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第36話 マグナリア無双



 場内は、静寂に包まれていた。


 先ほどまで場内にひしめき合っていた異様な興奮と熱気が、まるで嘘の様に鎮まり、冷え切ってしまっていた。


 尾噛の女術士は、あんな小さな<篝火(トーチ)>一つだけで、牛頭の術士の中級攻撃魔法の連打すら一方的に打ち消し、さらには術者をこの世から消し飛ばしたのだ。


 観客の一人が呟く。


 あそこにいる尾噛の術者は、バケモノだ。


 あんなバケモノの放つ魔法が、もしこっちに飛んできたら、俺達は絶対に助からないんじゃないか?


 怖い。恐ろしい……


「……不味いな。あいつ、完全に拗ねてやがらぁ」


 俊明が額をピシャピシャしながら、マグナリアの様子に呆れていた。


 「え? どうしてそう思うの?」


 「他にも色々と魔法が使えた癖に、態々篝火(トーチ)で敵を倒してみせただろ? あれ、観客の受け狙ってやったんだ。『スゲー! 入門魔法で敵を倒すなんて、凄い魔法使いだー!』……って反応を期待してたっぽい。見てみろ、あいつの顔。すんげームクれてら」


 この世に生まれてからずっとの付き合いの祈ですら、今まで見たこと無いまでの膨れっ面をしているのが、この陣内からも良く判ったのだ。


 「まぁ確かに観客も敵側も、今までに無い衝撃を味わった事でござろう。が、さすがにやり過ぎたのでは? この反応は、些か不味かろう」


 無精髭を撫で付けながら、武蔵が陣営内の人間全てに懸念を伝える。


 この一試合だけで、観客にまで恐怖を植え付けてしまったのは、大失敗だといえよう。牛頭贔屓で染められた運営に、介入への絶好の口実を与えた様なものだからだ。


 「それは確かに。でも、マグにゃんって、アレで普通だから、仕方ないんじゃないかなー? もし困った事になっても、みんなでがんばろー」


 副将のほんわかした一声で、場は一気に緩んだ。


 そうだ。あいつにとってアレが平常運転だ。やり過ぎる、やり過ぎないではない。アレで普通。ならば、俺達でフォローするしかない。そういう事だ。


(……あれ? なんか違う気がする……?)


 俊明の脳裏に違和感が過ぎったのは、一瞬だけ。あまり深く考えないのも、きっと処世術だよな……そう割りきる事にした。




 「なんだ、なんなのだ。あのバケモノはっ! 我はあんなバケモノの名なぞ知らぬぞっ!?」


 対する牛頭陣営内では、豪が先の試合光景を目の当たりにし、恐怖に打ち震えていた。


 豪が勝ち抜き戦を選んだのは、まず初戦を制しさえすれば、生き残った術士が試合の始まるまでの間に、会場のマナの支配を確実にできる戦略上の理由からだ。


 そして、試合開始前に、相手の到着をほんの少しの間でも妨害してしまえば、初戦からマナを独占できる。遅刻の罰を理由に、場の支配権のやり直しを許さなければ、後は思うがままにこちらの術士による一方的な虐殺が公然と行える。そう踏んでいた。多少相手が粘っては見せたが、実際に先鋒戦はそれが見事にハマった結果といえよう。


 だが、あそこに立つ女術士は、牛頭側の明確なまでの”ズル”を真正面から、力尽くで砕いてみせたのだ。


 そもそも、ただ灯りを点すだけが目的の火の入門魔法に、人間一人が瞬時に消滅する熱量(カロリー)が、威力が込められていた。などとは。一体誰がそんな与太話を信じようか。


 今日揃えた6人は、豪が現在考え得る、牛頭家の面子の中でも最強の布陣のはずだ。だが、あのバケモノをこのまま自由に好き勝手にさせてしまっては、6人抜きすらやられかねない気がする。もしそうなったら、豪は帝国の規定に則り、あのバケモノ相手に、強制的に対峙させられるのだ。考えただけで、全身が総毛立つ。


「……こうなっては、外の部隊も駆り出すしかあるまい。準備せよと伝えろ」


この手段は、今すぐは間に合わないだろうが、我に届く前には動かせよう。それに期待するしかない。豪は少しでも次の策が実行できる事を強く願った。




「牛頭側、次鋒前へ!」


「応っ」


 牛頭の次鋒も魔術師の様だった。


 マグナリアは、牛頭の次鋒をちらりと見るなり、興味がなさそうに欠伸をした。先鋒より腕が落ちる。警戒要素無しと判断した様だ。


 牛頭の先鋒を駆逐はしたが、マグナリアは積極的に場のマナを支配しなかった。今この会場のマナは、ある程度のマナを施設側が確保しているが、後は完全にフリーの状態だ。


 牛頭の次鋒は、それを訝しんだ。魔術師同士の戦いにおいて、マナの支配を疎かにするなどというのは、絶対にあり得ない事だからだ。


 少しでも隙があれば、支配率を上げ、より確実にする事が戦いの勝敗を決する重要な要素であるからだ。

 それなのに目の前の女は、次の人間が場に降りてくるこの貴重な時間すら、何をする訳でもない、ただ漫然と立っているだけだ。


 (……この(アマ)ぁ、俺を舐めていやがるのか?)


 確かに先鋒を担ったあいつより、俺の方が評価が低い。悔しいがそれは事実だ。

 だが、奴は戦いに有効な火の魔法にのみ長けていただけに過ぎず、術全般では俺の方が上だ……そう次鋒の男は自己評価を下していた。


 (火の魔法にのみ優れていたあいつと、火の系統を少しだけ苦手とした俺。それだけの違いだ。戦えば俺が必ず勝つ筈だったんだ。だから、目の前の女を倒して、俺の方が強いってことを、牛頭の家内全てに示してやる)


 「さっきは凄かった。あんなの初めて見たぞ。あれはどういうカラクリだ?」


 次鋒が気安く語りかけてきた。マグナリアはそんな男を気にするでもなく、気怠げにその問いに答える。


 「カラクリなんか無いわ……あれはあなたが見た通りの、ただの<篝火>。超初級魔法の。それだけよ」


「俄には信じられないな……」


 「信じたくなければそれで良いわ。ただ、あたしにはあなたに嘘を言う利点が奈辺も在りはしない。それだけは理解なさい」


 つまらなそうに、マグナリアは言い捨てた。自身の行いで会場が冷え切った事を、もしかしたら彼女は気にしているのかも知れない。



 「双方、何か勝利条件の提示はあるか?」


 「牛頭側、『火の魔法禁止』を提示する」


 「尾噛側、さっきと同様『一歩でも動いたら負け』そして、牛頭の『火の魔法禁止』を受け入れるわ」


 尾噛の術士は、火の魔法が得意である……そう牛頭の次鋒は推察した。

 あれは<篝火>だった、とそう女は言ったが、牛頭の次鋒はそれを信じていない。あれは、恐らく篝火に見せかけた超魔法<獄炎(ヘルファイア)>なのではないか。そうでなければ、入門魔法であるはずの篝火が、あの様に異常な威力を発揮する訳が無いからだ。


 そして、ここで火の魔法を禁止してしまえば、女の武器を公然と奪える。そう考えた。

 態々その策に女が乗ってくれた事に、牛頭の次鋒は内心胸をなで下ろす。ダメもとで言ってみるもんだと、少し調子に乗ってもいた。


 だが、その推察はとても大きな矛盾が有ることを、牛頭の術士は完全に失念していた。牛頭側の策によって獄炎を作り出す程の膨大なマナを、その時の女術士が確保できる訳が無かったのだということを……


 「牛頭側、尾噛の提案を受けるか?」


 「構わない。どうせ術士同士の戦いなんか、足を止めての魔法の撃ち合いだ」



 勝利条件の追加が会場に伝えられる。


 双方とも条件の提示と受け入れがあるとは、凄いぞと、会場から歓声があがる。



 「いざ、尋常に勝負!」


 「それじゃ、まず足を固定してあげましょう」


 マグナリアが双方の足に地面固定術(アース・バインド)をしかける。これで勝利条件の一つが、あって無い様なものにされたのを、何故先鋒のあいつは抗議しなかったんだろう? 牛頭の次鋒は、がっちりと捕まれ動けなくなった両足の様子を見て、相手の技量に舌を巻きながらも、何とは無しに思ってしまった。


 「では、こちらも行くぞ! <圧縮水流弾(ウォータプレッシャー)>」


 次鋒の男は水系魔法が得意であった。火の魔法に比べると、威力や効率はやや落ちるが、指定範囲の調整に優れ、何より火の魔法と違い『周囲に類が及ぶ事が少ない』という利点がある。


「<大地壁(アースウォール)>」


 男の撃ち出した水の連弾を、マグナリアは砂地から壁を作り出し、全て受けきる。


 「なかなかやるな! <圧縮水流砲ウォータプレッシャーカノン>」


 男が両手を前に突き出すと、まるで水竜を思わせる様な、大きく太い水の奔流がマグナリアの作り出した壁めがけ押し寄せる。


 「無駄よ。その程度じゃ針の先ほども通さないわ」


 男の放った魔法は、水の中級の中でも、かなりの難度と威力を誇るものであるのだが、マグナリアの作り出した壁はそんな魔法に小揺るぎもしない。


 「あなたもあの子と同じ様に、超初級魔法でしとめてあげる。命を育む水の慈悲よ。かの者に降り注ぎ、命の尊さを与えよ……<命の雫(ライブウオータ)>」


 <命の雫>とは、水の入門魔法である。種まき時に使用すると、強い根を張り、病気に強い作物になる。ただそれだけの魔法だ。

 熟練の術士が使用すれば、解毒にも使えるが、決して攻撃魔法に使われる様なそれではない。男は我が耳を疑った。


 なのに、急に背筋が凍る程の不吉な予感を覚え、男は咄嗟に身体を捩った。さっきまで男の頭部があった所に、一滴の雫が通り過ぎる。


 地面に落ちたそれが、見た目からは信じられない程の、とてつもない質量を持った物体が落ちた様な大きな音を立てたのに、男は戦慄を覚えた。


 「あらら。外れちゃったみたい? ああもう。壁が邪魔」


 女は大地壁を自ら消し、男に向けニッコリと微笑む。


 「視界良好。これで全然可愛くないあなたの顔がよく見えるわ。ごきげんよう。そして、さようなら」


 今度は一粒だけではなかった。まるで大雨(スコール)の様に男にめがけ、無数の水の入門魔法が降り注いだのだ。



 男は抵抗する事も逃げる事も、望むことは何一つ叶わなかった。


 牛頭の次鋒の身体が、完全な肉片になるまで、ものの数秒とかからなかった。



誤字脱字あったらごめんなさい。

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