第345話 二転三転。そして
「……それで、まだ陸の状況は解らんのかや?」
「申し訳ありませぬ。此方の”草”を総括していらした鳳様が我らに何も告げず本隊へ従軍してしまいました由に……」
”魔”の尾噛お抱えの”草”部隊の現在はと云うと。
「我らが従わねばならぬ指揮系統が3つございまして。本来の”帝国軍”と、”武”の尾噛に。そして……」
「妾の海軍。”海魔”……かや?」
帝国海軍”提督”八尋 栄子の言葉に追従するかの様に。
”草”は、黙したまま平服する。
此度の作戦に於いて、”草”の頭を拝命したる鳳 蒼は。
「────ほんに、あの御方は。こと、草の運用では。右に出る者はおらぬと云うに」
斥候は。
軍の目であり、耳そのものだ。
これを欠いたままの作戦運用なぞ。下は現場の小隊長から、上は軍の最高司令官に至るまで。
誰も、やりたがりはしないだろう。
「世には『船頭多くして船山に登る』と云う諺があるが……」
────現状の我らが、正にそれだな。
栄子は頭痛を堪えながら頭を振ると、固く編み込まれた金髪の輝きを引き立てるかの様に、銀の簪が凛と涼やかな音を奏でた。
「この際じゃ。”草”の指揮系統を、提督たる妾の権限に於いて一本化する。越智っ、貴様が総括をやれっ!」
「へいっ」
帝国軍に、”武”の尾噛家に、海魔衆。
そのどれを指名しても、確実に不満は残ろうが。
(現指揮権の全てが、妾の支配下に在る以上は。恐らく此が最善であろ)
凡そ、海上での作戦行動、その全てに於いて。
海軍の総司令たる立場に在る栄子が最高責任者なのだから、その直下にある者が権限と責を負うべきなのは道理であろう。
「栄子様、して。上陸の手筈はどうなさるおつもりで?」
「おお、申し訳ありませなんだ。情けなきことに、未だ陸の状況が見えてはおりませぬ。”狼牙隊”を指揮なさる鉄様におきましては、今暫しのお時間を戴きたく……」
旗艦<九尾>は、その巨大さに見合う積載量を持つ、此の世界、此の時代に於いて比類無き戦艦だ。
そして、その分。余りに吃水域が深すぎるが故に、接舷できる地形はかなり限定的となってしまう明確な欠点がある。
陸の状況が一切解らない現在では。
その欠点は、上陸行動時に致命傷にも成りかねない以上。
「軍の総括せし立場の妾としては、許可できませぬ。自らの無能を晒す様で大変心苦しきお話でございまするが、”草”の報告をお待ち戴きたいのが本音でございます」
「そうですか。まぁ、わたしは何も心配なぞしておらぬのですが……」
「あの嬢ちゃんの部下が現地入りしてっ訳だ。俺もそこまでは……だが、その兄貴のは……な?」
鉄の言葉を引き継いだ鋼が、”心配の種”の存在を正直に吐露する。
倉敷攻略に於ける”王国”の残党狩りに。
更には死国の平定と。
”魔”の尾噛の当主たる祈と、その配下の者達の実力は。長年行動を共にしてきた陸上では帝国最強を誇る狼牙隊を率いる牙狼兄弟達も、充分熟知してるのだが。
「ええ。”武”を名乗るには、少々心許ない感じが……」
何も望自らが、世間様に対し大見得を切って名乗った訳でも無いのだが。
その評判が実情と乖離しているのではないか?
長く軍に携わってきた”歴戦の勇士”の眼には。”望の尾噛”が、そう映って見えたのだ。
「だから。ちと……な?」
「……なるほど」
鋼の指摘を受けなくとも。栄子の眼にも、そう見えたのは確かだ。
祈とその配下の魔導士達に、魔術の手解きを受けた死国の住人たちは。
こと、集団行動と魔術の腕だけならば。
(帝国に依る海内統一も。望みさえすれば、恐らく2、30年もあれば果たせようて)
だからこそ解る、”武”の尾噛軍の細かな稚拙さが。
聞けば、彼らも祈の手解きを受けてきた時期が在ったのだと云う。
「それも在って、なのでしょうねぇ。態々鳳様や魔導士達を寄越したのは」
一度でも、身内と認めてしまった以上は。
彼女は、どこまでも甘くなる。
それが、尾噛 祈という女性の本質だ。
「あの数で充分。祈さまは、そうご判断為されたのでしょうが。所詮、凡人たる我らには」
「どうしてもなぁ。一応、”本国”の命令では、『一兵の犠牲も出すんじゃねぇぞ』……と来てる訳、だしなぁ」
「なんと、まぁ」
その様な無理難題をふっかけてきたと云うのか、あの翼の生えた馬鹿どもは。
両手両足を縛った状態の者を、無理矢理海へと投げ込み。
其奴の身が、完全に沈んだ後で、
「彼の者を決して死なせるな!」
そう命令された様なもの……いや、それどころか、完全にそのものではないか!
思わず転び出てしまいそうになった言葉を、精神力だけでどうにか呑み込んで。
栄子は曖昧な笑みで誤魔化した。
◇ ◆ ◇
「……えっきしっ! うぃ~……誰か俺の事を腐してやがんな?」
「汚かねぇ。くしゃみするなら、せめて口ば抑えてからにしちゃり」
千寿 翠が布いた結界の内でヒキコモリ生活に入ってから6日目。
結界という明確に内と外に隔てられた”世界”は。何時の間にか、全く別の様相を見せていた。
「うちらが動く前に。あまりに事態が、大きく動き過ぎてしまいました。これでは下手に介入した場合、我らも巻き添えで大火傷を負ってしまう可能性が大きゅうございます。沈静化するまで放置するに限りましょうて」
正体不明の軍と、恐らくあれは”辰”の軍……であろうか。
「あれは、同士討ちって奴か? それとも……」
「放置するに限ります。所詮、我らは彼らに売られた”憐れな子羊”でございますので。助ける義理も、義務も。奈辺にありましょうや?」
手にした魔導具を使い、互いに激しく撃ち合っているのだ。
「一見ド派手なんやけど。全然命中せんけん、お互い被害は見た目ほどじゃなそうやなぁ」
「ああ、それな……」
帝国の魔導士たちが、周囲のマナの大半を抑えてしまっているせいで。
「奴ら。そもそも大した量のマナを確保できてねぇんだよ。だから、威力も大した事ないって云う、な?」
「それも、玩具から出る”擬き”に過ぎませぬし。現状、直撃で何とか死ねる。その程度でございます」
これがマナフリーの状況下であったのだと仮定すれば、恐らくたった一度の会戦で。
「双方、再起不能レベルの大損害となったのでしょうが」
「怖ぁ。”擬き”でも魔術やっぱ怖ぁっ!」
魔導具の特性として、燃料として使ったマナの総量が、そのまま威力へと直結する。
使用者の技量も、生命力の量や質に関係無く、だ。
「だからこそ、量産兵器として考えれば。これほど扱い易く、また理想的な品物も無いのだと云えるのですけれど」
「……だな。こんなのが世に溢れかえっちまったら。俺たち魔導士は、要らなくなるだろうなぁ」
弓に比べ、訓練に必要な時間も短く、また攻撃範囲が規格で統一されるともなれば、使用者の技量の差で悩む必要も無い。
魔導士隊の様に、個々の技術によって戦力が大きく偏ることも無く。また、特権階級としての意識を持ったが故に命令に従わない者が出てくることもない。
「現場を与る指揮官としては。これほど作戦計画が立てやすく、想定外となる不安要素を色々と潰せるとなれば、利点しか在りませぬ。だからこそ……」
中央大陸では、魔導具作成の技術が発展してきたのやも知れませぬ。支配者階級にとって、”英雄”の形のひとつたる魔導士は、時に目障りな存在へとなりましょうし。
そう翠は結論付けると、一馬は納得して深く頷いた。
「そんなことはアタシらにどうでも良か話だってん。こんなに近うでドンパチやられちゃ、うるさくてかなわんっちゃけど?」
だが、その手の深堀りした考察なぞ。
本質が大型犬のそれと大差無い蒼には。どうでも良い話なのは変わらない。
彼女にとっては。
「美味しいご飯と、静かな寝床!」
其処に思うがまま暴れ回ることのできる戦場がすぐ側にあれば、何も云うことは無いのだ。
「……でしたら、蒼様。あの捕虜のお爺さんですけれど。多少面倒だと思われましても”辰”の提督の御許に捨ててきて下さいませ。そうすれば少なくとも一日二日の間は、此処は静かになると思われまするが?」
「……どういうこと?」
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