第368話 その後始末的な話22-2
「なぁ、祈」
「何、とっしー?」
穏やかな午後の日差しを浴びながら。
それでも、秋深きこの頃は。羽織り物をしていないと、少しだけ肌寒さを感じる様にもなってきていて。
ひとり息子の真智はというと、以前と比べ歳相応の活発さを見せる様になっていて。
「若様ったら。なかなかお昼寝をしてくれないのです……」
そう乳母が、頻繁に溢すのだと云う。
だが、最近は。
祈が真智の相手をする様になり。
ひとり大はしゃぎの息子は。
ぷつり、と電池が切れるその時まで。元気いっぱいに、全力で遊ぶ。
今はそんな、間の空いた瞬間だった。
「お前さん。<アイテムボックス>とか。在ったら要るか?」
「えっ。急になにさ……?」
<アイテムボックス>は。
特殊時空術<次元倉庫>開発の大元となった”固有技能”だ。
マグナリアが、自身の所持品を異世界に持ち込む為に。
辞めておけば良いのに態々あの豊満な胸の谷間を、その入り口に固定してみせた例のアレだと、祈は認識している。
「……要らない。てゆか、私じゃ絶望的に谷間が作れないんだから、最初から使えないじゃん」
身体の色々なところに劣等感を抱える祈は。
「そりゃ、あれだけ大きかったらさ。挟んであげたり、ぎゅってしてあげたりできたんだろうけど。申し訳ありませぬ、祟さま……」
「やめてくれ。育ての娘の生々しい夜の事情なんか。俺ぁ聞きたくねぇっての」
親の情事を目の当たりにしてしまうのは。
子供としては何とも衝撃的で、かつ重大なる心的瑕疵となるものだが。
(逆のパターンでも、わりかしくるモンだなぁ……)
ただ、まだ本人の自己申告による言葉でのみの話なので。そのダメージは、比較的軽微ではあるのだが。
「それはまぁ、冗談として。私には<次元倉庫>があるから。特に要らないかな、ってのが本音」
「いや。<次元倉庫>は、出し入れ時に常に一定量の生命力を、必ず支払わなきゃなんねぇ制約があるだろうが。それに、極端にマナが薄い箇所じゃ。抑も展開すらできねぇンだぞ?」
優秀な魔導士であるはずのお前が。それを失念していたらダメだろうが。
魔術に関して本来”門外漢”である筈の俊明から、そう指摘されてしまうと。
「……それを云われると、うん……でもさ、なんで急にそんな話を?」
「いやな、その……元々がさ。例のアイツの持ち物でさ……」
最早名前すらも失念した例の”闖入者”が持っていた<天恵>の数々は。
「まぁ。有り体に言っちまえば、”戦利品”って奴だな。ただ、あの”天使”の神力が大元だからよ。捨てるに捨てれなくて、正直処理に困ってる」
この世界の”概念”の根源たる集合知性体”阿頼耶識”から完全消去したが故に。
「その残滓だとはいえ、神力を放置する訳にゃいかねぇんだ。最悪、封印か地獄送りだな」
文字通りの”神の力”、その一端である以上は。
下手に捨て置いたことによって。そこから何らかの”奇蹟”のひとつでも発現しようものなら。
「この世界で。”天使”が自然発生しちまう可能性も、無きにしも非ずって奴だ。そういった斜め下過ぎる展開だけは、俺は極力避けたいのさ」
「なるほど。とっしーの言いたい事は解った」
最愛の”育ての娘”に、神の力を与えてしまうのは。流石にどうか、と思わないでもないが。それでも俊明は。
(天使の力。その残滓とはいえ、娘の中に”異物”を入れるのに。抵抗が全く無いと云えば、確かに嘘になるが……)
<アイテムボックス>は、数ある”反則”の中でも、ほぼデメリットの無い優良能力のひとつだ。これを得られるのであれば、多少の個人的な不快感なぞ、笑って目を瞑ろう。
しかも、”天使の自然発生の可能性”それ事態は。
(法螺話でも何でもねぇって云う……”世界”ってなぁ、色々と細かい様で。何ともテキトーで、ええ加減なモンだよなぁ……)
より上位の存在に縋り、無心にただ祈る。その純粋な行いは。
────それを肯定せねば、”神の概念”それ自体の全否定へと繋がる。
(無論、その様なこと。全ての上位存在が許容できる訳も無い)
そんな救いを求める人々の、純粋な祈りに呼応する様に。
”サリエル”の神力が、もし動いてしまえば……
(ま、普通に考えれば絶対にあり得んか。本来救済せねばならぬ人間種たちですら。奴にとっては、侮蔑の対象だったんだ)
大半の”神秘的存在”を使役する権能を持った俊明が”天使たち”を極端に嫌い、交神しようとすらしない理由が、まさに此処に在るのだ。
「奴らとは。根本的なところで、そりが合わねぇ。嫌いな奴は、俺ぁ何処までも嫌いだよ!」
と、云うことらしい。
「……でも、やっぱり私は要らない。かな?」
「そっか。俺にできる精一杯の”耳よりなお買い得情報”だったンだけどなぁ……」
確かに、祈には<次元倉庫>もあるし。何より彼女の一番の”得物”は。
『そもそも我がおれば、他に何も要らぬじゃろうがっ!』
その彼女の尻尾に潜んでいるのだから。
例え祈が。拘束された挙げ句、丸裸で戦場に投げ出されようが。
無手で苦しむこと、それだけは絶対に無い筈だ。
「……だったらさ。いい加減、私の言うこと聞いてくんないかなぁ?」
『否、であるっ! 貴様の腕は我を扱うにはまだまだ未熟よ。せめてあの侍から一本を取るくらいの技量になってもらわねば。決して聞けぬ相談よ』
邪竜の設定した”課題”のあまりの難易度の高さに。
祈は途轍もない目眩を覚えた。
10年以上も”剣聖”の直接指導を受けているのにも関わらず。
「ようやく半刻は打ち合える様になった。それだけなのに……」
しかも祈は。武蔵に、未だ手加減されている。その自覚があるのだ。
赤くなったり青くなったりと。
傍から見ている分には、ひとりで喚いているだけにしか見えぬ彼女の姿を眺めながら、俊明は。
「────面倒だ。この際、翠君に全部ブチ込んどいてやるとしよう。ひょっとしなくても半神を超えて、神にまでなっちまうかもなぁ」
もし、そうなった場合。
彼女の生みの親たる<玄武>は、一体何と言うのだろうか?
少しだけ意地悪く、口の端を笑いの形へ歪めながら。
「────ま、この先の”未来”は。想像以上に、混沌だぞ、っと」
未だじゃれ合う祈と邪竜を眺めながら俊明は。
幾つかの”未来”とその”結末”を。
ひとり見通しているかの様に、その眼差しは遙か遠くに在った。
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