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第338話 白羽の矢を避けないで




 長年にも及んだ反逆の闘いの末、遂に”帝国”打倒の悲願を成した英雄達は。

 地に生くる民たちの、幸福と安寧。

 その理念を今は完全に忘れ去り、気が付けば中央大陸は。内輪揉めの末に分裂を繰り返し、戦乱の世へと成り果てた。


 その最中に在って、東の辺境に位置した小国”辰”は。


 度重なる幸運によって。

 建国から170年余と、決して浅からぬ歴史を積み重ねていきながら、”乱世”とも云える中央大陸に於いて、遠く辺境の地に在るからこそ、大国の餓欲に狙われることもなく。平和の内に、繁栄を続けることができた。


 嘗てこの土地に在ったのは。

 ”陽”帝国の船渠(ドック)が置かれていたところであり、彼らの”研究成果”と”手柄”をそっくりそのまま猫糞(ねこばば)できたことが、その幸運をさらに裏付ける結果となった。


 帝国の持つ莫大な財から、長く研究されてきた造船の技術は。

 当時の世界水準から見ても、最先端との評価を下しても良いはずだ。


 取り残された数々の船と、その設計図に。更には技師と、乗組員。

 その全てを、無血の内に接収できた”辰”の幹部たちが海運事業や、海賊行為に走るのは必然だったのだと云えよう。


 「……ぶっちゃけると。何事もやり過ぎってなぁ、ホントうまくねぇや。人間、ほどほどが一番だったと、俺たちゃ思い知らされたってぇ訳だ」

 「……はぁ」


 辰国の指導者(トップ)は。元首でもなく、王でもなく。


 「それが、我ら帝国のせいだ……とでも仰りたいのですかな、”提督”?」

 「いや。まぁ……はははは……」


 自身は、決して海に出て船団を直接指揮する訳でも無いのに。何故か代々の辰の指導者たちは、”提督”の呼称を好んだのだと云う。


 (……ウチの国の”提督”が聞いたら、果たして。なんと仰ることやら……)


 此処まで文句一つ言わず、無賃(タダ)乗船させ(のっけ)てくれた海魔船団の長の顔を浮かべ、八尾(やお) 一馬(かずま)は内心肩をすくめた。


 過去に辰国は。

 帝国に要らぬチョッカイをかけ続けたが為に。


 件の”海魔衆”の大船団と。

 その盟主たる尾噛(おがみ) (いのり)の手に依る逆襲を受け。


 周辺国との交易に於いて、多大な利益を得る”信用”を完全に失ってしまい。

 今では辺境の小国の中でも。国力、経済力に於いては最下層に近き位置に在る。


 「いや、しかし。我らの要請に応えてくれて、貴国には本当に感謝しかないっ!」

 「いえ。まだそれに関しては、残念ながら。本国からの指示が来てないンで。俺では明確なご返答ができないんスわ」


 ────と云う訳ですンで。出来れば、今日のところは諦めて帰って欲しいんスけど。


 一馬がそう続けてみたら。

 ”提督”の顔は。今にも泣き出しそうな程に、クシャリと歪んだ。


 (だって、仕方ねぇじゃん。帝国側の代表みたいな形にゃなっちゃいるが、あくまで俺は、”尾噛の家人”でしかねぇんだからよ……)


 本来ならば。

 ”辰”との折衝も、その後の対応も。


 (お館()様が為さる予定の筈、だったのになぁ……)


 ドウシテコウナッタ?


 ”辰”行きの話が、急に降って湧いて以降。

 ずっとこの言葉が、一馬の頭の中をぐーるぐると。延々回り続けているのだ。



 ◇ ◆ ◇



 「……そんな訳で。こんなお願いをするのは、ボクとしても少々心苦しいんだけれど」


 義父であり、同僚であり。更には、妹の直属の上司からのお願いとなれば。


 「……否、とは。決して云う訳には、確かに参りませぬなぁ……」


 望個人としての気持ちは。

 国家の一大事で在る以上は。二つ返事で頷いてやりたい気持ちの方が大きいのは確かだ。


 だが、しかし。


 「……義父上(ちちうえ)。申し訳ありませぬが、その”お願い”。貴方様の娘の前にて、一言一句変わらず、もう一度お願いできましょうや?」

 「んぐぅっ……!」


 (────ほら、無理だろ?)


 だからこそ、こうして四天王が座す円卓で。

 態々二人の話し合いにしたのだろうことが明白だったからだ。


 望の妻、(くう)は。


 「……祈に先を越されてしまった」


 未だ望との間の子宝に恵まれないことに、焦りを感じているのだ。

 無論、そんな状況では。


 「わたしが妻の元を離れ、長期に不在せねばならぬ……などとは。到底思えぬのです」

 「……ダヨネー」


 帝国に籍を置く貴族にとって。

 ”血を残す”。先ずは、これが第一の義務となる。


 尾噛に流るる邪竜の血。

 妹の方の家である”魔”の尾噛が、(たたる)との間に第一子真智(まち)を成した以上は。

 確かに義務を果たしたのだと云えるのだが。


 「情けなくも”武”の尾噛は、未だ血を残せてはおりませぬ。である以上は。妻も此度の一件への帯同を認めぬと仰るならば、元よりわたしは頷けませぬ」


 如何に援助要請に応える形と為ったとはいえ。

 未だ国交を確立した訳でもなき”辰”国は。


 (敵国も同然の地に。婿と娘の二人を、一緒に送り出せる訳がない……)


 (しょう)だって、人の親だ。

 その様な、危険な地へと送り出す命令を下さねばならぬ立場になってしまったとはいえ。無論、本心は嫌に決まっている。


 話の転び方に依っては。

 本当に敵地に化けてしまうやも知れぬ、正に博打にも等しき計画なのだから。


 (しかし、本当に帝国(ウチ)には人材(ひと)がいないなぁ……)


 ざっと周囲を見回しても。

 能力の足る人材に心当たりが無い以上は……の、単なる消去法だったのだが。


 「……義父う……いやさ、(おおとり)様。その任、我が家人でもよろしいでしょうか?」

 「うん? 望クン、心当たりでもあるのかい??」


 他ならぬ”能力の足る”、有望な人材からの提案なのだから。

 ”藁にも縋る想い”とはこのことか。

 翔は、一もなく二もなく。望の提案に飛び付いてみせた。



 ◇ ◆ ◇



 「……つまりは。たらい回しと云うか、貧乏くじと云うか……その”結果”が俺なんスわ」

 「心中お察し申し上げまする……」


 ”提督”自らによる援助要請と云う名の、お強請り攻撃を何とか躱したその夜に。

 帝国人だけの”懇親会”と云う名目の集まりで飛び出したのは。


 未だ歴史浅き一地方領に過ぎぬ、更にその中に在るその他に等しき家人如きが。

 いきなり、国家の代表に据えられてしまう、とか。


 「流石に。無茶振りにも程があると、俺は思うんスがね……」

 「いいえ。八尾様のお実力(ちから)であれば、今すぐにでも”魔導局”で”(エース)”が張れましょうに」


 千寿(せんじゅ) (すい)の言葉に、嘘偽りは決してあり得ない。

 (そもそ)も、彼女の頭の中には。他人の心の機微に関する条項なんてモノは最初から無く、当然、一切の頓着も無いのだから。


 事実とは。時に人を言葉だけで、充分に殺し得る程の凶器にも化ける……と云うのに。


 その事を、然と理解している癖に。翠と云う人物は。


 「だからこそ、白羽の矢が立ったのでございましょう。貴方様がお仕えせし尊き御方は、配下のことを、良く視ておいでの様で。貴方様ならば、決して断らない。そこまで計算なさっておいでの筈、でしょうし」


 平気で、言葉の刃を用いて。相手の心をズタズタに引き裂くのだ。


 「……でしょうなぁ……」


 ほぼ、成り行きだったとはいえ。

 目の前に座す女性の主人たる祈に仕え。


 「俺のこと、全部お館様に伝わっちまってるだろうし……」


 それでなくとも。

 望が当主となって。

 先代の時に、散々冷や飯を食わされ続けた家内の人間(もの)達は。


 「……我が主上からも、そのことは聞き及んでおりまする」


 先代(たお)は。

 頭が固く、更には迷信深い人物だったが為に。

 如何に有能な人材であっても。結局は、


 『前例が無い』

 『魔導士なんぞ信用できぬ』

 『今が上手く行かなかったからと、急に方針を変えるなぞ。他に示しがつかぬわっ!』


 意見や現状改善の陳情を、悉くねじ伏せてきたせいで。

 腐ってしまった人材が、家内に多くいたのだ。


 望が尾噛を継ぎ、先ず行ったのが。

 そういった”腐った”人材に頭を下げ、裁量を持たせ仕事を任せてみたのだ。


 「ですので、一馬様」

 「……うん?」


 「折角飛んでいらしたその”白羽の矢”。最期まで避けないでくださいましね?」

 「へ?」


 この翠の何気無い一言に依って。

 八尾 一馬と、彼が率いる尾噛家の魔導士部隊が。

 後々まで苦しむ羽目となったのは、云うまでも無い。



誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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