第340話 風雲、急を……どころか
巷に”草”を大量に放って漸く解ったこと、なのだが。
「どうやら。帝国は嵌められた臭かねぇ」
「……でしょうね」
中央大陸の東端にある小国”辰”とその隣の”淘”との、長年にも渡り続いている小競り合いは。
「元々、振りでしかなかったと云うこと……ですか」
「そそそ。周囲ん小国ん侵略ば誘うためん、ポーズって奴。それば解っとーけん、周辺国は攻めて来んばってんが」
漁夫の利を狙い、背後から強襲をかけてみたら。
先程まで争っていた集団が徒党を組んで、いきなり襲い掛かってくるのだから。
「それは、確かに。相手にしてみたら”詐欺かっ!”とでも叫びたくなりましょうて……」
「で。そん時に活躍するとが”淘”が造った魔導具ん数々っていう訳なんしゃ。敵ん上層部ば、丸ごと拉致してん身代金要求で、ばり荒稼ぎしてきたげな」
流石に、そんなペテンが何度も通じる訳も無く。
かと云って”被害者友の会”を結成し、皆で徒党を組んでまで仕返しを企てられる様な能力を持った”調整役”が現れるなんて偶然もある訳が無く。
「なるほど。資金繰りに行き詰まったついでに、帝国に対し意趣返しをしよう。そういう訳でございまするか?」
「……ばってん、そげん単純な話でもなかよ。今回に限って云やあ。”淘”ん後ろには大国がおるっぽかばい」
如何に”辰”は造船、海運の実力が。そして”淘”は魔導具作成、その技術力に優れているとは云え。
「所詮は、辺境ん小国んひとつに過ぎんっちゃけん。大国に睨まれたら、そこで終わるんな変わらんっちゃ」
”辰”も、”淘”も。
所詮は小兵の集まりだ。奇襲を前提にして。だだ一度の戦闘で、はっきりと白黒付けることができねば。
「あとはもう。押し切られて、其処で終わるだけしゃ。やけん、今回”淘”は本気で裏切ったっちゃろう」
「……でしたら。そこで、”帝国”を呼び付けてきた理由は?」
会話を継続するまでも無く、翠の頭の中には。しっかりと結論が出ているのだが。
「そいば、勿論。”壁”にするんか、”生贄”に差し出すんか。こん二つに一つん話やなかね? それに……」
どうも、”淘”の背後にいらっしゃる東で一番の大国”礎”は。
帝国に対し、深い深い怨みをお持ちの御方が。指導者として君臨しているのだそうで。
「間に海があるとは云え、”辰”ば滅ぼしゃあ長年ん怨敵が目ん前に。って話、やけんね。気合いん入り方が違うやろうて。まぁ、アタシら帝国人ば千単位で殺しゃあ、多少は怨みが晴るーかも知れんけれど」
「……”辰”を見捨てまする。今すぐ身支度を済ませると致しましょうか」
この時点で、既に帝国は”詰んで”いるのだから。翠の判断は、何も間違ってはいない。
自国の被害を最小限に収めるためには。
「出征費用の回収の目処? ……何を馬鹿なことを。賭け事の負けは、負けたと気付いた時点で含み損として全て呑み込んでしまいなさいっ!」
────それが、長く賭け事を楽しむコツです。
趣味と云うモノは。
自身のお小遣いの許す範囲内で、無理無く行わねば。
『今、負けた分を取り戻さないと。よし、次で全ツッパだっ!』
この様な、まるで計画性の無い馬鹿が。最終的に全てを失い破滅するのだ。
「此の地で、我らが奮闘してみせた処で。戦略上、大した意味も意義も無いのは明白です。戦術レベルの小さな勝利なぞ、結局はより強大な軍事力を持った敵を呼び込むだけで。多少死期が伸びはしますが、それこそ最期はもっと痛い思いをさせられます」
────ウチは。できれば、痛い思いをしたくありません。
「何れはウチも、”終活”を気にせねばならぬ歳になりましょうが。その時には、ポックリ寺に毎日参拝するつもりです」
「……アンタ、半分神様なんになぁ」
「それは、貴女様も……」
……同じでしょうに。
と、結局翠は。そこから言葉を続けようとはしなかった。
今は、そんな下らぬ会話を続ける時間すらも惜しいのだ。
聞けば、”礎”の軍は。”淘”との国境線のすぐそばで陣を張り、”辰”に睨みを効かせているらしい。
「恐らくは、我らのこの動きも……」
「待てっ! 帝国め、逃がしゃしねぇぞ!!」
「……筒抜け、に決まっていますか。まぁウチが”辰”の軍師なら、全軍を挙げて包囲の指示を出しましょうし」
◇ ◆ ◇
「……ばってん。どげんするったい?」
「先ずは、皆の身支度が完全に済むまでは。このまましかありますまいて」
「……何とも。俺ぁ此処に来てから、ずっと良いとこ無しなんだが」
元々、帝国の人員が集まる仮の宿舎は。
翠が布いた強力な<結界>にすっぽりと覆われている。
「すげぇな、アンタ。まるでおひいさまの<結界呪>を見てるみたいだ」
「……八尾様。その呼称については、正しくありませぬ。今の祈様は、”魔”の尾噛のご当主であらせられまする」
そんな無駄口を叩いているが、現状は。
「……どうやらこの国の兵は、”淘”の魔導具で武装してやがんだな」
「そのお陰で、此方はこうして余裕を持って身支度をしていられるのですが」
火の矢、石の礫に、風の刃に、水の弾。
下級魔術の形を取った数々のマナの塊が、目の前の壁に阻まれては消えゆく光景に。
「そういや、あちらさんは。”弾切れ”ってのは、あるのかい?」
「……さぁ、どうでしょうか? ウチは、あの手の玩具を弄った経験もありませぬので」
短杖を構えし”辰”の兵たちの挙動を見る限りは。
「あの短杖がマナを取り込んで、下級魔術の”擬き”を形成。それを撃ち出す……と云った感じでしょうか? でしたら、杖を持つ兵の生命力が燃料でしょうし。彼方が勝手に気絶為さるまで、放っておいてもよろしいかと」
こうなってしまった以上は。
「……籠城か。これっぽっちもうまくねぇ話だな」
「まぁ、確かに立て籠もっていても、状況は決して良く成らないのですから。その仰り様も、致し方無し。とは存じまするが」
「今は、反撃ん機会ば覗ってるだけやって。攻撃が無駄やと気付くとが先か、それとも息切れが先か。おいしゃん、賭くるかい?」
同僚の布いた<結界>の強度を信頼しきっているのか、蒼は壁を破壊しようと必死になっている敵兵に向け、挑発的な仕草で煽ってみせる。
「────いや、やめとくわ。たぶん俺、ツキに見放されてるっぽいから、絶対負けそうだし」
「ちぇっ、しけとー」
凡そ軍隊を運営するにあたり。糧食と水の備えは、十二分にしていることが大前提だ。
ましてや必要に迫られ、やむを得ず籠城を選択せねばならぬ事態に陥ってしまった場合には。
「……このまま、軽く半年は保ちましょうて。ただし、保存食に飽きてしまった方々につきましては、保証の対象外となりまするが」
「うまか飯は、隊ん指揮ん根幹に関わるけんなぁ……」
「その点”尾噛”のはマジで美味いぞっ! ……まぁ、あくまでも保存食としては、だけどよ」
食糧と水に。医薬品に関しては。十二分に用意はしてきてはいたが。
凡そ、煮炊きに関してと、矢弾等の備蓄の方は。
「燃料、装備類に関しては……正直心許ない。その様な状況にございます」
「まぁ、一応俺らは。救援要請に応じた形だから、その辺はあちらさんから融通してもらえる前提だったしな」
万が一の裏切りも念頭に置いて。と、食糧と水に付いては。一切の支援を受けるつもりは、帝国側も最初から無かったのだが。
「……とはいえ、<次元倉庫>の遣い手が、”尾噛”側では八尾様ただお一人しかいらっしゃらなかったのは、まさに痛恨事でございました」
「すまねぇ。体の良い言い訳にはなっちまうが、あの魔術ってば、ホント感覚頼りで。他人に教えようがねぇんだよなぁ……」
「此度の一件が無事に終わりましたら、教本を尾噛に送りますよ。それで<次元倉庫>持ちを幾人か確保してくださいまし。我ら”魔導局”の術士の過労が、目下ウチの悩みごとでございますので」
「……へいへい」
────壁を隔てた内と外で。
まるで違う時間が流れていることに。
一馬は呆れるのと同時に。
大して驚いてもいない自身の麻痺しきった感覚に、少しだけの戸惑いを覚えた。
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