第372話 ”倉敷”は本日も平和なり
2025/09/17 設定ノートを見て慌てて第370話を修正。
長女は×礼→○玲です。
9人の子を産んだ祈は。
それでも、また。
「ご懐妊にございまする」
「ほぅ、そうかっ!」
その一報を受け。
尾噛 祟は、一端仕事の手を止めて。大いに喜んでみせた。
(……まーだ、普通に喜べるンだな。こいつは)
(婿どのは。拙者と違い、大変な子煩悩にござるので。いや、しかし。祈どのは、既に人生の大半を婿どのと共に過ごしておられるのに。夫婦仲が余りにも……)
(良過ぎてどこが悪いと云うのかしら? ちょっとだけ、羨ましいなぁって。普通にあたしは思うのだけれど)
「────ご趣味は?」
と聞かれたら。
祟は踏ん反り返るかの様に、大きく胸を張り。自身満々にこう答えるだろう。
「うむっ! 己の趣味は。愛する妻と、愛する子たちよっ!!」
そんな人間だからこそ。
夜泣き、悪戯、周囲の子との諍い……などの、凡そ育児に纏わる、あるある的な諸問題は。
「何時でも、幾らでも来るがよいっ! 己は絶対に。逃げも隠れもせぬわっ!!」
長男真智が、一切手の掛からぬよいこ過ぎたが故に。
「そのすぐ下の双子を筆頭に……ホント。もうね……」
そう女房達が、半ばボロ雑巾と化す休憩時間には。げっそりしながらも影口を囁く位には。
下の子8人は。揃いも揃って問題児だらけだった。
お陰さまで、祟はと云うと。
「己も、随分と鍛えられたわいな。人間、最後は経験こそがモノを云う。先人は偉大なり」
子供たちとの、長年の格闘の末に。
『厳格ながらも、偉大なる父親』
象は。残念ながら維持することは叶わなかった……と、云うよりか。
長女”玲”、次女”賛”を相手に、初手から”甘やかす”などと。凡そ親として間違った対応をしてしまった以上。そもそもが到達し得ない未来図となってしまった訳、なのだが。
それでも、”祟からの言葉”であるならば。子供たちは、大概を素直に聞き入れる。
最低限、そのくらいには。尊敬と親愛の情を持って見てはくれている様だ。
一方、祈はと云うと。
「────まぁ。玲様、賛様とも。まるで借りてきたネコのよう」
(『蛇に睨まれたカエル』……これこそが、正しい表現なンだと。俺ぁ思うんだが)
(……俊明どの。少しでも、御身の頭髪のためを思うのであらば。決して口に出さぬ方が、賢明かと存じまする)
(イノリってば、最近本当に。容赦ってものが無くなったもの、ねぇ……)
育児だけでなく、生きるために負う諸々のストレスは。
しかし、だが確実に。祈の精神を蝕んでいる様だった。
だからこそ、旦那は。
妻のケア、それには。一切の余念が無いのだが。
(ま。逆を言っちまえば、そのせい。なんだろうなぁ……)
(然り。ですが、夫婦円満であるのは。きっと喜ばしきこと、なのででござろうて)
(でも、本当に。10人超えちゃった……わね?)
『現状、祈が多産なのは。全部ハゲが悪い説』
懐妊の報に依り。益々この信憑性が上がってきてしまった様で。
守護霊たちは、何も言葉を発することができなくなっていた。
◇ ◆ ◇
流石に10人目ともなれば。
母胎の方も、すっかり慣れたもので。
「今回、つわりが無かったから。本当に身体が楽だなぁ……」
「真智さまや、玲さまたちの時の祈しゃまは。本当に、見ていられませんでしたよぅ」
生きながら、その魂魄が。直接霊界へと通じているが故なのか。
生来、祈は。内臓が弱く、虚弱体質だ。
そのせいか身長は。4尺1寸(約124cm)辺りで、完全に成長を止めてしまった。
守護霊その2”無精髭の剣聖”荒木場 武蔵に、剣の指南を受ける様になってかなり体質も改善できたのだが、それでも。
低血圧、冷え性に加え。最近は、頭痛にも悩まされている。
「本当に。これさえ無ければ、幾らでも産んでも良いやって。思うんだけれど、ねぇ……」
「個人的に、両の指を超える数は。充分ではないかと思いますけれどぉ……?」
とはいえ、子宝は。天からの授かり物だ。
「態々私たちの元へ来てくれたのだから。しっかり元気で丈夫な子に、産んであげなきゃ」
「……”母は強し”と云う奴なのでしょうか。本当に祈さまは。初めてお会いしたあの日から、随分と逞しくなられて……」
あの日の記憶に比べたら、ふたりとも。見た目は、ほぼ変わっていないと云うのに。
「此ばかりは、ねぇ? どうも<五聖獣>の祝福は。私たちから正常な時間も、一緒に奪ってしまったみたい……」
「そう、ですね……」
人間として生まれ変わり、そこから邪竜の肉体改造によって。
祈と同じ……同じ? 真竜人になった筈の祟とも。
「少しずつ、時がズレてきている気が、するんだよね……」
「最近の静さまを見ていると。祈さまの仰ることが、身を以て実感できます」
元々静はと云えば。
幼少の頃から、その成長を皆で見守っていたのだから。姿が変わっていくのは当たり前。そんな思いが頭を過ぎるのだが。
そもそも、自ら母親役を買って出た祈だって。
あの当時は、数え13の小娘であったのだから。そこまで明確な差は無かった筈だ。
「……ちょっと待って。小さい頃の4つの差ってさ、結構あると思うんだ」
「そうですかぁ? 既に祈さまより握り拳一個分は。当時の静さまの方が大きかったと、琥珀は記憶しておりますが」
────そんな些細な事は、今すぐ全部忘れちまえ。
そう思いはしても。口にも出せないちっぽけ過ぎる自尊心が。余計に祈を惨めに変えた。
「静さまと祈さま、おふたりが並びますと。姉妹ではなく、親娘──この場合は。祈しゃまの方が娘側になる、のですけれど──に見えるのだと、女房の皆々様が」
「うっへ。そんな話、できれば聞きたくなかったなぁ」
ちょっと前までは。
姉妹に見えると周囲から良く云われては。祈も、
『私もまだまだ若いってこと、だよねっ?』
などと、気を良くしたものだが。
「……まさか、さ。見た目の立場まで逆転しちゃってる、とか。もう全然笑えないんだけど」
「でも、実際に。未だに魔導局での、祈しゃまの”影の二つ名”は。変わってないの、ご存じです……よね?」
帝国に所属する魔導士の中では、帝国魔導局局長 尾噛 祈のことを。
『我が麗しの上官どの』
と書いて……
10年後に逢いたい女
ちんちくりん幼女
無い胸ぺったん
と読むのだが。
「……てゆか、私の知らぬ処で。まぁだ、続いていやがったのか。それ……」
「あ、やっべ」
長年の戦友たちに。
琥珀は、脳内で土下座を繰り返した。
階級も上がり、幼き少年だった彼らも。今では後進に路を譲る様に振る舞っていたのに。
「……さて。初心に返って朝の走り込み。全員にやらせてみるかなぁ……? 琥珀。あの中だと、何人が完走できると思う?」
(ひいぃぃぃ。それってば、私にも流れ弾がばっちり飛んで来たって奴だぁ)
琥珀自身、走るのは大した苦でもないが。
少年から青年。そこから今では、中年に差し掛かった彼らでは。
(そんな人たちを追い掛ける、だなんて。流石に可哀想過ぎますぅぅ)
完走できるかも妖しい彼らに。
罰ゲームで、さらに1里(約4km)の追加では。
「別に大丈夫でしょ。『具足を付けろ』だなんて、そこまで言わないでおいてあげるんだからさ」
「流石にそれは。私が全力で阻止しますよぉっ!」
流石にその地獄のメニューでは。普通に死人が出かねない。
こればかりは琥珀でなくても、全力で止めるだろう。
「ま、頑張ってね♡」
だが、この決定だけは。琥珀であっても止めようが無かった。
「”日頃の運動不足の解消”。この名目で、何とかやらせていただきますぅ……」
○俺的備忘録・祈と祟の子たち
長男:真智(12)
次男:言葉(5)
三男:言祝(4)
長女:玲(9)
次女:賛(9)
三女:彩(8)
四女:聖(8)
五女:白(3)
六女:啓(3)
ちなみに、次の子は三つ子……
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