第341話 その頃帝国では
────翠たちが、強力な結界の内に籠もり、黒幕の登場を待つ事にした。丁度その頃。
「……ねぇ、翔ちゃん」
「なんだい、光クン?」
太陽宮の奥の院では。
「────多分、僕ら。今頃さ、辰に行った皆から、盛大に呪詛の言葉でも吐きかけられてるんじゃないかなぁ?」
皇帝の威厳なぞ、プライベート空間では当然欠片も無い。人間をダメにするクッションにダラりと身体を投げ出す様に寝そべりながら、光輝はポツリと溢した。
「多分どころか。そのものズバリなんじゃないかなぁ、ってボクは思うけれど……」
そこをスルーせず律儀に返すところが、ふたりの友情が軽く200年以上も続いた秘訣なのかも知れない。
翔は、忙しなく蒸気を上げ続ける薬缶を火から降ろし、水を一差し入れた。
「ちょっと目を離したら、すぐ沸いちゃうんだから。どうにも、がさつなボクには。茶坊主なんか向いてないみたいだ」
「いや。翔ちゃんの煎れてくれるお茶は、いつも美味しいから。どうしてどうして、お似合いだと思うけれどなぁ、僕は」
現帝国に関しては。
宰相位は空席となっている。
前帝”不死帝”の時に完全崩壊した帝国の体制を。
現光輝帝が遠く列島の端に在る島国に落ち延び、その治世に漸く安定の兆しが見えてきた頃に。
帝国憎し。その恩讐の念。
それだけを生きる糧としてきた者達の手で。義理の父であった時の宰相は、彼を庇いそして世を去った。
「……身を挺して僕を庇ってくれた義父に対し、胸を張れるのかは、まだ解らないけれど。それでも、次代の帝に手渡せるくらいには、盛り返したつもり……だったんだけれどなぁ」
「|復讐者がまだ存命の内は。難しいのかも知れないねぇ……彼らは、怨みだけで生きる謂わば亡者だ。古賀のボンに”帝国”を継がせたいのなら。せめてその亡者の数を、一人でも減らしてあげなきゃ」
ましてや、”礎”の首領は。
「そうだね……義父の、仇だからね」
列島の島国に落ち延びてからの光輝の身をずっと案じ。
護り支えてくれたのは。
古賀家と徳田家だ。
その恩に報いる為に、徳田の当主には宰相位を。代官達の激しい抵抗にみまわれはしたが、古賀には広大な直轄領を分け与えた。
その徳田は、第一皇子光公の自害と云う公式見解によって。今はもう……
「……そういや、彼方も。一応は帝家の血が混じっていた、よね?」
「傍系も傍系だけれどね。もう”紅”なんか、欠片も出ないハズさ」
直系の男子に必ず現れる<朱雀>の血の祝福は。
体毛と翼に出る”紅”がその証だ。
「ああ、嫌だねぇ……ちょっと自分にも同じ血が流れていると知って、急に勝手に嫉んでくるとか」
「でも、反乱の切っ掛けなんて、得てしてそんなモンでしょ。それを成したのだから、その怨念はどんだけだったんだよって話ではあるのだけれど」
実際、反乱の旗頭として担ぎ上げられたのは。
光輝の従兄弟、その長子なのだ。
結局は。
「皆、権力が欲しかったのさ……」
「持ってみて判る。その類いの極み、なんだろうけれど。そんな良いモンでもないんだけれどなぁ」
日々減らされ続けるお小遣いの額に怯え。
治めし者達の前では、如何にも権威ある風を装わねばならず。
その影では。過酷な超時間の労働を強いてくるブラック体質が実情なのに。
「ああっ。はやく隠居してぇっ!」
「……奥の院に居たのがボクだけで、ホント良かったね、光クン」
これをもし女房にでも聞かれてたら。
「……ボクは要らぬ殺生をしなきゃなんなかったもん」
翔は。
元々”権”の人間であって。剣に生きる訳でも、ましてや魔に優れている訳でも無いのだ。
「下手したら。抵抗されて返り討ちなんて可能性も……てゆか、そっちの方がより現実的だって云う」
「ああ、うん。その点、僕も似た様なモンだから。翔ちゃん気にしないで……」
とは云え。
そこは男の悲しい性。どうしても劣等感に苛まれるのも事実で。
「武に一番優れているのは、やっぱり一光かなぁ……」
「”地鎮の儀”でも、”魔の森”の掃討でも。彼は常に先陣に立っていたって話だからねぇ。度胸だけなら、多分歴代随一だと思うなぁ」
そのクソ度胸に並び称されるべきは。
きっと現”祟”の、光秀様だろう。
思わずそうと口に出しそうになり、翔は慌てて口を噤んだ。
「────言わなくても僕は解ってるから。逆に思い留まることができて、ホント偉いねー」
「危なかった-。もし口にしてたらと思うと……」
”あの尾噛”を妻に迎え入れ……いや。彼の場合”入り婿”だから、少しだけ違うか────の祟は。
「祈クンが恐くなかったのだから。そりゃ彼の度胸と覚悟の程を思うと。ボクらじゃ決して真似できないよねぇ」
「てゆか、翔ちゃん。祈ちゃんにだって、選ぶ権利くらいはあると思うのだけど?」
僕らおっさんなんか。確実に……
「……うん、やめとこう。なんか虚しくなってきたし」
「そうして。先ず考えるべきは彼方への対策だよ」
”淘”の裏には……というか、もうすでに呑まれた後なのだから完全に表に出て来た”礎”への対策。
そして。
「炙り出すつもりが、完全に矢面に立つ形にさせちゃった彼らの救出。此が一番」
「一応、栄子さんと鋼クンは。外海で待機してもらっているから、問題は無い……筈だけど」
あわよくば。
”辰”の提督に貸しを作り、有望な若手に実戦経験を与えた上で、今後もじっくり育てていく腹積もり……であった筈の一手が。
今や完全にアテが外れて。
まさか、無駄に部下と有望な若手を。そのまま失いかねない状況に陥っていたとは。
「新鮮な情報。この有用性を此処に来て思い知らされるとは、ねぇ……」
「大陸の情報を得る方法が無いんだから、仕方が無い。てゆか、逆に半端に情勢が読めちゃうモンだから、こんな危機を……」
あれから200年以上も時が経ったとは云え。
主要な”英雄”たちの大半が健在の中央大陸の情勢は。
「ほんの少しの情報の修正だけで、ある程度は読めちゃうのだから……」
「この混沌は。ひょっとしたらもう200年は続くカモ、ね?」
少なくとも、”帝国の治世”を知らぬ世代が主流にならぬ限りは。
「決して、落ち着きはしないだろう。未だ恩讐に囚われた亡者が、態々小国に圧力をかけてでも『帝国人を殺したい』だけ、なんてさぁ……」
「望クンに頭を下げる準備だけは、しっかりしとかないとなぁ。彼、魔導士としてかなり優秀だと聞くし……」
こんなつまらぬ戦で。
決して失って良い人材ではない筈だ。
そもそも……
「どんなに楽しくても、つまらぬ事態で在っても。失って良い人命なんてのは、何処にも無いさ。だから……」
────被害は最小限に留めよ。取れる手段は、全て取って良い。場合に依っては、中央大陸に足跡を付けてでも、だ。此は”勅”成り。
この”勅”によって。
大陸で新たな怨みを買うことになろうとも。大事な臣の生命を護れ。
「御意に」
勅を果たすには。
(帝国の最大戦力を、投じねばならぬのやも知れない……)
この難事を成すため、には。
果たしてどれだけの犠牲を、帝国は払わねばならぬのか?
そのことを少し考えただけで。
翔の胃壁は粘膜を生産する仕事を放棄し、一瞬で穴が開いたと云う……
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