第360話 ”くノ一”の面接
「八咫さま。其方が?」
「ああ。ええと……」
「仲間内では”霧”で通っております。わたくしめのことは、そうお呼び下さいませ。元より本名なぞありませぬ故……」
<鳴門衆>の頭領、宝栄が連れてきた七星の国の”草”は。
(黒目、黒髪……典型的な列島固有の人間種……特にこれと云った特徴も見当たらず、その立ち振る舞いからは、何も危険なにおいを感じない。霊気から上位霊の影響も見当たらなければ、放たれる霊圧も所詮人並み……と)
”霧”を一目視て、祈は。
(その内のたったひとりを視ただけで、こう判断するのは。流石に早計なのかも知れないけれど……)
まるで自分自身に言い聞かせるかの様に。一旦、前置きを入れてから。
(”七星”、恐るるに値せず。と云った処……かなぁ?)
碌な装備も持たず、それこそ無手のみで”国境の壁”を超えて、此処”倉敷”の都にまでやってきたその技量と、根性だけは。
素直に賞賛してやっても良いのだろうが。
「倉敷の地で、”仕事”が欲しい。と、そう仰っていらした……そうですが?」
「御意にございます。所詮、”くノ一”などは。祖国では、捨て石の代名詞。他に何の取り柄も無い以上は。此の地でわたくしめの技量を買っていただけるのは、貴女様だけと。そう其処な御方から……」
”霧”は。
帝国の、倉敷の”草”として働きたい。そう云うのだが。
(彼女の技量、それ自体もそうなのだけど。それ以外に色々と不安と云うか、違和感が……)
一瞬、宝栄へと向けた彼女の視線の意味と。
『ね、琥珀。彼女のこと、貴女はどう視た?』
『……正直、賛同致しかねます。本音を申しますと、即刻帝都送りにすべきかと……』
今も琥珀へと向けられている”霧”の瞳は。
『明らかに侮蔑を含んだ嫌な視線。彼女の中の何が一体そうさせるのか、理由は全然解らないけれど。でも、少なくとも……』
『アレでは。この”倉敷”では、まともな生活なんか、絶対にできませんよぅ』
繋がれた霊糸の経路によって、瞬時に意思の疎通が為されるふたりは。
”霧”の持つ思想、その根本に。どうしても拭いきれぬ危機感を覚えていた。
この”倉敷”の都は。
内海を挟んだ死国から、わざわざ出稼ぎに来ている人間たちが数多く住んでいるのだから。
『死国の人間種なんて、土佐の人たちくらい。なのにねぇ……』
『そんな彼らも。その内の2割くらいは混血ですし』
彼らを”獣人”と、一纏めに大きく括ってはいるが。
その中でも。
伊予の熊の様に。限り無く獣に近しい外見をした獣人種も、この世に在れば。
『祈さまや、わたしの様に。それだとすぐ判別できる外見上の特徴を隠せば、ほぼ人間種と変わらぬ見た目の種もいて……』
『ああ、多種族ってさ。ホント面倒臭いったらないよねぇ』
『ですが、今後のことを考えますと。彼女ひとりだけで済むお話でも、勿論ありませんしぃ……』
『……なんだよねぇ。仕方無い。琥珀、一旦彼女を貴女に預けるからさ。面倒かもだけど、教育してくんない?』
『ぇー……』
この様なやり取りも。
実際には、瞬きの間にしか過ぎず。
「……解りました。では、”霧”。貴女はこれから正式に”霧”と名乗りなさい。姓を与えるかは、今後の貴女の働き次第です」
それが多少勿体ぶって見えたのか。
”霧”にとっては、全く生きた心地のしない半瞬の静寂だった様で。
「……っ! あ、ありがたき幸せにござりまするっ! 不肖、”霧”。此からは貴女様の”眼”となり、”耳”と成りましょう!」
抑えきれぬ歓喜の笑みに。
”感情を殺せ”との”草”の基本中の基本を、完全に忘れてしまった”霧”を見て。
内心、祈は。
(……やっぱり、ちょっとだけ早まったかな?)
技量は平凡。
精神性は未熟そのもので。
人間種以外に対し、少しだけ偏った危険な思想を持ち。
「琥珀、貴女に”霧”を預けます……使い熟してご覧なさい」
「……はっ」
「なっ?!」
更には、一度故国を裏切った”草”を。
「……やはり、今の言葉は撤回じゃ。”霧”。お前は、此の”倉敷”の地を治めし”地頭”、尾噛家に仕えし資格を、どうやら持ち合わせておらぬ様だ。即刻、去ぬるが良い。さすれば、犬畜生と何ら変わらぬ穢らわしきその生命、見逃してやろうて」
「……え、な……何故……?」
先程まで、温和な笑みを湛えていたはずの”女当主”の態度の急変に。
”霧”は、一瞬何が起こってこうなったのか。
「……はぁ。”霧”、帰るぞ。まだ死にたくなかったら、黙って俺に付いてこい」
混乱と納得収まらぬ”霧”の肩を優しく叩き、宝栄は立ち上がる。
「お頭、済まねぇ。こんなのを連れてきちまった俺の不明が悪ぃんだ」
────だから、この場は。何も言わず、その矛を納めてくれ。
「……良いでしょう。ですが、次はありません。判りましたか?」
倉敷を治めし尾噛家の、その”地頭代”祈に依る、公式の場に於いての、この言葉は。
”地頭”祟の放ちし言葉と、正に同義である。
で、在る以上は。
<鳴門衆>を束ねし頭領。八咫 宝栄は。ただ無言のまま”地頭代”へと頭を下げて。
「ほら、”霧”。立て、今すぐ帰ぇるぞ」
未だ呆然としたままの”くノ一”の袖を無理矢理に引っ張り、その場を辞したのだった。
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