第370話 時の流れに
今回、地名をもじりました。意味無いけど。
「態々この時機に”遷宮”と”退位”を同時に行うとは。帝としては、万難を排し。漸く安堵できたってところ……なのかな?」
「如何に”礎”とやらが大国だったとは云え、頭を失ってしもうた以上は。こうなるのは火を見るより明らかでござった。今後課題が残るとすれば、”辰”は力を付けた。この一点でござろうて」
「……だから、”帝都”はその役目を終える訳、なのでしょう。<新都>は”加護志摩”……だっけ? 海側から攻めるのにも、上陸してから攻めるのにも。攻略する側としたら、これは難渋しそうな地形よね」
列島周辺の地図を眺めながら。
”最凶の呪術師”天地 俊明と。
”無精髭の剣聖”荒木場 武蔵に。
”鬼の大魔導士”マグナリアの。
本来であれば、この世界には一切の関わりを持たぬ。ただの魂魄に過ぎぬ三人が。
何故に。陽帝国を囲む”国際情勢”へ、関心を寄せているのかと云うと。
「……ぶっちゃけ。祈の今後が掛かってるからなぁ……」
「然り。確か、魔導局の筆頭職でありましたな」
「あの子ったら。最近では『辞めたい……』が、もっぱらの口癖よ?」
外海……中央大陸の方の情勢は。今俊明達が語った様に。
”辰”が大陸東側周辺の小国を次々に併合し。列島内部に於いては、”七星”が半分自滅した格好となり。
八幡の都と、その周辺の国々は。幾度も戦火の炎に包まれているのだとも聞く。
そこから少しばかり離れた位置で、着々と力を付けている帝国では。
「戦への備え。これ関して、絶対に手を抜いてはいけない訳だが。それでも……」
「祈どのは、現状私事にて多忙を極めておる様子」
「……そりゃあ、ねぇ……今、何人いたかしら?」
マグナリアの問いに。俊明は両の指を折って数え始め……
「9人だな。静を入れたら、ちょっきり10だ」
「内、数え九つにも満たぬ、丁度手の掛かる時期の子が、現状8人……拙者が祟どのの立場ならば。今頃は旅に出る理由を、必死になって探しておりましょうな」
「……おい、妻帯者。何無責任なこと言ってるのよ」
”イクメン”は。
良き夫として、最低限度の必須条件だ。
「……ま、少なくとも武蔵さんは。”立派な剣士”はいくらでも育てることができても。”自分の子供”を育てるのは……」
「人間。向き不向きと云う、残酷なまでに明確なモノがござりますれば。何十人ともおります我が子どもは。拙者の預かり知らぬ間に、勝手に育ち巣立っておりました」
「……はぁ。それはアンタの奥さんが、必死に頑張った結果でしょうが……ムサシ。アンタに嫁いだ人たちが可哀想だとか、少しは反省したこととか。ないの?」
『────子とは。父の背中を見、勝手に育っていくものだ』
武蔵の最初の人生で。
剣の師と仰いだ当時の侍は、そう言葉少なに語ったものだが。
「……そりゃ、武蔵さん。あんたと同類だっただけさ」
「でしょうなぁ……」
「その程度のふんわりしたので良いのなら。出産経験の無いあたしだって、幾らでも口から出任せ言えるわよ」
嘗て武蔵が生きた世界の、その時代に於いては。
女が家の一切を取り仕切る。
その文化が根付き、それで普通に回っていたのだから。
「……拙者、そのことについて。欠片も疑いはありませなんだ」
「まぁ、仕方無い。結局は、別の世界でのお話……だしなぁ」
「この世界も、結構そんな感じ。じゃない?」
女性の身であるのに関わらず。国の重要機関の頭を任される祈の、”尾噛家”が異常なのであって。
実際は……
「確かに。その分のしわ寄せは、随所に出てくるわな。雇用と云う側面で考えると。祈は、貴族の責任をも確り果たしている訳、だが……」
「育児に掛かるストレスと。仕事にかかり切りのせいで、育児を疎かにしている。その自覚によるストレス……さぁ。果たして、どちらが精神に。より負荷を覚えるもの、なのかしら?」
「然して、其れは。余りにも意地悪過ぎる問いにござろうて……」
だが、少なくとも。
帝国にとって。
今は戦乱に巻き込まれる可能性の薄い、比較的平穏な時期であるのは間違い無い以上。
「軍から離れて、家庭に入りたい。そんな祈の気持ち、解っちまうンだよなぁ……」
「真智どのは。全く手の掛からぬお子でございましたが故に。余計にその想いが強いのでしょうな」
「その次は、立て続けに双子……だったし。ねぇ?」
長女”玲”と、次女”賛”は。現在数え8つを迎え、今が生意気真っ盛りで。ある意味一番手が掛かる。
初の女の子、しかも双子とあって。祟が甘やかし続けた、その結果だとも云えるのだが。
「更に翌年、またまた双子が。じゃあ、なぁ……」
三女の”彩”に、四女の”聖”は。
どちらも凡そ貴族の姫として。あるまじき快活さを見せては。
「身体能力では。すでに一般兵の皆さんを、軽く超えていやがンだよな……」
「確か、このお子ら以降は。受け持った乳母から必ず泣きが入るのだと、もっぱらの噂にて」
「”ハズレくじ”に、”欠片も埋まってない地雷”。あとは……なんだっけ? 取りあえず、今は。なり手が全然いないみたいよ?」
人手が足りぬ。それだけならば、まだ方策はあるのだが。
「要求される能力に、絶望的に満たない。そうなっちゃあ、そりゃ。どうしようもねぇよなぁ……」
「そういえば。<青龍>の眷属の娘御も溢しておりましたな……」
『主さまっ! 美美、分身の術なんテ。そんな複雑なの、覚えてないヨーっ!』
自分の身体は、ひとつだけであって。どう足掻いても割ることなぞできない。双子の面倒を一人で見ろとか、どう考えても不可能だ……そう云いたかったらしいが。
「……<白虎>だったかしら。その子は、ちゃっかり逃げ回っているのよね。不器用に見せていたのは、考えてみたら。振りだったって訳よね……」
それは長年一緒に暮らしていたのだから。祈も薄々感じていたことだ。
「────琥珀。恐ろしい子っ!」
ふと夜中に。そうポツリと呟いた育ての娘の背中を、守護霊達三人は。ずっと覚えていることだろう。
「拙者。夜泣き子をあやすのだけは。もう懲り懲りにござる……」
「……てゆか、トシアキ。これってば、貴方が要らないことを口走ったせいではなくて? たしか、野球チームがどうとか……」
────ぺちんっ。
マグナリアのその一言が。
皮脂でテカる、つるっぱげの額に。閃光が迸った。
「……あっ……ああああっ!」
「……どうやら、今頃気付いたご様子にて。婿どのの持つ”言霊”の太源は、貴方様でござろうて」
「これってば。イノリにはずっと黙っていた方が、やっぱり良いのかしらん?」
次々にハゲに向け致命的な爆弾を投げ付けるおっぱいは。
「あ、あ、あ────あったりまえだるぉぉぉ? もし祈にこのことがバレちまったら。俺の髪の毛が全滅しちまうわっ!」
「果たして、頭髪の被害だけで済みますのやら。拙者、俊明どののお顔は。直ぐにでも忘れてしまいそうでござる」
「え~っと……? この場合、貴方の世界では。両手を合わせて”南無三っ”……って云うのだったかしら?」
────それ、微妙に間違ってるかんな?
そう同僚に、はっきりと云ってやりたかったのだが。俊明は。
「……俺ぁ、今から旅に出る。探さないでくだしあ」
「逃げの一手でござるか。それもまた、由」
「まぁ、魂魄に直接攻撃できるのは。この世界では、あの子だけ。だし……」
『下手すりゃ野球チームのひとつやふたつくらい。アイツら普通にこさえちまいそうだぜ』
もし、何気無く呟いたハゲの言葉が。
世界が此を”言霊”として認識し、発動していたのだと仮定すれば。
祈の胎からは、最低あと9人も。
「……ヤベぇ。マジで俺の魂魄、終わったわ」
今は、できれば。
育児に追われる育ての娘には。
「……云わぬが華。でありましょう、なぁ」
「そりゃあ、ねぇ?」
なるだけ、黙っておくとしよう。
そう心に誓う剣聖と大魔導士だった。
ヤベぇ。
あと4人のお子さんの名前、考えてあげなきゃ……
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