第373話 縁談狂想曲ー再々演ー?
「う~ん……」
「……祈しゃま。何をそこまで、難しいお顔をなさっておられるのでしょうか?」
大きく膨らんたお腹を抱えたまま、ひとり唸っていた祈は。
その原因となった本国からの書簡を、無言のまま琥珀に手渡した。取りあえずは、何も言わず目を通せ。そういうことらしい。
「……あ……あら~……」
その内容に、尾噛家の筆頭従者は。
「空さまったら。とうとう力業で押し切ろう。そう云う、おつもりの様ですねぇ……」
「ね-?」
尾噛本家の一切を取り仕切っているのは。
無論、当主望の正室である空だ。
跡継ぎたる”法斗”を迎えるのに、心身共に、長らく苦労を強いられ続けた苦い経験からか。
「……だからって。まだ数え10にも満たないお子さんに許嫁、ですかぁ……」
「そりゃあ。同種族間の婚姻だったら、間違い無く同じ子が出来る訳。なんだろうけれどさぁ……」
真竜人たる望と、天翼人の空は。
異種族間の婚姻の難しさに、散々と苦しめられてきた夫婦だ。
帝国の貴族たる最大の”義務”とは、”後世に血を残す”。この一点だ。
その為には。正室のみならず、側室……つまりは、重婚も認められているのだが。
「そういえば、望さまは……」
「うん。空ちゃんだけ、だねぇ」
尾噛先代の垰は。
祈の母、祀梨と。望の母布勢の他にも。
「……あと二人の側室がいたんだって聞いてる」
「……お父君は。わりとお盛ん、だったのですねぇ……」
正直、あんなのを父だと思いたくもないのだが。それでも、血縁上は歴とした父親で間違いない。
「どうだろ? 私と兄さま以外の直系は、居ない訳だし……」
「……ああ。云われてみましたら、確かに」
最初の男子望を産んだお陰で。
側室ながらも布勢は、家内で絶大な権力を掌握するに至った訳だが。
基本的に、第一子が男の子であれば。次代の当主は決まった様なものである……けれど。
ここで、布勢は側室である。という処に、問題が隠れていたのだ。
もし仮に、後に正室が男子を産んだ場合は。
「……だから、母さまは……」
「……呪殺、でしたか」
逆に、一度でも手にしてしまった絶大なる権力は。
例えそれが。”家内限定”と云う、ちっぽけな”世界”の中であろうと。布勢にとっては、それが全てであったのだから。絶対に守り通さねばならぬ、最後の一線だったのだろう。
「そのせいだと思うんだけど。兄さまが『側室を入れる気は無い』と、そう言い続けてきたのは」
「例え、空さまの胎からお世継ぎが産まれることがない。それが解っていても……ですか」
実際、尾噛直系の血の証を持ち生まれた法斗の、その上の二人の子も男子であったのだが。
「どちらも、尾噛に流るる邪竜の血が出なかったからね。当然、世継ぎにはなれない」
医学が異常なまでに発達した現代の地球とは違い。
この世界、この時代の。根本的な物の考え方はと云えば。
『望む子が産まれてこないのは、全部”胎”が悪いからだっ!』
この一点となる。
周囲からの非難が集中したであろう、空の今までの心労の程を慮るだけで。祈の胸は苦しいまでに締め付けられてしまうのだ。
「……だから余計、なんだろうけれど。でも、だからって……」
「ええっと。それでも、琥珀は。”玲さま、賛さまのご両名を、法斗さまの嫁にくれ。”とは。この要求……流石に、どうかと思うのですけれど?」
同じ邪竜の直系の血が流れている以上。二人の間から産まれ出でる子は、確実に邪竜の血の証が出る、筈だ。
「更に二人も確保すれば、どちらかが男の子を産んでくれる。はず……何とも解り易すぎる。そう申しますか……」
「さらに玲と賛は。双子だから、まず揉めない。そんな空ちゃんの考え方も、透けて見えちゃってるんだよねぇ……」
自身もそうである為か。ある種独特の”双子間だけに通じる物の感じ方”。それを前提にした話の様に、祈は思えてならない。
「まぁ、確かに。お二人とも、好みが共通していらっしゃいますが……」
玲も賛も。
食べ物の好き嫌いから始まり、着物の色や柄。果ては小物に至るまで。
「お陰でウチの家人のみんな。ぱっと見だけじゃ、二人の区別が全然付かないって云うさ……」
「あれ、お二人とも。絶対に態とやってますよぅ」
そんな混乱を密かに楽しんでいる節が、確かに感じられるが。
「まぁ、でも。私も、祟さまも。そういや、ウチの子たちは。全員がちゃんと解るんだよねぇ」
「……私や美龍は、においの違いで何とか。蒼さまは……まぁ……」
『翠だけは。絶対に間違えんところが、本当に腹立つばいっ!』
とは。何故かほぼ毎回、的確に間違える蒼の談だ。
「同じ双子でしたら。”彩”さまや、”聖”さま。”白”さまや、”啓”さまでもよろしいのでは?」
「まぁ、普通に考えたら。そうだよねぇ」
確か、法斗は。
「────むしろ、年齢の面だけで考えれば。同じ数え3つなんだから、白や啓の方が釣り合いが取れて良いと思うんだけど……」
「いや、其処は祈しゃま。それ以前に、数え3つのお子に既に許嫁とか……」
物心が付く以前に、運命付けられているとか。
如何に貴族の家に生まれたからとはいえ、それは流石に可哀想ではないか?
────確かに、散々尾噛の家で苦労した空であれば。嫁姑問題だけは、絶対に無さそうであるが。
どうしても琥珀には、そう思えてならないのだ。
「まぁ、私の場合は。兄さまが居てくれたから、結構好き勝手やれたんだけど。まぁ、貴族間の婚姻なんて。得てしてこんなモンだけど、ねぇ……」
貴族間の婚姻なんて云うモノは。結局、政治的に依るものが、ほぼ理由の大半だ。
望の母”布勢”の実家は、尾噛のすぐ隣に在る”小田切”なのだから。正にそのものだったとも云えるだろう。
「……尾噛は、二代続けて”四天王”を出したから、結果手が出せないだけで。彼処の家は、未だ豊かな尾噛の地を諦めていない」
「この文には。そんな裏の事情も含まれている訳、ですかぁ……」
盤石な体制である今の内に。
更に次代へ繋がるだろう剛き”尾噛”を確保しておきたい。
性急過ぎる文の裏には。そんな空の焦燥を滲ませた”願望”が見え隠れしているのだ。
「……まだ早い。そう言って断るだけなら、簡単にできちゃう訳。なんだけど」
「でも、祈さまは。そうなさらない、のでしょう?」
────まぁね。
元々自分の”実家”の話、でもある訳だし。見捨てるなんて選択肢は、端から祈の中には無い。
何より、倉敷の地を治める”尾噛家”と縁を結びたい帝国貴族は。掃いて捨てるほど存在るのだ。勿体ぶって逆に変なのを引くくらいなら。
「元々の親類に、ウチの可愛い娘たちをあげるのも。悪く無い────気がしてきたぞ」
「でもでも、祈しゃま」
────双子たちは全員。揃いも揃って問題児なのですが、それは?
望の方の”尾噛”の問題を、祈は諸々に挙げ連ねてみせたのだが。
「私ってば。ウチの方の問題を、完全に見ていなかったよ……」
「人間、見たくないモノに関しては。徹底して見ないもの、なんですねぇ……」
『嫁に出しても、恥ずかしくない』
先ずは、その最低限度の教育を施さなければ。そもそも嫁入り、それ以前の話だったか。
「あとあと。祟様とも、ご相談為さらないと」
「ああ、そっちは全然イイや。だって、『娘たちは、絶対にやらんっ!!』 ……って云うのは、目に見えてるからさ」
「……ああ」
────やっぱり夫婦、なんだなぁ。
そう思うだけに留める様、意図的に琥珀は努めることにした。”口は禍の元”であり、何より主は心を読むのだから。
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