邪竜が棲み着き、人々に悪さを繰り返していたのだから。
「流石はケチンボ大帝。そんなところから此処まで豊かな土地に変えてみせたのは。歴代尾噛の並々ならぬ尽力に他ならない」
「……なんか、空姉。知らん間にすごく尾噛贔屓になってやおらんか? 気持ち悪かくらいばい」
「まぁ、でも。空ちゃんも、すっかり尾噛の一員なんだからそれは」
でも、だからと云って……
「……空ちゃん。うちの玲と賛を、今すぐ寄越せ。には、流石にならないと思うんだけれど?」
「いいや、なる。祈は、帝国に於ける”倉敷”の価値を。全然解ってない」
正式に、新都”加護志摩”での新体制が動き出した光帝の陽帝国は。
「此処で、地方領主同士の諍いでも。”内乱”が起こってしまったら困るのは解るけれど……」
「祈のお陰で、尾噛領にも帝国にも。強力な魔導士の部隊が出来上がった。だからこそ、今の小田切に変な動きをされると、余計に不味い」
光帝は。
「新体制が盤石となるまでの暫くの間は。恐らく容赦の一切は、まるで望めない。小田切が焼け野原になるまで、確実にやるだろう」
ただでさえ、現帝の軍は。
魔の森を切り拓き、数々の魔物を駆逐してきた歴戦の勇者たちだ。
その様な豪の者達と、祈の直弟子達が手を組めば────
「他の私兵を持つ地頭達に、要らぬ恐怖心を植え付けてしまう。そうなれば、光帝の治世は。いきなり暗礁へと乗り上げる」
解り易い”見せしめ”として小田切を攻めるにしても。
ある程度の処で、綺麗に幕引きができれば、それで良いのだが。
「縁談に出せる適切な”駒”を、一人もでっち上げることすらできないのに。逆を云えば、そこまで追い詰められているのだ、小田切は」
「────空ちゃん。だから余計に今回の話、”倉敷”との関わりが解らないんだけど?」
そこまで事態が逼迫してしまっているのなら。
「……そのBBあ……いやいや。お姫さまを、尾噛は形だけでも貰っちゃえば良いのに」
「ウチの可愛い息子に、母親ほど歳の離れた醜女を。絶対宛がう訳ないだろうがっ!」
────ああ、やっぱり。本音はそこなんだ?
とは、口が裂けても言える訳も無く。
「……こほん。倉敷は、帝国でも有数の豊かな土地。そこからの支援を取り付けてやるから、少し黙れ。こう云おうと思ってる。つまりは────」
次代当主筆頭候補たる法斗と、”倉敷”との縁組み。これぞ至上。
これで、縁談では下手な横槍も無くなるし。何処も文句は言えない、云わせない。
「八方良しっ」
「……て言うか、空姉にしか利が無か話過ぎて。アタシらにはなんの旨味も無かっちゃけど、そりゃ?」
空には悪いが。
もし、望との間に邪竜の血が現れた子が生まれなかった場合は。
次男言葉か、三男言祝を養子に出すか、もしくは6人の娘達の中から嫁に出そう。そう思ってはいたが。
「……特に、今。ウチの娘から嫁に出す必要、あるのかな?」
「あるっ! だって、このお話。元々は”斎王”愛茉さまからの”ご神託”なのだから」
「「「「────はぁ?」」」」
この時ばかりは。
地蔵たちも思わず声が出てしまったのだが。一体それを誰が責められようか。
「……うちは、ずっとひとり黙っておりましたが?」
「おい、翠。ひとりで饅頭食べすぎやって」
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。
ついでに各種リアクションも一緒に戴けると、今後へより一層の励みとなります。




