第369話 列島の南端で
「やはり。新たに都を造ると云うのは、寿命の長き我らであっても。途方も無いと思えるくらいには、時間がかかるものよなぁ。愛茉よ」
「ほんに。我らが盟友の合力無くば、恐らく後10年は余計に掛かったことでありましょう……」
帝国の守り神たる<朱雀>が棲む霊峰を見上げるすぐ側に。
光輝帝より皇太子の指名を受け、次代の名乗りを挙げた一光は。
その指名を受けた際の勅通りに。
新たなる”帝都”を、約15年もの歳月を費やして造成り上げた。
帝共々、中央大陸より摘まみ出されるが如く逃げ出してきた国の上層部どもは。
あまりに急拵えの”帝都”の造りその全てが。内心文句タラタラであっても。
「自分の居場所がこうして確保できただけ。まだマシであろうて……」
帝国の各所で起こった乱を抑える能力も持たず。
また、自ら陣頭に立ち天下を獲る勇気も、気力も無く。
ただ、惰性のみで落ち目の帝国に。コバンザメの如くくっついて海を渡ってきた、だけに過ぎない。その自覚があるだけに。
そして、明確に帝国史には。自嘲気味に記されてしまっている以上は。
表立って云う訳にもいかぬのだ。
そんな無能どもの後ろ暗き想いより、完全に解放された”新都”の規模は。四倍以上もの広大な土地を有している。
海を隔て”斎王”が直轄せし”斎宮”との行き来を円滑に行える様にと、港の構成は遠き”高松”や”倉敷”に習い大型船舶も停泊まれる様に設計されている。
栄え人が集まる勢いに任せ、計画無き無秩序が故の混沌とは一切無縁の。
”坂”の存在がほぼ無く、それでいて縦横無尽に張り巡らされた水路と、規則正しく幅に余裕のある路地により。
新都内の動脈は、一切の詰まりが起こらぬだろう。
「……ただし。何処を向いても同じ景色で、ちょっと慣れた俺たちでも。目印が無ぇと、普通に迷うンだけどな……」
とは。
造成に長く関わった職人たちが、真っ先に挙げた問題点でもある。
各大路地には名称を付け、目印となる店や、役所の窓口を設置することで問題の緩和を計っていく予定だ。
「……それで、戴冠のご予定は?」
「さあな。こればかりは帝に訊ねてくれんと。実は云うと、この<新都>の造成の話も。半分は我の意地であったからのぉ……」
嫉妬心に駈られた、どこぞの貴族どもが。
一番手を出してはならぬ”尾噛”の。しかも、その中でもとびっきりの危険物でもある”魔”の方に、要らぬちょっかいを出して。
「ひとを呪わば穴二つ」
この言葉の真の意味とは、微妙に異なった──しかし、最期を迎える羽目となってしまったのは全く変わらぬのだが──悲惨過ぎる末路を迎えることと相成った一件は。
ただでさえ、200年の長きに渡る停滞に依って。瘴気に淀んだ帝都の空気も。
まさか、魔術だけでなく。呪術にも精通していたとは、誰も思ってもみなかった”魔の尾噛”の手痛い反撃を受け、結果呪われた都となった。
「まさか。”縁起が悪いから、この際都も変えてしまおう”……などとは。何とも、阿呆なことを。奴らめ、民から搾り取った血税を。一体何だと思ぉておるのか」
「ですが、一応は。無駄遣いだと内心思うておったからこそ、あの時計画中止の勅が出たのでありましょう?」
呪いの残滓蔓延る帝都を救ってみせたのは。
同じく、帝都を恐怖のどん底にたたき落とした彼の”尾噛家”の娘なのだから。
「……自作自演。そう云われても仕方の無きことよな。まぁ、徹頭徹尾。彼らは何処までも被害者で在ったに過ぎぬのだが」
「だから、でございましょうか。一光さま? 帝の勅を無視して<新都>の造成を続けたのは……」
────後悔、なさってはおりませなんだか?
不安気に一光を仰ぎ見る愛茉の頬に手を置き、一光は微笑んでみせた。
「まさか。帝都があのままであれば、何れ帝位を継がねばならぬ我は。嫌でも其方から……いやさ、この地より離れなくてはならなかったのだ。であらば、この<新都>計画。その様な好機を逃す理由なぞ、端からあるまいて?」
それに、この経費は。全て我と我の家の資金だ。誰にも。それこそ、帝にも文句なぞ云わせぬわ!
そう堂々と正面から告白されては。
愛茉は、遂に行動に移すことを決めた。
「────であらば、一光さま。帝位と共に、此方も。貰ってくださいませ」
この斎宮に移り住んで以降。
常に態度で、背中で示してはくれる、のだが。
愛茉にとって、一番欲しい言葉。それだけは、一光は今まで全然くれなかったのだ。
くれないのならば。それはもう仕方が無い。
彼はそういう人間なのだ。そう諦めるしかないのだろう。
そう想っていた矢先に。
この様な迂遠過ぎる言葉を、不意討ち気味に頂戴してしまっては。
だが、全てを諦めるつもりなぞ、愛茉にはない。
「此方は。欲しい物を我慢するつもりも、また、幼少のおりより、我慢する様に。との教育も受けてはおりませなんだ。欲しい物は、どうあっても欲しい。此方にとっての一光さまは。その様な御方でございまする」
────ですから。
愛の言葉を。もう一度。
できれば、もうちょっと解り易い奴で。更なる情熱と衝動を込めてくれると、とても嬉しい。
「一光さま。お声に出すのが苦手、そう仰るのでしたら。態度で示してくだすっても、此方は構いませんよ? 貴方さまがいらした時点で。既に人払いは済ませておりますので……」
彼女の護衛兼、侍女の白水 美月は。
こういう時に限って、無駄過ぎるまでに配慮が一々と細かい。
「……ことを起こすなら。できれば、遷都に纏わる一切を済ませてから。我は、そのつもりでおったのだが。我も男よ。こうなれば是非も無し」
────泣いて謝っても。我は、絶対に手を緩めたりせぬぞ?
「望むところでございまする。貴方さまと共に生きてきた此方の時間。ただの人間種であらば。すでに一生涯分に相当しましょう。それこそ、今更にございまする」
この年、陽帝国は。
都の移動を正式に発表し。
年が明けると同時に、新帝 古賀 一光 改め”光帝”が即位することと成った。
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