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第37話 無双の終了




 「おい、あの女魔術師二人抜きしたぞ」


 「恐ろしいな。魔法ってのは……」


 「なんて魔法だよ。あんなのが、もしこっちに飛んできたら、きっと俺達もああなるぞ……」


 会場は、完全に冷え切っていた。


 尾噛の女魔術師の繰り出す魔法の威力が、目の肥えた観客ですら今まで見た事の無いものだったからである。


 マグナリアは、間違っても観客席に誤射しない様に、今の試合では上から目標に落ちる命の雫(ライブウォータ)を使い、初戦では目標に到達したら消滅する篝火(トーチ)を使ったのだが、そんな配慮は魔法の素人である観客には、懇切丁寧に説明しないと通用する筈も無い。


 とはいえ、超初級魔法を攻撃に使ったのは、俊明に釘を刺されたというのが一番の理由であったのだが。要するに、マグナリアは拗ねていたのだ。


 観客席から口々に漏れ聞こえる、恐怖と畏れの声は、マグナリアには馴染み深いものであった。


 「ああ。懐かしい声だわ……生前はずっとこんな感じだった。誰にも理解されない。けれど、戦力としてだけは期待されて……」


 だから、常々目の前の敵を殲滅する事だけを考えた。


 殺戮する機械になってしまえば、人々から向けられる恐怖の視線に心が痛まないだろうから。


 「そうやってあなた達は、勝手に怖がってなさいな。あたしの目的は、イノリちゃんを護る事なのだからね」


 今は、家族がいる。魂の兄弟達と、庇護すべき愛しき娘が。


 ────だから、大丈夫。


 目的の為ならば、いくらでも畏れられてやろう。怖がられてやろう。むしろ、率先して恐怖をまき散らしてやるのも良いかも知れない。



 「牛頭、五将前に!」


 「おっ……応っ」


 牛頭の五将は、重甲冑に身を包んだ大男であった。その手には、規格外も甚だしい大きな大きな両手斧があった。この様な得物を振りかぶる膂力があるのか、観客はその異様な姿に息を呑んだ。


 だが、その評価は、相手が規格外の魔術師であるという事を度外視すれば、の話であったが。


 フリーの魔術師相手に、重い鎧で全身を覆った重い武器を抱える戦士が挑む……無謀だ。観客の誰もが思った。


 もし、地面がしっかりとした石畳ならば話は変わるだろう。だが、闘技場(ここ)の地面は、動くと大きく足を取られてしまう砂地なのだ。



 「尾噛側、お前の使う魔法の威力は、観客席に類が及ぶ危険があると判断された。今試合より、魔法を禁ずる」


 「はぁ?」



 審判からマグナリアに告げられた言葉は、会場内にも広く伝えられた。


 俊明と武蔵は、「ああやっぱり」と。


 望と祈含む、会場内の多くの反応は「魔術師に魔法を使うなって、それは”死ね”と言っている様なモンじゃないのか」であった。


 豪は運営の判断に喝采を挙げた。ここでバケモノの女は確実に消える。親類の誰かが裏で手を回した結果なのだろうか。後で礼を言わねばならぬ。



 「納得いきませんっ。抗議してきます!」


 望は今すぐにでも飛んでいきそうな勢いで立ち上がる。だが、それを俊明が止めた。


 「やめとけって。相手がここまで形振り構ってないんだ。何言っても無駄だ、無・駄っ」


 「いや、しかし……」


 納得いかない様子の望に、武蔵も声をかける。


 「ご心配めされるな。あの御仁、無手でも規格外にござれば」


 「え、ホント? ホントにそうなの?」


 「祈、安心して良いぞ。その気になれば、一刻とかからずここに居る人間全員を殴り殺してしまえる。そんな奴だよ、あれは」


 「その言葉を聞いて、安心して良いのかなー?」


 それはそれで、逆に不安しかないんだけど。祈はこの先起こるであろう惨劇を想像してしまっていた。



 「双方、勝利条件の提示はあるか?」


 「無いわ。もう、面倒臭いわねぇ……」


 「こちらも無い。闘技場の掟のみで良かろう」


 闘技場の掟……降参するか、はたまた死ぬか。それ以外の決着は無いという事だ。



 「それでは。いざ、尋常に勝負」


 魔法という武器を禁じられた尾噛の五将に、牛頭の五将が一方的な殺戮を繰り広げる。

 そんな血の予想に、観客の誰もがその未来を期待した。


 だが、そうはならなかった。


 開始の合図と同時に、牛頭の五将は大きな斧を持ち上げた。規格外の大きさだ。それだけで五将の異常さが伝わる程の得物であった。


 だが、彼の見せ場はそれだけだった。


 マグナリアは素早く重甲冑の男に肉薄し、無骨な鉄兜に覆われた頭部を、正面から軽く蹴った。


 ただ、それだけだった。


 牛頭の五将は、マグナリアの蹴りにより、重甲冑に覆われた身体と、鉄兜に覆われた頭部が、ここに永遠の別れを告げた。木の壁に、原型を留める事なく(ひしゃ)げて、真っ赤に染まった鉄兜が突き刺さる。


 マグナリアの行動で、またまた会場は静寂に包まれた。


 魔術師の放ったただの蹴り一発が、重戦士を屠った。その事実をすぐに受け入れられる人間はいなかったということだ。



 「ほら。終わったわよ。ちゃんと魔法使ってないでしょ?」


 「……しょ、勝負あり! 尾噛!!」


 審判の宣言に、右手の拳を突き上げて女魔術師が応えた。



 「その判断に異議あり。尾噛は魔法を使ったと判断する! その証拠に、ただの一撃で肉体を鍛え上げた戦士がやられる訳が無かろう!!」


 4人の男達が観客席で立ち上がった。観客側から試合を確認する主審、副審の集団だという。


 「今試合において、尾噛側は禁止事項を破ったと、我らは判断する。よって尾噛の五将を失格とす。牛頭の五将はすでに死しておる。従って、次試合は双方の中堅戦とする」


 突然の審判団の物言いがつき、五将同士の試合はここに無効となった。


 異例続きの決闘に、闘技場内は騒然となる。座布団を場内に投げ入れる者が、複数人現れた。


 「あらあら。そこまでするぅ? ホント、形振り構ってないのね」



 「ああ、思った通りだ。このままだと、俺達だけで終わらないかもな……」


 「こうなっては、下手に手加減したところで、状況が悪化するだけではござらんか?」



 「かもな。でもやり過ぎは禁止な? 一般の専門職の人達で、もしかしたらギリギリ勝てるかも? 程度の力で頼むぞ」


 「……本当に俊明殿の言葉は判り難い。だが、承知にござる」



 無精髭を撫で付け立ち上がる。


 武蔵は次の試合に備え、身体をほぐす様に大きく伸びをした。



誤字脱字あったらごめんなさい。

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