第353話 感想戦1
”鳥取”の都では。地頭光雄が簡略化された地図を見比べながら、次々と送られてくる現地の情報を書き込み続けていた。
如何に帝国の魔導士には”魔導具”の補助に依る<空間転移>と云う反則があったとしても。
「……やはり。完全に”穴”を埋められる程でも無かったと云う訳だ」
「流石に最前線に魔導士を常駐させる、と云うのには。かなりの無理がありますからね……」
ただでさえ、魔導士とは”英雄のひとつのかたち”なのだ。
その様な貴重な存在を。如何に戦時下だとはいえ、常に最前線に置くにはかかる費用が全然見合わない。
彼らへの俸禄は。
見習いの時点で、一般兵の凡そ3倍からが最低限の相場となる。
彼らの装備品をも含めた諸々の経費は。それこそたったひとりの運用だけでも、分隊レベルで掛かってしまうことだろう。
それ以上の戦果を確実に得られるのだと、頭では解っていても。
元々、潤沢だとは決して云えぬ帝国の財政は。月々の帝の小遣いの件も含め、その様な細かい処から削られていくのが常なのだ。
「結果論だと云ってしまえば、それまでに過ぎぬが。だが、今後彼らの常駐に付いては。充分に検討すべき案件となろう」
「……はっ」
生産には何ら寄与することの無い”軍隊”という無駄飯喰らいどもを、常に喰わせていく為には。
国は、より多くの産業を育ててゆかねばならぬ。それこそ、兵士たちと、それを支える支援者たちを潤沢に喰わせ続けた上で、予備を含めた装備品を全て賄える程度には。
その中でも、魔導士たちは。
そのひとりを無事一人前に育て上げるまでに、装備品を含めた
『並の兵士60人分に相当する』
のだ。
しかも、それは……
「……其奴に”魔術の資質”があるかどうかと云う、分の悪き博打になるのだから。”国が育てる”だなんて云うのは。まぁ夢物語と云う奴だ」
「ですね。生まれた赤子に最初からそうと解る印でもあれば。きっと良いのでしょうが」
確かに、稀に天恵と云う形で、何らかの目に見える”証”を身体の何処かに持って世に生まれてくる子もいるのだとは聞くが。
「それはそれで。その子に取っては、不幸の極みたる話であろうな。親は思わぬ幸運に歓び舞うやも知れぬが」
「常々、”魔術”と云うものを扱ってみたいとは思いまするが。それに依って最前線に立たねばならぬとなれば、私も少々。その……」
知らぬ間に”地頭”の副官の様な位置に収まってしまっている彼は。
皇族たる者……それこそ、凡そ人付き合いと云うモノに何の価値を見出さない光雄に対しても、大して萎縮することなく、時には意見も出してみせるクソ度胸があるからこそ。
「ほう? 貴様でも、”怖いモノ”は世に存在したのか」
「そりゃあ、勿論ですよ。このまま嫁の伝手も無く、孤独の内に死ぬる人生。それこそが現在の私にとって、一番の恐怖でございまする」
戦場で、誰にも知られることなく、その死を看取られることもなく孤独の内に……
確かに其れは、とても悲しいことなのかも知れないが。
「なれば、貴様。嫁がおれば、死ぬる覚悟とやらは出来るのか? 恐怖を忘れて」
「さぁ? 少なくとも”仕事の張り合い”は、今以上。確実に出るとは思いますが、ね」
────此奴の場合。逆に嫁を理由に、戦場に立つことを拒むのであろうな。
人を食った返事をしてくる副官に。
呆れ半分。仄かに面白味を覚えつつも。
「で、あれば。予の名で、その”張り合い”とやらを貴様にくれてやるとしよう。喜べ、其処に在る釣書から存分に選ぶがよい」
「えぇ~……」
現在、光雄は。
公的には未だ皇族のひとりであり、更には成長著しき”鳥取”の地を治めし”地頭”のひとりだ。
当然、彼の縁談話は。どれだけ断ってみせても、後から後から幾らでも湧いてくる。
「だからって。普通、それを部下に押し付けちゃいますかね?」
「気にするな。不服ならば、先方から断ってくるさ。貴様は黙ってそれに乗っかっておれば良いのだ。少なくとも、正式な貴族にはなれよう」
所詮、地方役人のひとつに過ぎぬとはいえ、地頭と云う地位は。
地方領主と同じ扱いとなり、”貴族”の一員として宮廷序列の中に組み込まれる。
無論、その副官ともなれば。
出自が貧しき農村の出であっても、家人と同列の扱いとなり、公式に姓の名乗りを赦される。
更にその時点で”準貴族扱い”となり。貴族家と婚姻を結ぶ事もできる様になる。
無論、その様なことがあれば。家の継承権と共に、正式な貴族へと列せられるのだ。
「……でしたら、鳥取地頭閣下。私めの縁談。よろしくお願い申し上げまする」
「これで予の”荷物”が、一つだけ減ったわ。残りの処分、無論手伝ってくれるのであろうな?」
利と理を駆使し、言論を持って世の中を上手く渡り歩いてきた光雄であっても。
そもそも理が通じず、私情でのみ動く相手には、些か分が悪過ぎるのだ。
「……申し訳ありませぬが、私の身体は一つしかございませぬので。他の在庫に関しましては、流石にお引き受け致しかねまする……」
「阿呆。今現在、我らがにらめっこをしておる地図は何だ?」
「────ああ、其方でしたか。其方の方でしたら、非才なる我が身でお役に立つのであらば幾らでも……」
「安心しろ。非才であろうが、無能であろうが。此の場に居る者は、皆等しく予の”奴隷”よ。精々こき使ぉてやる」
自身以外は全て阿呆。
そう心の内で思ってはいても。阿呆だからこそ、見えてくるモノも此の世には必ず在る。
光雄はそれを知っているからこそ、必ず他人を使うし、非効率だと解ってはいても、複数人に同じ仕事を同時に任せる。
────それらを総合し判断を下す人間さえ、間違っていなければ。
その様な薄氷の如き危うき現実が。
光雄の思考をより冷徹に、より現実的にへと指向性を与える。
「予はすでに一度間違った。これからの挽回は、さて……」
もう一度簡略地図を見比べながら、次の予測を立てねばならぬ。
「見事”壁抜け”を果たした奴らは。さて、何を目的に。どちらを通る?」
「その数までは、現状未確認でございまするが……」
今は、情報が少しでも欲しい。
これが光雄達”鳥取”側の、偽りざる本音だ。
元々、予測をしていたとは云っても。時期も、その規模も。当初の予測からは大きくズレが生じていたのだから、何を誇ると云うのか?
なまじ国境の壁が長大で広大であり過ぎたがこそ。
一度壁の内側へと侵入されてしまえば。
「発見は、困難を極めましょうな……」
「ふん。なればこそ、我らはこうして角を突き付け合わせておるのだろうが」
侵入を許してしまったとは云え、彼らは所詮異邦人に過ぎぬ。
武器を捨て、戦を諦め。この地の民として土着する覚悟ができねば。
最終的に野盗、山賊の類いに身を落とすくらいしか、彼らに生き残る術は残されておらぬだろう。
「正直申し上げまするが、このまま放っておいても良いのでは……?」
「だが、それでは壁に近しい村々に被害が出る。未然に防げるのであれば、此を成さずして何の為政者か?」
常々酷薄な言葉の端々で、自身含む全ての人間どもを散々見下してはいるが。
光雄の性根は、何処までも何処までも善良だ。
(ホント、そんな処が憎めないんですよねぇ。この皇族って……)
「……ぬ? 何故か妙に生暖かい嫌な視線を感じた気がするのだが」
「恐らく、気のせいでしょう」
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