第363話 ゆるり皆でBBQ
それは、長閑な昼下がりのことだった。
ほんの少し前までは。
壁の向こう側”七星”の急な侵攻と、そのドサクサに此処”倉敷”の地に紛れ込んできた内偵者の捜索、拿捕やら。
まさか彼方さんから脱落し、自分を売り込んできた裏切り者の対応などなど……
目の回る忙しさのせいで。
ひとり息子真智の世話が、完全に乳母任せの等閑になっていたことに漸く気が付いた母親は愕然とし。
「ほら、祟さま。偶の息抜きは必要でございます」
「いや、祈よ。それは己も判っておるのだが……すまぬが、其処の書類の束の署名と捺印だけは、せめて片付けさせてはくれまいか?」
都の総督と、軍の総括。
どちらも不慮の事故やら不測の事態が突如と発生しては、忽ちに息つく暇も無くなる重要な地位だ。
「ダーメーでーすぅ。毎度、毎度。貴方さまがその様なことを仰っては、筆と印を手放さないのですから、周りも調子に乗って書類の追加を次々と持ってくるのですっ!」
現状の忙しさの無限ループを、せっせと自ら拵えたりするからこうなっているのだ。
そうときっぱり妻から云われてしまえば。
祟は何も反論ができず。
「……判った。今日は此処いらで終わらすとしよう」
「”今日は”ではありませぬっ! もう今週中の執務は、お控えないませ。何の為の官僚なのですかっ、全くもうっ!」
今はまだ”辰”の遠征に随行し、不在の千寿 翠に依る教育の賜物なのか。
此の倉敷の地に於いて。数在る文官の中から、特に反骨心の強い者たちを選抜した彼女は。
「上からの命令を唯々諾々と受けるだけの者には。新しき発想なぞ、決して出てはきませぬので」
そんな凡そ官僚としては使い難い人間を、一体どうやって?
祈の疑問に対して、翠は。
「ここからが、”教育者”の腕の見せ所。と、云うものです。仕上がりを御覧じ在れ」
「……貴女の言葉と、そこに含まれた意味が、全然違って聞こえたのは。私の勘違い、なのかな。かな?」
……そんな翠の訓示の数々を、確り受けた彼らは。
「放っておいても、彼らは常に”最適解”を導き出しまする。むしろ、我々が我武者羅に頑張ってみせたら頑張ったその分だけ。彼らの足を引っ張り、業務が滞るものとお心得なさいませ」
「……そ、それでは。何とも悲しい物言いではないか?」
お前が頑張れば、その分だけ仕事が滞るのだ。
そう断じられてしまっては。祟の今までの仕事の成果を、全部否定された様なものだ。
ましてや、その相手が最愛の妻ともなれば、夫の立場として、此を素直に頷く訳にはいかない。
「哀しい哉、事実にございまする。私も、今し方。ほぼ同じ言葉を部下から投げかけられてしまいましたので……」
「そ、そうか……」
─────優秀過ぎる部下を持つと、こういう哀しい想いをせねば成らぬのか。
二人は、同時に深い溜息を吐いた。
「そうであれば、うむ……折角だし、ゆるりとしようか」
「はい。ゆるりとしましょう♡」
◇ ◆ ◇
ゆるりとするのは、やろうと思えば何時でもできる。
だが、”家族”みんな揃って遊ぼうとすれば。
その時々の時機やら、色々と予定調整が必要になってくるものだ。
そうして祈自身の権力を使ってみせ、強引に調整した結果が現在だ。
「……あのさ、俺。今無性に食いたい物があるんだが」
「うん? 急にどったのさ、とっしー??」
ここ最近。
美龍の部下としても、漸く、
「主さまー。あの男、なんとか使い物になる様になてきたヨー☆彡」
との評価が出るくらいには。
成長著しき弥太郎君が”師”と仰いだ人物達に、色々と問題があって……
「こう頻繁に受肉してっと。生前の欲ってのが、どうしても出てきちまってなぁ……」
「然様。拙者も、俊明どの同様に。生前の感覚を思い出し……こう、煙草を喫みたき衝動が」
「あ。あたしにはそういうの特に無いから。別にイノリは気にしなくて良いわよん♡」
祈の持つ”異能”によって仮の肉体へと受肉を果たした、
”最凶の呪術師”天地 俊明と
”無精髭の剣聖”荒木場 武蔵に
”鬼の大魔導士”マグナリアの三人だ。
「ああ、いくら仮の肉体って云っても。やっぱりその維持には、滋養が欠かせないんだから、そうなっても仕方無い、かぁ」
日々、細々とした陳情の絶えぬ都の業務と。
つい最近に起こった国境付近の大規模な小競り合い、その残務と。
未だ静との縁談を諦めない馬鹿な貴族どもの相手と。
そういった煩わしさの一切から、少しの間だけでも遠ざかろうと。
祟が根を下ろし、苔まで生やしていた執務椅子から強引に引っ剝がし。
娘の静、息子真智との、一家団欒をゆるりと楽しもう。そう決めた祈は。
「……その中に、我らも入ってしまって良かったのでしょうか?」
「ネー? 一応、琥珀も美美も。従者の筈、だのニ」
「良いに決まってるでしょ。貴女たちも、私の大事な”家族”なんだから」
屋敷に庭に、大きな竈を。土魔術で一気に作って。
「こうしてBBQするってのも。確かにオツなモンだなぁ」
「前にとっしーから聞いてからさ。これ、ずっとやってみたかったんだよねぇ」
踊る炎に炙られた魔獣の肉の大きさに目を奪われ。
滴る脂に涎を垂らし、金網の上で焼け焦げるタレの匂いに鼻をヒクつかせる。
「っはぁ~、このニオイとシチュだけで。美美、お櫃一桶はイケちゃうヨー☆」
「貴女って人は。何とも経済的ですよね、美龍。そのままニオイだけで満足なさって下さると、それだけわたしの取り分が自動的に増えますので、非常に助かります」
「……こんな時くらい、喧嘩しないでくんないかなぁ。二人ともさぁ」
「獣肉なんぞは。はて、生前も加味しますと。拙者軽く百年以上振りでござろうか?」
「んじゃ、海鮮なんかはどうだい武蔵さん? ほら、こんなデッケぇ海老なんか。たぶん、倍以上ぶりになンじゃねーの?」
「へえ。トシアキ、貴方ってば料理なんかできたのね」
────飯マズのお前さんに比べたら、誰だって。
思わずそんな言葉が出て来そうになって。俊明は慌てて呑み込んだ。
(ヤッベ。もう少しで仮の肉体ごと死ぬとこだった……)
折角、自分の念願叶ってのBBQ大会だと云うのに。
そんなつまらぬことが”死因”となっては。
「ん、んじゃあ。今から俺がずっと食いたかったモン作ってやっから。見てろよ、皆?」
「あん♡」
大きな寸胴鍋を、マグナリアの胸の谷間から引っ張り出して。
「……そういやさ。とっしー」
「なんだ、祈?」
────ね、ね。何を作るの?
俊明が心待ちにしていた質問とは全く異なる言葉と。そのトーンに。
「何時の間に、マグにゃんの胸に触れるのに。何の抵抗も無くなってんのさ?」
「んごぉっ」
育ての娘の口から出て来た、完全なる”不意討ち”に。
俊明の身は、一瞬で固まった。
「……イノリ。そんなもの、貴女ならもう判るでしょうに?」
「あっ、こら。マグナリアっ!」
「そっかー! マグにゃんにもようやく……」
「待て、祈。待ってくだしあ」
頬を赤らめ身悶える鬼女と、激しく狼狽えるハゲと。
それを囃し立てる幼女の組み合わせは。
傍から見て、何も事情を知らぬ者たちには。きっと違和感しか無い衝撃映像となっただろう。
「其れはもう良ぉござる。然して俊明どのが食したくて止まぬと云うモノ。早く披露してくださらぬか?」
「(助かったぜ、ナイスだ武蔵さん!)諸説はあるが。俺の世界に於ける最強の庶民の味と云えば。ずばり”カレー”だっ!!」
「「「「「カレー?」」」」」
今まで、まるで聞いたことのない単語に。
この世界で生を受けた、祟、祈、静、琥珀、美龍の頭部は。大きく斜めへと傾いた。
「ああ。この世界にゃまだ無い料理だから、その反応は仕方無ぇだろな。一応、材料は全部”倉敷”の中だけで揃うんだが」
<海魔衆>の戦艦の性能があってこその成果なのだが。
倉敷の都では。様々な交易の品が陸揚げされている。
その中でも、特に香辛料の類いなどは。
此の世界、此の時代に於いては。黄金一粒にも等しき高い価値の物も沢山あるが。
「いやぁ。特にコイツらの存在を知ってからというもの。どうしてもな……」
特に香辛料の調合ともなると。
此にハマる男子はかなり多い。
「オタクってなぁ。その性質上、凝り性ばっかなんだ。思い描いていた材料が揃うとなれば、どうしても周りに披露したくなっちまうのさ」
それが、”この世界”にはまだ無い料理ともなれば────
「てか、異世界転生モノの鉄板ネタって奴だ。堪能させてくれ」
「────はぁ?」
ハゲの言いたい事は、何となく解ったが。
皆、言ってる事自体は全然判らなかった。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
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