第357話 夫婦とは思えぬ会話
「……敵の思惑が、全然読めぬな」
「用意周到……なのかと思えば、急に行き当たりばったり。確かに、思惑が読めませぬ」
今回捕らえる事ができたのは、”陽動”を任とした部隊、その士官級の人間たちだけだ。
高く聳えた国境の壁を越えてきた部隊、その士官級の人間は。
「……もう。あの娘ったら、本当に……」
「ひとり残らず、文字通りの皆殺し。では、のぉ……やはり、彼奴には。この”倉敷”の平穏なる空気は、元より肌に合わなかった様だの」
<青龍>直系の娘、楊 美龍は。
「中央大陸であれば。並ぶ者無き武辺者となろうに……」
────惜しいな。
男に生まれたからには。
それが腕っ節であったり。剣、または拳であったり……
”武”に憧れ、若さに任せ必死になって身体を鍛える時期が、必ず在るものだ。
「ま。常に要領と間の悪かった己などは、早々に挫折し諦めたクチだがな……」
「まぁっ♡」
だからこそ。
戦場にて無双を果たし、凱旋してきた美龍の武勇と。
眩き憬れを感じる程の、強大過ぎる武力を上手く使いこなせていない自身の無能を、彼は口惜しく思うのだ。
「彼女を御し得なかったのは、元より私の不徳の致すところ。祟さまが悪い訳では、決してございませぬ」
「……いや。少なくとも、此度の一件、その大半は。ほぼ我らの予測の範疇から大きく外れる事はなかったのだから、予め命令してあって然るべきであろうて。『敵高級士官を、必ず捕らえよ』とな」
斥候役を買って出た弥太郎がもたらした、敵の行動は。
「壁を越えた部隊の集合予定位置が、予め定められていたのだと視るべきであろ。で、あれば……」
「内偵者が、すでに……」
そもそもの話。敵にしてみれば、壁を越えたその先は。未知の領域、その筈なのである。
「で、あるにも関わらず。態々こうして侵攻の手を伸ばし、実際に我らに敵対してきたのだから」
「少なくとも、我ら帝国の力。大凡の見当は、付けておりましょうね……」
ただし、周到に練られたのであろうと解る前準備、の割には。
「……攻め込むにしては、どうにも煮え切らぬ。その印象が、己には拭いきれぬのだ」
「ええ。”陽動”を広範囲に、かつ同時多発。其処までは、私も彼らの本気に頷けたものですが……」
此が陽動なのだと、頭で解っていても。
それが広範囲で、かつ同時に行われしまえば。どうしてもその対処に、人員を大きく割かねばならぬ。
「……でな? 此度の一件だが。 彼方は、作戦を成功させる気が端から無かった。己には、そう思えてならぬのよ」
「……え? そこに一体、何の戦術的優位が生まれるのでございましょうか??」
祈の疑問は尤もだ。祟はゆっくり頷きながら、口を開いた。
「お前の指揮し、造り上げたあの”壁”は。凡そ常人如きには、到底理解出来ぬ程に恐ろしきモノであろうて。砦も兼ねる”あの壁”の中に、常駐する兵数は如何程か? そしてあの壁を越える為に、確実に障害となろう敵兵どもを牽制しつつ、どう動いてみせれば効率良く目的を果たせるか? ……ふむ。攻める側、その視点に立って物事を考えてみると。此はかなり”楽しめる”わ」
「何を他人事の様に……ああ」
軍の損耗、それを”他人事”だと、一切を度外視してみれば。
「そも、”試験”の一環であったのだろうて」
「……何とも。ですが、此はあまりに乱暴過ぎる結論ではありませぬか?」
帝国は、壁の守人達に。決して無視出来ぬ程の痛手を被ったのだ。
本国からは遠く、辺境の地に連れてきた魔導士達を総動員してみせたからこそ。戦の範囲、規模の割に。早期に決着が付いた、それだけに過ぎない。
「それに。此度の戦で彼らを捨て石にしてしまえる程、”七星”とは。それほどまでに、兵力に余裕がある国、なのでしょうか?」
兵は……いや、人は。無尽蔵に湧いてくる訳なぞ、ない。
祈のこの指摘は正しい。
「弥太郎の話では。彼の国は、数多の小国を征服し、飢え乾いた腹の内に悉く収めてきたのだと聞く。恐らくは、属国から奴隷同然で集めてきたのであろうよ」
”七星”の国では。
帝国以上に、厳格な身分制度が布かれている、らしい。
当の弥太郎はと云うと。
正式に”七星”の国として成立する以前から、主家に仕えてきた下級武士の家の出、その筈であったが。
「それでも、俺自身は。”斥候”部隊、そのひとり。でしたからね……」
所詮、最下級の武士では。
如何に技量が立とうが。彼らの国の軍部では、”弾除け”その程度の扱いでしかないのだ。
「端から出世の道が無い。此では、民だけでなく官も腐り果てるしかあるまいて……」
「其れは、本当に悲しい話でございますね」
帝国では。
徴兵されたと同時に、戦場で生き残る為の最低限度の剣術、それだけでなく。読み書き計算を、徹底的に叩き込まれる。
此処であっさりと脱落する者は、二度と這い上がる機会が訪れることは無いのだが。
優秀な成績を修めた者は、例え最下級の棄民の出で在ろうとも。高級武官、文官への道が開かれる……その可能性が僅かながらでもあるのだ。
辺境の一兵卒から、四天王の一角へと登り詰めた牙狼 鋼と、その副官として辣腕を振るう鉄の兄弟こそが、正に好例と云えるだろう。
「それを踏まえ。この国に潜みし内偵者どもは。我ら帝国を、どう見ておるのか、のぅ祈や?」
「……何とも、貴方様ときたら。何処までも意地の悪きお人でございまする」
此処”倉敷”の都に住む民は。
少なくとも、雨に濡れ震えることは無い。そして、飢えることも無ければ、寒さで凍えることもない。
弥太郎などに云わせれば。
「此の”都”は。我らが望んだ理想郷、そのものにございます」
だからこそ、彼の国の”上”は。武を嗾けてまで欲したのだろうが。
「先ずは、内偵者を炙り出すとしようか。できれば、ではあるが。敵を良く知る味方が、今どうしても欲しい」
「蒼ちゃん、手下の”草”を、全部持って出て行っちゃったから……ああ、困ったなぁ」
鳳蒼を頭とした草の部隊は。現在は”辰”に向け、全て出払ってしまっている。
残された”草”はと云うと。
「鳴門衆の烏天狗たちがおろうて。八咫殿に合力を頼むが良い。ほんに、我らは人材に恵まれておるのぉ」
これが本国であれば。
ただ頭を抱え、身悶えるしか他に術は無かったのだろうが。
「他国に彼らは出せなくとも。この”倉敷”の地に於いては、話が別よ」
「ええ。確かに」
多種族全てが。
何の屈託も無く暮らしていける街。それがここ倉敷の都なのだ。
「”七星”の内偵者も。本国のことを忘れ、この地で生きる。皆がその選択をしてくれておれば良いのだが」
「そればかりは。ですが私も。そう願わずにはいられませぬ……」
正体も、その思惑も見えない敵とは。
ここまで不気味なのかと痛感させられたふたりは。
少しでも、敵を知る”切っ掛け”が、今は欲しい。
その術を、敵国からの内偵者に求めるのは、恐らく間違っているのだろう。
「でも、それでも……」
その算段を立てる為に。
死国の”仲間”を頼ろう。祈はそう心に誓った。
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