第339話 「全てウチに」「任せんしゃい」
「”辰”との交渉に関しては、全てウチにお任せ下さい」
「あ、それはスッゲ助かる。けれど……」
それで良いのかな、俺は?
千寿 翠の申し出に対し、八尾 一馬の思考はこれだった。
だが、実際の処。
(お館様に言われたのは、尾噛の荘より魔導士を全員連れて”辰”に行け。これだけだったんだよなぁ……)
その命令に素直に従い、海魔の船に乗って中央大陸の東の果てに辿り着いてみたら。
「……いきなり、”淘”との戦争の助太刀を頼まれちまう、とか。ホント、俺にどうしろと?」
「然もありなん。どうにも貴方様の主は、言葉が足りな過ぎるきらいがありまする。状況説明も無しに戦場に投入なさるとは……凡そ将としてあるまじき」
尾噛 望と云う人物は。
周囲から”努力の人”と。その様な印象を持たれ、実際そう思われる様、本人も振る舞ってきたのだが。
「あの御方は。まぁ、天才と云う奴なんでしょうなぁ。一を云えば十が理解できる。そうやって生きてきたのですから、他人もそうなのだと信じておられる」
「この国の大まかな情報は、この書類にも記されてはおりまするが。たったこれだけで、現状を全て把握しろ。などとは……何とも乱暴な」
必要に迫られたからとは云え、事務仕事を主に熟してきた翠にとっては。
一馬が持参してきた命令書に添えられた書類の、あまりに杜撰な内容に。
「……一瞬、目眩を覚えるほどの、どう為様も無き怒りが込み上げて参りました。よくもまぁ、この様な主に……」
────黙って仕えてこれたな。
そこまではっきりと口にしたら。
恐らく、一馬は二度と翠とは口を利かぬだろう。
先代が余りに酷すぎたが為に。
それよりはマシ。云ってしまえば、それだけに過ぎぬのだが。それでも、
(この御仁にとっては。生命を賭してお仕えする価値が、主上の兄君にはきっとあるのでしょうが。しかし……)
どうにも情報の不備に、明らかな故意を感じ、その隠された意図に若干の疑問が翠の脳裏を過ぎるのだが。
(だけれど、一馬様には。全ての裁量が任されているのも、また事実。彼方には捨て石にする覚悟も無いだけ、なのかも知れないが)
命令書をもう一度読み返してみると。
”辰”との交渉に関しては。
合意に付いての可否の判断に始まり、その期間や、報酬に際しての全てが、ほぼ一馬に一任されているのだ。
(……丸投げするにしても。此ではまるで……)
(試験でもしよう、とでも云うのか?)
だが、その一瞬の思考も。
(……では、何の為に?)
次に浮かんできた否定的なこの言葉により、翠の中で”否”の色が、より強く鮮明に出る。
「……この場におられぬ貴人の思慮遠謀の如何を、卑しき我ら如きが勝手に想像するだけ、不敬であり時間の無駄にございましょう。我らが取り組まねばならぬのは、先ず一点」
今後の方針を決める為にも。現状の把握が重要だろうと思われる。
その為には、なるだけ複数の情報源から詳細に得られる様、多方面に向けて”草”を放ちたい。人員は此方で用意しているので、一任して欲しい。
その為の”辰”との交渉も此方で引き受けるので、なるだけ尾噛は”辰”の関係者との接触を控えて欲しい。
「お、おう……非常に、助かる……」
此処までを、一気に捲し立て。
今まで必要最小限の会話しかしてこなかった、もう一つの尾噛の家人の剣幕に。
半分ヒキながらも、律儀に礼まで述べる今回の”貧乏くじ”さんを見て。
(申し訳ありませぬが、余計な言質を相手に与えて、此方の動きを制限されたくないのです。どうにも、貴方様を含め、尾噛の方々は、余りに純朴過ぎます故に)
”辰”は、隣国”淘”との長期にわたる小競り合いに依って、疲弊しきっているのは確かなのだろう。
だが、そうなった切っ掛け如何では。
”淘”との間に要らぬ諍いの種を抱える事となるのも、また事実なのだ。
とはいえ。
(ここで”辰”を見捨て本国へ帰ると……)
それはそれで、”辰”の怨みを余計に買うことにも繋がる訳で。
どうにも詰んだとしか思えぬこの状況に。
(……もしかして、帝国は。阿呆の集まりなのだろうか?)
事の始まりである”辰”からの親書を、あえて無視するだけで。簡単に回避ができた筈の、この難事には。
(奈辺に狙いがあるのやら。ウチには見当も付かぬわ……)
此度の一件を。中央大陸再上陸への足掛かり、などと考えているのなら、まだ100年以上も判断が早過ぎるだろう。
そもそも、未だ列島の半分も掌握できておらぬと云うのに。広大で戦乱の世の真っ只中たる中央大陸に無理矢理進出してみせた処で。其処には百害どころか、害悪しか存在しないだろう。
中央大陸では。帝国に対しての怨み節一切は、晴れてなぞおらぬのだ。
大国の指導者層には。嘗て帝国を打倒した当時の”英雄たち”の大多数が、未だ存命しているのだから。
内輪揉めから三々五々に分裂を果たした果ての、骨肉の争いを勝手に続けてくれていると云うのに。
今になって、共通の敵を急に思い出しでもしたら。
(下手に”帝国”の名を聞けば。彼らが挙って結託するやも知れない。と云うのに)
態々此方を一方的に殴る、その為だけに。今までの諍いの理由を忘れ仲直りする可能性だって、充分に有り得るのだ。
「ま、可能性の話を含め。全てを上げ連ねていったところで、何の益も無い────か。申し訳ございませぬが、馴染み無き異境の地ではありまするが。お願いできましょうか、蒼さま?」
「ばってん、アタシがやるっちゃなかろうもん?」
翠は、祈の”配下”の中に於いて。万能と称しても、決して過大評価ではない筈だ。
だが、”草”の運用。この一芸に関して云えば。
蒼には一歩及ばない。
「まこと、心強きお言葉にて。それでは、まず”草”の方々に探っていただきたいのは────」
「ふむふむ?」
阿呆どもの思惑が何処にあるのか、等と。翠は知り様も無いし、欠片も理解したくは無いが。
実際、千単位もの兵どもが。今回の一件では、既に動員されているのだ。
「主上の願いは。被害を最小限度に食い止めること」
「より”キナ臭か”とは、果たしてどちらん国ん側、なんか……か?」
その如何に依っては。双方の怨みを買う羽目になるやも知れぬが。
「最悪、それはそれで良い。とは、主上も仰られておりますれば」
「まぁ、そん時は。また祈が出て来て。こん国ん民含め”提督”に恐怖ばもっぺん植え付けちゃれば良かったい」
────それを素直に認めたら。もう”帝国軍”なぞ要らないのでは?
その思考は一瞬。
翠も、蒼も。
白髪の女性の顔を思い浮かべ、無言のまま。二人して苦笑いを浮かべたのみだった。
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