第356話 無双の後で、怒られた。
「殺り過ぎ」
「哎、呀……」
国境の壁を突破してきた”七星”兵の掃討。
この重大任務を果たし、意気揚々と都に”凱旋”してきた楊 美龍と弥太郎両名は。
(……壁を突破してきた敵兵の数と、その分布状況を報告する。その為に志願し、俺は戦場へ向かった……はずなのに。どうしてこうなってしまったのだろうか?)
帰還早々、出頭を命令されたかと思えば。そのまま主人から説教が始まってしまい……
「てゆか、美龍。貴女、私が言ったこと、何一つ守れてないじゃないかっ!」
「你是什么意思? 美美、折角敵を全部ブッ殺してきたっテーのに。主さま、何で”ヨシヨシ”してくれなイ?」
……いや。褒められるものだと思っていたのは、どうやら美龍ただひとりだけ、らしい。
今正に、千切れんばかりに尻尾振り振り。主人からの、
『Good boy!』
の、大仰な褒め言葉と同時に、摩擦熱を感じる程に強烈過ぎる撫で撫で攻撃と云う”ご褒美”を。お座り状態で待機する大型犬と何ら変わらぬ、期待感に充ち満ちた表情が。
自身が遠く待ち望んでいた筈の言葉と全く異なるその一言で、一気に影が差した。
「……美美、今まさに絶望のズンドコ節って奴ヨー。ズン、ズン、ズン。ズンドッコ、き・○・しー☆」
「……また随分と。余裕のあり過ぎる”絶望のどん底”とやらでございやがりますね、美龍?」
何処までも”お気楽極楽☆”を信条とする同僚に。
堪えきれぬ頭痛に苦しみながらも、琥珀は。
「……おお、琥珀。なんか、言動が色々おかしいヨー。何か悪いモンでも拾い食いしたカ?」
「まさか。貴女じゃあるまいし……と、言いますか。元々拾い食い程度で壊れてしまう様な繊細なお腹していませんものね、貴女だけは」
じゃれ合いと言うには、余りにも雰囲気が殺伐とし過ぎていたし。
その癖、ふたりの表情はと云うと。傍目からは、どことなく嬉しそうに見えなくもない……双方の釣り上がった口角から僅かに見え隠れする、あの鋭過ぎる犬歯を一切気にしなければ、だが。
(……俺、もう帰って良いかな?)
”蚊帳の外”。
ふたりの様子を見ながら、そんな言葉が一瞬脳裏を過ぎった弥太郎はと云うと。
今すぐ此の場を離れたくて仕方がなくなっていた。
「……琥珀。話が全然進まないから、貴女は少し黙ってなさい」
「はい、祈しゃま♡」
一言で大人しく引き下がってみせた従者の振る舞いを誤魔化すかの様に、祈はひとつ咳払いをしてから。
「さて、もう一度言いましょうか。美龍、貴女やり過ぎ。私は言った筈です。彼のお手伝いをしてあげてと。何で、彼を放っておいて。貴女が率先して敵兵を鏖殺してンのさっ?!」
そんな言葉と同時に、女主人は。
自身とは、ほぼ倍近くもの身長差がある美龍の脳天に。
「疼死了っ!」
怒りに任せ、全体重を乗せた拳骨を落としていた。
◇ ◆ ◇
「ホント、ごめんなさいね。弥太郎君。ウチの考え無しが……」
「いえ。大変勉強になりました……」
確かに、あの様な状況下では。
美龍の取った行動こそが、現場判断としては”最適解”だったのだと、弥太郎は考えていた。
(……ただ。それを為すには、俺があまりに弱すぎただけだ……)
補給の当ても一切無く、装備、糧食共に乏しき状況に陥ってしまった場合。
軍が真っ先に行うのは、略奪以外は考えられない。
その”害”を。少数の戦力だけで、未然に防ぐ為には。
「……確かに、近隣の村の被害。貴方たちがちゃんと其処に気付けたのは、戦場の熱に呑まれることなく常に冷静であり続けたから、なのでしょう。でもね……」
鏖殺こそが最も効率が良い。その筈だ。
「……既に壁の近隣、その全ての集落へは。退避命令が出ていました。貴方たちがあえて危険を冒す必要なぞ、最初から無かったのです」
「……は?」
”倉敷”の都に所属する、全魔導士の動員が決定したと同時に、祈と祟は。
国境の壁沿いの<空間転位>を繰り返し、駐留する軍からは早馬を用いて。壁に最も近しい集落へ退避命令を出していたのだ。
それに依って敵は物資、食糧を得、集落が荒らされることになろうが。
少なくとも、人的被害だけは最小に抑えることができていたのだ。
敵兵が国境の壁を越えてくる可能性。
その時点で、被害の状況もある程度の予測ができていて当たり前だろう。
で、あれば。
”最悪”を想定しての対策。此の一切を為すのが、首脳部の仕事である。
「それと。できれば高級士官のひとりくらいは確保していて欲しかった……と、云うのが本音です。貴方の報告の通り、壁を越えた先の集合場所が予め決められていた。その情報は。此方に取って十二分警戒するに足る理由となりましょう」
祈の言葉は。斥候の技術しか持たぬ、学の無い弥太郎でも、充分に理解ができた。
「……貴方の、今後の働きに期待します」
「はっ……」
主人からの、その言葉に。
弥太郎の心は。
(……この御方は。俺を、認めて下さった!)
歓喜に打ち震えていた。
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