第343話 ……想定外です
「……総督っ! 周総督よ、何処におわすっ!?」
何とか属国化させることに成功した淘での数々の残務を漸く終えて。
周 剛の右腕とも称される、娘婿の夏 星辰が、数多の兵を引き連れ礎の”英雄”の下へと馳せ参じてみたら。
「……軍師。申し訳ありませぬ、我らが不甲斐なきばかりに……」
「無能者の言い訳なぞ聞きとう無いわ。で? 一体総督閣下の御身に何があったと云うのだっ!」
”礎”の中でも、精鋭中の精鋭をかき集めて行った此度の”辰”攻略の軍は。
目標である”辰”の背後には、夏の義父であり、尊敬すべき主君でもある総督にとっては。憎き”怨敵”たる帝国が在る。
その報を受け、急遽抽出、再編成された最強の兵力……その筈、だったのだが。
「……それが、何故ここまで?」
総督の身を常に護り、そして最後は。剣呑なるトドメの刃とならねばならぬ筈の最強の近衛たちは、悉く死に絶え、敵地にて無残な屍を晒し。
ただの一般兵ですら、”英雄”と同等の戦力へと押し上げし”魔導具”を製造元から全て召し上げ持たせたと云うのに。
歴戦の勇者であり、軍師たる星辰ですら模擬戦では、用兵の妙に翻弄されること暫しのあの剛の指揮下であれば本来は。
たかが、辺境の一小国如き。最低でも10回は焼け野原にできた筈、なのに。
それどころか、まさか……
「近衛は全滅。総督閣下は行方不明……更には”辰”と交戦の気配も無い、とな?」
「……軍師。”辰”は、我らの軍威に怖れをなし、無血のまま帰順の意思を示したのです。そして……」
総督の怨敵たる帝国を罠に嵌めおびき出し、礎軍の前に差し出したのだと云う。
剛とて、長年軍を維持、指揮してきた豊富な知識と経験がある。決して愚昧なる無能などではない。
当然、小心者どもから差し出された帝国軍の反撃にも、然り備えをしていたと云うのに。
「……それで、この為体と申すか?」
「面目次第もござりませぬ、ですが、あえて申し上げまするがっ!」
人間、どの様な状況に陥ったとて、絶対に動ける筈なのだ……覚悟と、備えさえしていれば。
「ですが、頭上からの攻撃。その様な想定の訓練を、我らは一度も受けてなぞおりませぬっ! どうして反応できましょうかっ?!」
「うぬっ?」
長らく戦乱が続く、中央大陸では。
「……それは伝承に在った<飛行>と云う魔術なのかも知れぬ。まだ帝国には、魔導士が健在なのか……?」
”英雄”の、ひとつの形たる魔導士たちは。
止むことも無く、幾度と繰り返され続けてきた戦のせいで。
「……今では、”淘”の魔導具に依る魔術の再現に頼らざるを得なくなったと云うのに。何とも妬ましき話よ……」
その悉くが死に絶え。
今では、自身に素養が眠ってるのかすら解らぬまま。それどころか、育成する為の術の大半が失伝してしまっているのだ。
「黒色火薬は、威力と費用が、全く釣り合ぅておりませぬ」
「だからこそ。我らは”淘”を獲ったのだ」
中央大陸の西に在ると云う”聖国”では。
この黒色火薬を用いた兵器があるのだと、星辰は耳にしたことがある。
事、戦場に於いて。遠距離攻撃の手段の有無が、露骨なまでに勝敗に直結する。
遠距離攻撃の花形は、やはり弓なのは間違い無いが。
弓は、矢を飛ばすだけでも、長い訓練と習熟を要する難儀な武器だ。狙いを付けるともなれば、更に長い期間の熟練を要求してくる。
だが、黒色火薬を用いた特殊な火矢は。
ただ撃つだけならば、大した訓練期間を必要としないらしい。狙った通りに中てる為には、勿論長期の訓練が要るのだろうが。
その黒色火薬の入手が難しいからこそ、他より少しだけ血の気の多い兵に持たせてやれば、直ぐにでも魔導士に成れてしまう”淘”の魔導具が重宝する。その目論みがあったからこそ。
「────数を揃えたと云うのに。何の成果も無く、か……」
「如何に彼方に魔導士がおると云えど、我らの魔導具の攻撃を悉く防げる筈はありませぬっ! 一体、どの様な……?」
<抗魔術防御障壁>の存在すらも知らぬ”礎”の星辰たちには、どうやって帝国軍が魔導具に依る”擬き”の攻撃を防ぎきったのかなぞ、最初から解るはずもない。
ましてや、それよりも遙かに強固な千寿 翠の印による<結界呪>は。完全に想像の外だろう。
「総督閣下が憎み続けた”帝国”が、我らにとって恐ろしき敵なのは我も理解した。だが、だからと云って我らは撤退なぞ絶対できぬぞ。せめて閣下の御身の安堵を確認するまでは、な……」
「……はっ」
”淘”の裏切りを警戒し、完全に実権を掴みきるまで義父と別行動を取った愚を、星辰は今更ながら悔いた。
「たかが小国如きの裏切りなぞ、力尽くで食い破ればそれで済んだ話、なのに。どうして我は……」
だが、そのたかが小国のひとつに過ぎぬ今の”帝国”に。
「一戦して、大敗を喫したのが現在だったな……」
完全に欄外の出来事に。
星辰は、目眩を覚えた。
◇ ◆ ◇
「……返してきてください。余りにうちの想定外の事態過ぎまする」
「えぇ~? 折角アタシが捕まえてきたっちゃんに。つまらんのぅ」
安眠を妨害された腹いせに、戦場でひとり大暴れしたがった鳳蒼に対し、翠は。
「『現場の指揮官を捕らえてきて最低限』……とは。確かに、うちが云いましたけれどっ! まさか、敵軍の最高司令官を、そんな片手間のお土産にしてくるだなんて。ここまで軍略、戦術もクソも欠片も無い混沌な状況にしてくるとは。幾ら何でも、想定外過ぎますっ!!」
確かに、蒼は。
一般人を逸脱した”半神”ではある、のだが。
「まさか、その”権能”を一切の自重もなく全力で使ってくるだなんて……蒼様、貴女と云う御方は……」
「ついカッとなってやった。反省ばしとらん」
現場の指揮官クラスをひとりふたり捕らえてきてくれたら、情報を引き出すなり、交渉の手札にしたり。少し手荒な手段にはなるが、洗脳して伏兵の手駒に変えたりするのも、きっとアリだと……
今後も、色々と戦術の展開が望めるだろう。そう翠は考えていたのだが。
「これでは。敵が”死兵”にも成りかねない危険な状態にございまする。その”英傑”殿が持っているであろう”影響力”に依っては。正に……」
────予断も許さぬ状況に、帝国軍は陥るだろう。
<結界呪>の内に籠もっている間は。帝国軍の皆の身の安全は、確実に担保されるが。
その代わり、何かしらの動きも無ければ。このまま、一生結界の内に引き篭もっていなくてはならない可能性が、此処に来て大きくなってきたのだ。
「……うちは何も食べなくとも、周囲のマナを滋養に、100年単位で生きていけまするが。蒼様や、兵の皆様は、恐らく違いましょう?」
「当たり前やろうが。人は食べな死ぬに決まっとろうもん。で、どうせ食うなら、うまか物だけが良かとも当然っちゃろ」
同じ腹を満たすのなら。
誰だって、できれば美味しい物だけでいっぱいに満たしたいに決まってる。それが自身の好物ならば、何も言うことは無い筈だ。
「その意見には、うちも激しく同意せざるを得ませぬ。ですが、そうなりますと。正直保って二月、と云った処でございましょうか? ”武”の尾噛の糧食の質には、うちも期待したいものでございまするが。八尾様、さてどうでございましょうや?」
「ずっと冷徹な印象を持ってたんだが、味の心配をするなんてなぁ。お前さんにも、そんな人間的な一面があったんだな」
「今はそげん話したっちゃ仕方なかろうモン。それより翠、だったらどうすりゃ良かったと?」
確かに食糧の味は、蒼だって気にはなるけれど。
このままずっとヒキコモリ生活が続くとなれば。
一日に大型犬並の運動量を、最低限必要とする蒼にとっては。正に死活問題となる以上。
「……此奴ば人質に、交渉とかどげんやろか?」
「もがぁぁぁぁぁ!!」
祖父と孫くらいに歳の離れた小娘に指さされた”英傑”は。
自慢の”武”を一切発揮することもできず、あっさりと捕らえられてしまった屈辱すら。未だ呑み込めてもいないというのに。
(────其処に来て、我を人質に。だと?)
そんなことになってしまったら。
”武”で身を興し、一国を背負う”英傑”にまで漸く登り詰めたと云うのに。
剛の精神世界に於いて。
それは、死とほぼ同等の意味を持つ。
「はぁ……蒼様。今回のお話は、になりまするが。それは決して選択してはいけない戦術の一つにございましょう」
「え、何で? アタシにはさっぱり分からんっちゃけど?」
帝国側の軍師と思しき人間の、冷徹な眼光を浴びながら。
剛は。心の中で反撃の牙を研ぎ続けた。
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