第348話 尾噛の軍師さま
「はい。提督閣下は、”礎”の英傑様と、軍師殿の首をご所望でございまするか……我ら”帝国”に申し出たその意味。勿論お覚悟があってのこと、でございましょうや?」
「ふんっ! 何とも白々しき事よ。此こそが貴様らお望みの展開であろうがっ!」
二人の会話を聞き、如何に直情型の上察しが悪いと方々から云われる夏 星辰であっても
(……まさか、”辰”も嵌められたと云うのか? 自身が嵌めたと思っていた”帝国”に)
大凡の経緯を理解したのだが。
「おやおや、軍師殿。今頃その様なお顔をなされても。ですが、あえて言わせて戴くと致しましょうか。『もう遅いっ!』と」
周囲からは、常々。
「表情に乏しい」
と云われる千寿 翠ではあるが。
ただ感情を表に出す労力を惜しんでいるだけに過ぎず、相手を揶揄する利がある場合は、最大限の効果を引き出せるであろう表情をいくらでも作ることができる。
なまじいつもが鉄面皮に近しい彼女の、侮蔑を含んだその相貌は。
「~~~っっ!!」
星辰から血涙の限りを搾り取るに余り在る憎たらしさを見せた。
鳳蒼に組み伏せられて、床に顔を押し付けられている状態でなければ、星辰は、きっと。
「今すぐに。その素っ首、刎ねてやると云うのにっ!!」
「おやおや、出来もしないことを。うちの首が欲しいと仰るのでしたら。少なくともそこで転がっておられる貴方の忠実な護衛兵の方々を、一瞬で打ち据える技量無くばとてもとても……」
星辰は、あくまでも。軍師であって、武人ではない。
彼の胸の内の奥深くに仕舞っていた筈のその劣等感を、痛烈に皮肉られて。
(何とも解り易い御仁。これで本当に”軍師”を名乗っておられたとか、うちには到底信じられないのですが……)
創造主たる<玄武>から植え付けられた知識の中には。
現在に及ぶ中央大陸の歴史の流れも含まれていたのだが。
「どうやら”英傑”の方々の”個性”が余りに突出し過ぎてしまい、凡そ戦場の定石が通じないつまらなき世になっておられるご様子。成る程、それでは軍略、戦術の要とも云える軍師であれど、大した役目も残されておりますまいて……」
得体の知れぬ”帝国”の女に、散々に図星を突かれ屈辱の中無様にのたうち回るしかない星辰は。
無駄な抵抗だと知りつつも。散々に暴れ、せめてこの中のひとりでも良い、道連れに果ててしまいたい。そう神に願わずにはいわれなかった。
だが、それも。
「諦めんしゃい。お前ん細腕じゃ、アタシん極技は絶対に外せやせんばい」
言葉の通じない女の組み伏せ術から逃れられたら、の話だ。
終いに、余りの情けなさに星辰は。
「……いきなり何ね? 男ん癖に泣きよーとか、あんたは」
「蒼様、何も言わず、そっとしてあげて下さい」
いくら言葉が通じないのだと判っていても。
人は誰しも。他人には絶対に触れられて欲しくない脆弱な部分があるのだ。
「では、提督閣下。今から”後詰め”の段取りのご相談、と参りましょうか」
「……おう」
腹を括ったつもりだったが、やはり劉 大海の心の中は。
(……糞っ。覚えてやがれっ! ”礎”と”淘”を全部呑み込んだ暁にゃ、次はテメぇらだからなっ!!)
憎しみと怒りと云う名のドロドロに綯い交ぜとなった溶岩が。今にも噴火しそうな勢いで蓄積されていた。
「……翠」
「何でございましょう、蒼様?」
傍目からも判るくらいに。
と云うか、一切隠す素振りも見せない大海のその表情は。
「これ、近か将来にやけど。もっとヤバかモンば、呼び込んだりしちゃわんかいな?」
人の怨みは後々にまで悪影響を及ぼす。
実際、”礎”の”英傑”たる周 剛は、帝国憎しの怨念が強く出過ぎたが為に。
怨敵たる”帝国”と相食む様、大海に仕組まれて。
ここで周が”復讐者”ではなく、どこまでも”将軍”の立場を優先的に取り、そして現実的な視点を持っていたならば。
逆に”辰”の軍を先鋒に出す様仕向け、極限まで双方の体力を削ったことだろう。
だが、周は。何処までも私怨を晴らす為に軍を動かした。
実際、大海の目論通り、”礎”の奇襲と云う絶好の形で会戦が始まったと云うのに。
蒼と翠と云う想定外の存在を前に。全ての目論みが、あっさりと崩れ去った。
「ええ、精々我らを怨むがよろしいかと。凡そ人の持つ感情のエネルギーは、”怒り”よりも”怨み”の方が長く持続いたしますので。総量だけで云えば、恐らく最強でありましょう。ですが、所詮人の子。長いとは云え、本懐を遂げる為の下準備を終えるまでに掛かるであろう年月は、恐らく2,30年は下りますまいて。さて、その頃閣下は。まだご存命でありましょうや?」
中央大陸は広大だ。所詮小国の域を未だ出ていない”辰”の兵力では。
頭を失い、今後混乱を極めるであろう”礎”の手から”淘”を解放するなり、征服するだけでも恐らく10年近く掛かる筈だ。
そこから帝国へと攻め込む為には。
周辺の国々と、大国の影響を完全に排除するまでに更に10年、20年はかかるだろうと、翠は視ている。
ただの人間種である大海が。それまで生きていられるのか?
もし仮に生きていられたとして、彼は”現役”のまま、その怨念を心の内にずっと滾らせていられるのだろうか?
そのどちらであっても。可能性はほぼ無きに等しいだろう。
「……やっぱり、翠は心底人でなしやて思うばい。アタシは」
「失敬な。うちは何処までも現実主義なだけにございます。主人の為、万難を排するこそが”軍師”たる役目にございますれば」
無表情のまま宣う翠の顔を見た蒼は。
(……絶対に。アタシは、此奴を敵に回したくなか)
そう固く心に誓った。
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