第362話 七星の国の”上様”
「……うん。やっぱダメだったかぁ。流石、当たり前の様に魔術を持つ国ってのは、本当に強いなぁっ」
軍管からの報告を聞き流して。
”七星 久太郎”は、さも可笑しそうに大口を開けて笑い転げる。
「……しっかし。この世界のお酒ってば、本当に不味いったらないなぁ。せめて葡萄酒くらいは用意しとけと……えっ、そんな酒は知らない? そっかぁー☆」
腹を抱え笑う。その合間、合間に。彼は徳利を傾けては、清酒を胃へと流し込んだ。
その姿は、味や香りを楽しむのではなく。只単に、酔うことだけを主目的とするかの様に、軍官の目には映った。
(此度は。我らにとって歴史的大敗であった以上、”上様”も現実を直視なさるには。堪えられなかったのであろうか……だが、しかし)
嘗ては辺境の荒れ地、そのひとつに過ぎなかった名も無き荘園から端を発し。
今では、一族の家名を冠する国を興すまでに到った天才は。
「ま、でも。これで向こう側のことは、大体判った。今度は、もうちょっと彼らを苦しめてやるとしようか」
空になった徳利をひっくり返し、零れ落ちる雫を舐めとりながら。不敵な笑みを浮かべ。
「お姉さ~ん、お酒尽きちゃった。追加よろしくぅ☆ ああ、それと何か肴も幾つか欲しいなぁ。しょっぱい系」
そんな軍官の内心なぞ、我関せずだとばかりに。
久太郎は、完全に今を楽しむが如く振る舞ってみせた
「守護天使さまは、この世界からいなくなっちゃったけれど。彼。元々、ぼくとって目障りな存在だったし……むしろ、アレコレ指図してくる邪魔者不在の今の方が、好き勝手できて調子良いくらいだ☆」
彼にとって”目の上のたんこぶ”が、知らぬ間に消えてくれたのだから。
これを絶好の好機と取らず、何を想えと云うのか。
「便利な<天恵>と引き替えに。一々行動を指図されては、全くの自由も。プライバシーも糞も無かったンだもんなぁ……」
選択の自由、その一切を与えられず。
何らかの決定的な判断が必要であろう、重要な分岐点に差し掛かると。其処に必ず降臨してきやがる守護天使。
攻略本片手にAVGを、強制プレイさせられているかの様な。奇妙な不快感と。
自身の意思が其処に介在する必要は、一切無く。
それどころか、不要だとまで断じられる始末では。
「だったら、お前がぼくの身体を乗っ取れば良いじゃんか。その間、ぼくは寝てるからさぁ」
無駄だと知りつつも。
何度も繰り返してきたこの抗議に対しての、”豚野郎”からの返答はこうだ。
『否である。あくまで主は、教え導く存在。その導きに盲目的に従うこと。それこそが、人が生きる幸せであるのです』
つまりは。
「俺の言う通りに、死ぬまで動け。それ以外は決して赦さない」
こんな奴の甘言に、まんまと唆されて。
ノコノコと。こんな”異世界”に転生してこなければ良かった────
それからの久太郎は。
考えることを、完全に諦めた。
見た目だけは神々しき”豚”の口から転び出て来る命令と云う名の”お導き”を、ただ黙々と遂行していけば。
ふと気が付くと、彼を頂点とする一大国家が。列島の主要街道のその中枢に出来上がっていたのだ。
「我慢の時間は終わった。此からは反則を駆使して。ぼくの手による、日本統一物語が、はっじまるよ~♡」
”八幡”の地は。
嘗ては、周辺国家を恐怖で縛り付けていた”魔王”が君臨していた国の、その首都だった。
その”魔王”が潰えて以降、幾度も戦渦に襲われてきたが。
「折角、SLGでも、こんな反則級に商業値がカンストしてても全然おかしくない恵まれた土地に本拠を構えられたんだから。頑張っていかなきゃ勿体無い」
生前、信長○野望とかの戦記モノをあまりプレイしてはこなかったが。
それでも、ゲーマーとしての基礎知識は、一応持ち合わせているつもりだ。
「あの豚野郎の他に、”天使”が……あと7人? 柱? ……面倒だから、この際”人”でいいか……”その他”の7人が何も言ってこないんだから、もう好き勝手この世界で遊んでも、お咎め無いってことだよなっ!」
そう想えば。
今までは、灰色一色で塗り固められていたつまらぬ世界が。
久太郎の瞳には、一気に輝いて見えてくるのだから。本当に人間と云う奴は、何処までも自分勝手な生き物なのだろう。
「これまで通り。ぼくは何一つ、傷付くことはない。なんたって”上様”だからね。ただ、ゲームとの唯一の違いは、”リセットボタンが存在しない”。それだけかなぁ……?」
この世界で。彼が”久太郎”として生まれ出でてから、すでに二十年近くの時が既に過ぎているのだが。
どうやら、中学生の頃で止まってしまった”前世”の記憶に、今世の精神が引っ張られている様で。
「どうせ、こんなトンチキな世界。設定からしてゲームと変わらないんだ。逆に、死んだらやり直しができる可能性だってあるかも?」
ただ、もう一度死ぬほど痛い思いをするのだけは、正直勘弁願いたい。
その一心だけで、久太郎は。
”死に戻り”
の実証実験は、行っていない。
あの豚野郎が云うには。数在る<天恵>の中のひとつ、らしいのだが。
「一応、<千里眼>と<鑑定>は問題無く使えたんだし。ここは、あの豚の言葉を信じるしかないかぁ」
あの守護天使さまが目指していた様に。
久太郎は、『神の国』なんぞを創るつもりなぞ、さらさら無い。
「むしろ、ぼくが神様だっ!」
くらいに思っているのだから。
だからこそ。
「”帝国”、かぁ……帝国なんて。昔から物語では悪モンだと相場が決まってるんだから。ぼくが倒してあげなきゃ、絶対ダメだろうな☆」
彼の発したこの独り言を。もし、帝国人の誰かが耳にでもしようものなら。
場合に依っては、殴り合いの喧嘩が始まってもおかしくないだろう。
「ねー、ちょっとお姉さ~ん。お酒とおつまみ、まだぁ?」
不味い酒であっても。
気分を高揚めるには。酒精が重要な役割を果たす。
「……ああそうか、葡萄酒が呑みたいンなら。ぼく自身が、原住民に作り方を優しく教えてやれば良いんだ……」
それ以前の話。
列島に葡萄という果物自体が存在するのかすら、彼は何も知らぬと云うのに。
地球の日本に於いては。
奈良時代頃に、使者が大陸から種と苗木を持ち帰ってきたとされているのだが。
この世界の列島での事情は。それが史実通りなのかどうかまでは、定かでは無い。
ただ、今の久太郎の発したこの独り言で。
彼が、この世界の住人をどう思っているのかは。充分にご理解戴けたことだろう。
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