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第352話 国境の一番長い日




 「数はどのくらいか?」

 「200といったところ、でしょうか」


 ────少ないな。

 そう思ったからこその、現場指揮官の問いだったのだが、どうやら彼の願望に基づく錯覚ではないことだけは此ではっきりしたらしい。


 「恐らく陽動、なのでしょうね。我らの目を釘付けにすることで……」

 「どこかで壁を越える算段を立てている、か」


 それにしては、流石に数が少なすぎるのではないか?


 その疑問は一瞬。

 だが、皆も同じ思考に行き着くのは、兵道を少しでも囓れば至極当たり前の話だ。

 兵数が少ないとは云え然り訓練が成された強兵なのは、此方へ飛来する矢の密度と、その威力だけで充分過ぎる程伝わってくる。


 彼らの侵略の意思は、本物なのだ。と……


 「複数箇所で同様のことを為せば……所詮我らは、馬ではなく只の人故に。韋駄天ではありませぬので。奴らは何処かの壁を越えてみせるのでしょうな」

 「そりゃあ、この壁の両端は海にへと続いているくらいに長い訳だし、なぁ……」


 壁の向こう側の監視体制は。

 壁自体が余りに長大過ぎるが故に、どれだけ密にしたとしても。何処か必ず死角と隙が生じてしまう。


 ましてや、今回敵は。複数箇所を同時に襲撃してくると云う周到ぶりだ。

 どうしても陽動に眼が行くに決まっているし、勿論少数とは云え、殺意溢れし武装した兵が、壁のすぐ側にまで来ているのだ。当然、放置する訳にも往かぬ。

 その隙に、この近くの何処かで壁を越える為の工作活動が行われているのだと判ってはいても、其方へ人員(ひと)を回す余裕なぞ、今の帝国軍には欠片も無い。


 「お待たせ致しましたっ! 帝国魔導局所属、尾噛(おがみ) (しず)。只今罷り越しましたっ!」

 「おお、魔導士どのっ! 来て下さったか」


 魔導士は、”英雄のひとつの形”なのだと云われる。

 その強大な力は、勿論言わずもがな。そして……


 「すぐに敵を黙らせますので。()()()は、皆様に全てお任せします……<拡大睡眠術(マグニ・スリープ)>」


 全文を詠唱した魔術とは。

 その対象が、例え同じ魔導士であっても抵抗(レジスト)する為に全力で集中する必要がある程に、強制力が働くのだとされている。


 ましてや、相手は。魔術を知らぬ只の一般兵に過ぎぬのだ。

 誰ひとり抵抗も出来ず、一瞬で此の区画の制圧が完了した。


 「それでは、私は次へと向かいまする。<空間転移(テレポート)>」


 国境の壁が長すぎるが故の、この欠点は。

 建設計画当初から、既に指摘が成されていたのだ。


 「……やっぱりさ。魔導士って、()()()よな……」

 「なー?」


 太陽宮に施された物と同様に、魔導具による座標確保の補助(サポート)が成されている為に。

 発動の魔導鍵(スペルキー)を持つ者は、”長城の上だけの限定”となるが。任意の場所へ自在に跳躍()ぶことができる。


 「……魔導士どもが、拠点防衛、強襲用途に珍重される理由。これで貴様も解っただろう?」

 「はっ……(だからこそ俺は。都市防衛に幾名が残して欲しい。そう云いたかったのだが……)」


 此は遠き”鳥取”で光雄(みつお)の示した戦術、


 『現在、鳥取に駐留せし魔導士は。ひとり残らず国境の壁に送り出せ』


 に噛み付いてみせた若き官僚との会話の一部だ。


 だが、同じ籠城戦を仕掛けるならば。

 護らねばならぬ非戦闘員がほぼ居ない、砦に依る防衛の方が遙かに効率も、安全性も良いに決まっている。


 「一見、防衛範囲が余りに広大に見えるだろうが。長城に限って云えば、我が国の魔導士にとっては。彼処は庭と変わらぬ。散歩に出向く様な気軽さで、敵を討ち滅ぼしてくれるだろうさ」


 光雄は、領地拡大を優先させてきたが故に。

 その端の都となる”鳥取”の街には、塀もなく。

 比類無き城塞都市の様相を呈した”倉敷”の都とも比べ、その防御力は遠く及ばない。国境の壁を突破された時点で、光雄たちの命運は尽きたも同然なのだ。


 「そこまで云わねば理解もできぬ、か……貴様、明日から来なくて良いぞ」

 「そんなっ!」


 此処で一つの若き官僚の未来が閉ざされてしまう結果となったのだが、今はまた別の話だ。


 「……しかし。此奴らを縛に付ける紐が全然足りぬな」

 「面倒だ。雑兵どもは身ぐるみ剥いで其処らに捨てちまえ。なぁに、ここら辺りなら魔猪(まちょ)走竜(ラプトル)どもが綺麗に片付けてくれるさ」


 この辺りは狂暴な熊も多く出没する危険な山林なのだが。

 魔物に分類される魔猪や走竜は、場合に依ってそんな熊をも補食する。


 身ぐるみ剥がされ裸で遺棄された農民兵や、一般兵は。

 もし仮に魔術で眠っていなくとも。恐らく誰ひとり助からないだろう。


 「念の為だ。高級兵と思しき人間は、裸でも構わん。必ず身柄を確保しろ」


 帝国軍下士官の容赦のない一言で。

 現場にいる一般兵の皆さんは、思わぬ臨時収入で歓びに湧き。


 ”七星(ななせ)”の貴族階級や武士階級にある人間はと云うと。


 「っくしっ! うう……なんで、俺。今まで褌一丁で寝てたんだ?」


 目覚めたら。裸の状態で後ろ手に縛られ転がされていたという情けなさに、涙と共に寒さで鼻水を垂れ流す羽目となっていた。


 そんな一方的な状況になる……つまりは魔導士たちが現場に到着するまで、防衛側は。


 「……くっ、敵の弓勢の圧が強すぎる。まさか盾まで貫いてくる奴がいるとはっ!」

 「堪えろっ! ビビっても絶対に頭を出すんじゃねぇぞ。狙い撃ちにされちまう」


 戦場が縦に広がるが故に。兵の総数が少ないのは、帝国も同様だ。

 どうやら向こうは。攻めるにあたって、入念に下調べをしてきたらしい。見事に防衛の兵が薄い処に戦力を集中させてきている。

 如何に壁が強固で長大でも。護る兵がひとりも居なければ、それはただの壁に過ぎぬ。


 「わっ! 火がっ」

 「馬鹿野郎っ。あいつら山ン中なのに火を放ちやがったのかよっ?!」


 決して壁は燃えぬが、壁のすぐ近くの木は燃える。

 勿論、炎に包まれてしまえば。人は焼け死ぬか、煙に巻かれて死ぬかのどちらかだ。


 「ごほっ、げほっ……燻されて死ぬ、か。奴ら。そうまでして、俺たちを皆殺しにしたいらしい」

 「糞っ、だったら。無駄な抵抗をして死んでやらぁっ! ひとりでも多く道連れにしちゃるわいっ!」


 幸い、立ち上る煙のせいか。

 先程まで身動きも取れなかったくらいに飛来していた矢の数が目に見えて減ってきている。


 「多少熱くて煙たいけどよ。今なら反撃、できンじゃね?」

 「おおさ、鬱憤溜まってたンだ。殺ってやるぜーっ!」


 (……よしよし。内緒で<風の守りウインド・プロテクション>を使ったの、気付いていないみたいだね)


 直ぐ近くに<空間転位>をした静が、補助魔法の限りを用いて陰ながら彼らを支援したのだが、どうやら誰も気付いていない様だ。


 (しかし、本当にあの人たちったら危ないなぁ……山火事なんて、マジで洒落になんないよ)


 出来得る限りに範囲拡大した水の中級魔術<豪雨(ヘヴィー・レイン)>を唱える。

 敵方には威力を最大に。味方が濡れてしまうことに内心謝りつつも、極限までその威力を落として。


 「おお、ありがてえ。山の神様が雨雲を呼んでくださったぞっ!」


 瞬く間に七星の兵たちは。

 静がもたらした魔術の雨と云う名の弾丸によって、悉く赤い汁となり果てて地へ染み込んでいった。



誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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